久しぶりに、どんぴしゃだと思った。
 まさに、パーフェクト。
 だからこの出会いは、俺の好みすべてを心得ている神様が、特別に与えてくれた機会だとしか思えなかった。

 『今回を逃したら次は絶対にないぞ』

 そんなお告げのように。
「それじゃ、お先に失礼しまーす」
 飲み会当日の、ぴったりきっかり5時半。
 ぱぱっときちっと仕事を終え、荷物をまとめて職員玄関に向かう。
 一旦、家に帰って着替えて……軽くシャワーでも浴びて。
 今日は土まみれになったってのもあったから、そこだけは外せなかった。俺の中では。
 ああもう、なんかアレだ。
 初めてのデートみたいだな、オイ。
 うわーうわー。はずかしー!
 何年振りだろ、マジで。
 ……つーか、すんげー浮き足立ってるよなってのは自覚してる。
 いやでもだって。
 あの、笑顔だぜ? 笑顔。
 俺にとって久し振りに『かわいい』と思える子を見つけて、しかもその子と仲良しこよしになれるかもしれない絶好でかつ絶対のチャンス。
 お近づきになるには、今しかない。
 ましてや、相談員という立場の彼女。
 週に2度ほどしか来校しない上に、勤務時間も短い。
 だからこそ……!
 だからこそ、今回を逃すワケにはいかないんだよ。
 話して、せめて……せめて、アドレスくらいは貰えれば。
 ……まぁ、彼女が彼氏持ちじゃないとは言いきれないんだが。
 かわいいもんな、やっぱ。
 第一、その…………なんだ。
 俺と違って、まさにぴちぴち。
 すんげー若いし。
 だって、アレだろ?
 大学出たてってことは……今年23!
 うわ。俺とひと回り違うのか。
 そう思うと、なんだか随分自分が年を食ったように思えた。
「あーら。随分と機嫌よさそうですねー?」
「……はっ」
「たーかつーかセンセー?」
 ついつい両手にでっかい荷物を抱えたまま廊下の真中で立ち尽くしていたら、背後10mから高いたかーいよく響く声が飛んで来た。
 ……しまった。
 ちょっとばっかし、はしゃぎすぎたか。
「……なんすか、金谷先生」
「今日、急遽行くことにしたんだって? 急遽」
 やたら『急遽』を強調しながら、にやにやとえげつない笑みを浮かべた彼女が、明るい色のショートトレンチを翻しながらこちらに歩いてきた。
 彼女が白衣をまとってるところは、ここに勤務して3年目になるが一度も見たことはない。
 ……前の学校じゃ、制服並に養護の先生着てたんだけどな。
「どーゆー風の吹き回しですかー?」
「……うっさいなイチイチ」
 確かに、底が3cm位ありそうなサンダルを履いているってのはある。
 だが、俺とて男児。
 立派に成長してそれなりの身長はあるし、現にウチの学校じゃ一番背が高い。
 ……なのに、だ。
 なんつーか、なんでこの人こんな目線の高さが変わらないんだ。
 そこんトコが、なんか悔しい。
「相変わらず好きよねー、鷹塚君って。あのテのかわいい子」
「別にいーだろ。小枝(さえ)ちゃんに関係ねーじゃん」
弘香(ひろか)で学習してないの?」
「……その名前は出すな」
 ふぅんとかへぇとかい言いながら、挙句の果てに出た名前。
 ……悪かったな、相変わらず好みが成長してなくて。
 それでも、あの子だけはアイツと違うって言えるからな。自信を持って。
 当時は、やっぱすべてにおいてヤキが回ってたんだよ。
 だからあんな目に遭ったんだ。
 反面教師。
 まさにそれだったんだと確信してる。
「……でもま、弘香よりは外見と中身がイコールな子かもね。彼女」
「あ、そ」
「昨日保健室でしばらく喋ってたんだけど、私のカウンセリングもしてもらっちゃったし」
「……マジ?」
「うん。ずーっと悩んでたことがあったんだけど、すんごいスッキリしちゃった。若くても、やっぱり先生は先生ねー。今までの先生よかずっとイイわ。話しやすいし」
 いや、俺が聞きたいのはそこじゃなくて。
 『俺たち教師もカウンセリングしてもらえる』ってところが、最大重要ポイント。
 ……うっそ、マジか。
 それじゃ、何?
 俺も空いてる時間さえあれば、ふたりっきりで葉山先生と話せるってことかコレ!!
「……ちょっと」
「え?」
「顔がものすんごーーーく緩んでるけど」
「っ……うるさいな」
 聞こえた低い声で慌てて頬を軽く叩き、小さな咳払いと一緒に姿勢を正す。
 ……まぁ、もう見られたモンは見られたんだし、今さら取り繕ったところでどーにもなんねーんだけどよ。
 それでも、コレ以上自分の弱みばかりを握られるワケにはいかない。
 今でさえ、大分キツい状況だっつーのに。
 ……ああもう、面倒くせ。
「そういや、小枝ちゃんが言ってた『お姉さん』って、どーゆー意味だよ」
 今ごろ思い出した、彼女の言葉。
 そのひとことがあったから、俺はまったく期待してなかったのに。
 ……ま、イイ意味でギャップがあったから、許してやるけど。
「別に。そのまんまじゃない」
「どこがだ! 全っ然、川場先生より若いじゃねーか」
「あら。だから言ったでしょ?『お姉さん』って」
 だが彼女は、まったく悪びれた様子もなく、いけしゃあしゃあと言葉を述べた。
「…………」
「…………」
「……アレって、そーゆー意味?」
「ほかにどーゆー意味があるのよ」
 ……いやいやいや。
 フツーは『年上』って意味に取るだろうよ。
 違うか?
 間違ってるか?俺。
 ……くそ。
 なんか、やたらその『何勘違いしてんのぉ』って顔が、腹立つ。
 そりゃ、断言はしてねーんだし、勝手に思いこんでたのは俺だけどよ。
「っと……! それじゃ、俺はこれで」
「あ。今日は私も行くから」
「……は!? なんで!!」
 同僚に別れのあいあつをしてから10分も経っている腕時計に目が行き、慌てて背を向ける。
 ……が、しかし。
 さらりと予想外の言葉が聞こえて、またもや彼女を振り返るハメになった。
「だって、心配じゃない? あーんな若くてぴっちぴちのかわいい子が、薄汚れたバツイチ教師の毒牙にかかったりしたら大変だもの」
「ちょっと待て。ひとことふたこと、余計だ」
 思いきり歯を食いしばったまま睨み付け、小さな反抗の舌打ち。
 まぁ、こんなことしたって彼女がその態度を改めるはずもないんだが。
「そーゆー小枝ちゃんは、それじゃあイイ男に巡り会えたのかよ」
「……いーでしょ別に。私のことはほっといてくれる?」
 ここでようやく、彼女が嫌そうな顔を見せた。
 ……ふ。
 お互いバツイチ同士。
 突つかれりゃ痛いところは当然共通している。
 …………切ない話だが。
「んじゃ、そーゆーことで。……あ。くれぐれも場にそぐわない格好だけはしてこないことね。がっつきサン」
「へーへー。そりゃご忠告どーも。……けど、最後の言葉はそっくりそのまま返してやる」
 バチバチと激しい火花を散らしたまま笑みを浮かべてその場を離れ、膨れっ面してから玄関に向かう。
 ……クソ。
 余計な時間取った。
 だいたい、どーして毎回毎回人に食いついてくるかな。
 …………。
 ……もしかしなくてもやっぱり、友達だってだけでアイツの代わりに俺が恨まれてるんだろうか。
 だとしたら、めちゃくちゃ切ねぇ。
「……はー……」
 どっと押し寄せた疲れ。
 さっきまでの、るんるん気分はどこへやら。
 結局下がり切ったテンションを引きずったまま自宅へ帰るハメになったせいか、いまいち支度に気合が入らないという俺的に最悪の結果になってしまった。


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