階段を下りて、すぐそこに張られているタープテント。
 その近くで、大の男が2人も3人も集まって炭の火起こしに苦戦しているっぽく見えた。
 ……あー。
 新聞紙、そんなに使ってどーすんだよ。
 こちとら、数え切れないほど宿泊学習やらデイキャンプやらの引率で、数回目には取りかかってすぐ炭に火をつけることができるようになった。
 ……ま、炭使うのなんてあんまねーけど。
 実際は子どもたちが火起こしをチャレンジするので、薪メイン。
 それでも、お陰で個人的なバーベキューやらキャンプやらでは、まったく困らない。
 鍋での米の炊き方も、すっかり身体に染み付いている。
 ……だから、ヘタしたら家での炊事なんかより野外の炊事のほうがよっぽどひとりでやってけるのかな、なんて思いも数年前から湧いている。
「あ!」
 中腰でうちわ片手に苦戦していた内のひとりが、腰に手を当てて背を伸ばした。
 拍子に目が合い、あんぐりと口を開けてついでに眉を寄せ――……たところで、隣にいる葉山を見てさらに目を丸くする。
「あれ!? おまっ……え!?」
「なんだよ」
「何じゃねーよ!! あれ!? その子って……え!? あァ!?」
 ヤツは、結婚式当日主役だった新郎。
 確か今日は『ペア限定』とかヌかしてたんだが、どうやら条件はオールグリーンてとこか。
「なんだ? すげーツラだな」
「いやいやいや、ちょっ……待てお前!」
 階段を降りながら手を挙げると、ものすごく驚いたようになぜか笑い出した。
 当たり前のように周りの人間の肩を叩き、『あれ見てみ』と言わんばかりに指をさす。
 ……失礼だぞ、お前。
 俺を見世物にしてもまぁ許すけど、隣のコイツを同じ目にだけは遭わせんな。
 ちなみに女性陣はというと、タープの下に敷かれたレジャーシートの上で、優雅におしゃべりタイムを繰り広げていたらしい。
 が、先日の新婦が葉山に気づいたらしく、満面の笑みを見せながらサンダルを引っかけてきた。
「ちょっと、瑞穂! 瑞穂だったの? 彼女って!」
「え? え、と…………はい」
「きゃー! よかったじゃない! あんた、幸せになるわよ絶対!」
「わ!? せ、せんぱっ……!」
 ぎゅむ、と音がするくらい抱きしめられ、その後引っ張られるように鮮やかに奪取。
 ……ま、いーけど。
 相手は彼女と同性。
 囲まれたところで、何が起きるでもないだろう。
「ちょ! お前、どういうことだよ!」
「何が」
「すっげぇ年下だろ、あの子! ちょー若いだろ!!」
 新婦に続き、再び新郎が俺に絡んできた。
 にやにやと楽しそうに笑われるも、感情を表には出さないように気をつける。
 本当はいろいろ言ってやってもいいんだが、そこまでがっついてる感を出さないほうがオトナってヤツだろ。やっぱ。
 何より、そーゆーダセェところをアイツに見られたくないってのもあるが。
「なんだよー! 鷹塚、おまっ……ひとりで来るっつってたじゃん!」
「言ってねーだろ」
「だって! だっ……あぁああもぉ! なんだよ! すっげぇかわっ…………かわいいじゃんかっ」
 言いながら絡んできたコイツは、妻子持ち。
 娘は今年小学校入学だとか言ってたが、声を潜めて正解だな。
 タープ下の嫁と娘らしきふたりが、ヤツをじろりと睨んだように見えた。
「なんだよ。あァ? ひがみか?」
「ちげーし! 別に、おまっ……何も? 何も、悔しくなんかないし。羨ましいとか思ってないし!」
「そーそ。ただ、なんかものすごーく若い子だなーって思ってるだけで」
「そうそ!!」
 フン、と腕を組んだヤツを見て、新郎が笑いながらツッコミを入れた。
 若い若いってお前、まぁ……確かに若いけど。
 俺たちからすれば間違いなくきらっきらしてて、輝いて見えるぴっちぴちの若さだからな。
 ……ま、俺のだけど。
 ぎゃーぎゃーわめくふたりを内心『どーだ、見たか。ざまねぇな』なんて思いながらも表には一切出さず、ニヤリと口角だけをあげる。
「うるせーな。いいだろ、別に。俺がどんだけ若い子連れてこようと」
「どこで会ったんだよ! あのかわいい子!」
「あぁ、ファーストチルドレン」
「なんだ? そのアニメみてーな名前の店は」
「店じゃねーよ。初代教え子だ」
「うっわ! 犯罪者だ! 犯罪者がいる!」
「違うっつの」
 ぎゃーぎゃーとデカい声をあげて騒ぎ始めたヤツらを一蹴がわりに、ひらひらと手を振る。
 ふと女性陣に目をやると、当然1番若いとあってか、いろいろと弄られているのが見えた。
 向こうは向こうで盛り上がっているらしく、きゃーきゃーと違う意味の高い声が聞こえる。
 ……ま、笑顔が見えたからイイんだけど。
 葉山が笑ってくれてれば、それで十分。
 俺が楽しいのが大事じゃなくて、アイツが居づらくないってのが1番だから。
「あのな。そもそも年の差なんて成人したら関係ねぇんだよ。無罪。手ぇ出しても、問題はない」
「うわ! きったね!」
「犯罪者の言い分だ!」
「ちげーよ。俺の教育の賜物ってヤツだな。まさに」
 ニヤ、と腕を組んで笑うと、途端にブーイングが起きた。
 それを聞いて、今まで違うことで盛りあがっていたらしき女性陣が、なんだなんだと顔を覗かせる。
 無論、その中には彼女の姿もあって。
「おまわりさーん! ここに犯罪者がいます!」
「この犯罪者が!」
「教師の風上にもおけねーぞお前!」
「言ってろ。……やれやれ、男のひがみはめんどくせーな」
 肩をすくめ、いつまで経っても火が起きそうにないコンロへ向かう。
 つーか、火種ができたばっかりの時点で扇いだら意味ねーだろ。
 そりゃ消えるっつーの。
「貸してみ」
「お前できんの?」
「たりめーだろ。……つーか、お前も小学校だろ? これくらいやれねーでどーすんだよ」
「……苦手なんだよ、俺。インドア派だし」
「ったく」
 残り少ない着火剤を受け取り、転がっていたマッチを手にする。
 どいつもこいつも、俺が来るまでに食える状態にしとけよ。
 ……なんて、未だに『アイツはいつも要領がよくて』だの『アイツばっかりいい思いする』だの言い続けるヤツらを背にしながら、深いため息が漏れた。
「それにしても、どいつもこいつもまぁ……ほんっと、最近の教師はえげつねーな」
「は? ……なんだよ急に」
「いや、ほら。今日はさ、お前以外にももうひとりすげー若い彼女連れてきてるヤツがいるんだよ」
「……そうなのか?」
 新聞紙は使わず、薪をへし折って空気の通り道を作り、炭を囲う。
 着火剤はあくまで最初でしかない。
 あとは、理屈でどーにかなる。
「ほら。学園大附属の繋がりでさ、アイツがひとり呼んだんだよ」
「……へぇ。珍しいな、同僚呼ぶなんて」
「そ。でもほら、結婚式も来てたみてーだぜ? ……っと……確か今氷がなくなっちゃってさ、そこのコンビニまで――……あ、ほら。あれだよ、あれ」
 マッチを弄りながら話していたヤツが、ふいに階段へと視線を飛ばした。
 それにつられ、手を止めてそちらを…………見た、途端。
 やたら不機嫌そうな男とは正反対に、それはそれは楽しそうな顔で階段を下ってくる若い女が目に入り、当然ながら目を見張っていた。


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