「エンカウンターなんですが、どんなタイプのがいいでしょう?」
 いろいろ私なりに探してはみたんですけれど、でもやっぱり最後は担任である鷹塚先生に決めていただかないと。
 そう言って、数枚のプリントを俺の机に広げた葉山。
 現在、職員室内に残っているのは俺と教頭先生と理科専任の先生の3人。
 お陰で、控えめながらも葉山の声がよく聞こえる。
 ……ってまぁ、こんだけの距離なら当然だよな。
 近いぞ、お前。
 花山の椅子を借りて、俺のすぐ隣にちょこんと座っている彼女。
 短いスカートが座ったせいで余計短くなって、眩しいふとももの奥がギリギリ見えそうで見えなくて、一層えろい。
「……鷹塚先生?」
「あ? ……あー。悪い」
 机の上に並べられた、3枚のプリント。
 とりあえず、と言って葉山が置いてくれたのだが、それぞれ内容が異なっていて、まじまじ見ながら思わず腕を組んでいた。
 ひとつは、短所を長所に言い換えるというエンカウンター。
 グループ内で行い、他人に自分が書いた短所を長所に言い換えてもらう、というヤツ。
 次は、がんばっていることを発表して他人に理解してもらい、そして『がんばってるね!』と認めてもらうヤツ。
 普段、なかなか褒めたりしあわない仲だからこそ、効果が出るといえば出る。
 そして最後は、トゲトゲ言葉とふわふわ言葉。
 言われて嬉しかった言葉と、言われて嫌だった言葉を考えさせ、普段何気なく使ってしまう言葉でも、捉え方によってどちらにも成りうることを考えさせる、エンカウンターというよりはソーシャルスキルの色のほうが強いかもしれない。
 だが、この学年ともなると『何?』と耳を疑うようなセリフがときどき聞こえもするので、これも捨てがたいといえば捨てがたいのだが……とはいえ。
「……結局は、やり方なんだよな」
「そうですね。でも、鷹塚先生ならリーダーは十分務まると思います」
「そーか? けど俺、そこまでエンカウンターやってねーよ?」
「大丈夫です。選んでいただければ、お手伝いできますから」
 にっこり微笑んでうなずかれ、思わず喉が鳴る。
 まぁ……確かに。
 葉山に手伝ってもらえれば、かなりの戦力間違いないだろうが……しかし。
「…………」
 練習するとしたら、ふたりきりでだよな。きっと。
 そこが若干ネックであると言えばそうなんだが。
「あー……。全部いいっちゃいいんだけどな」
「本当ですか? よかったです」
「ただ、せっかくだから長所を短所にってのは繰り返しやってもいいかな、と思うんだよ。前期で1度やって、受験が近づくころにもう1度復習的にやっても。ウチのクラスもさ、私立受ける子いるし」
「そうなんですか?」
「ああ」
 自分が幼かったころはまだ、当たり前じゃなかった中学受験。
 だが、今では毎年必ず受験する子どもがいる。
 そういう世の中になったのか、それともすでにそれが当たり前なのかどうかはわからないが、正直複雑でもある。
 毎日21時過ぎまで塾に行って、帰りは暗い夜道を友達と帰る。
 そんな生活を『当たり前』と捉える子も居れば、その時間はすでに眠っているのが『当たり前』な子もいて。
 どっちが正しいかを言ってるワケじゃない。
 自分で選んだ道ならば、正解でいい。
 ただ、今は本当にいろんな道ができたんだな、としみじみ思うだけ。
 自分が子どもだったころは……なんて野暮なことを引き合いにしながら。
「……ふむ」
 道徳の時間を利用してエンカウンターをやるといい、とはここ数年言われ始めた。
 ウチの学校のコーディネーターの先生もそれを推奨しているのだが、そこまで彼自身エンカウンターに詳しいワケではなく、長期休暇中にある教員対象のセミナーなどを参考にしてもらえれば……なんて具合。
 だから、俺もやったとは言えひとつかふたつ。
 学年が違えばやることも多少違うし、返ってくる答えも違うから、なあなあでもいいかなんて考えているところがあった。
 ぶっちゃけ、よくわからない。
 それが、本音。
 だが、今こうしてすぐ近くに聞ける人間がいて。
 教えてもらうには絶好のチャンス――……なのだが。
「………………」
 あとは……なんて言いながらペラペラと本をめくって探し始めている葉山を、腕を組んだまま見つめる。
 短いスカートから覗いている、生足。
 俺の後ろにある窓から光が差しているので、それを受けてより一層白く眩しい。
 ……えろいぞ。
 どうしても視線がそこへ行ってしまい、逸らそうとすれば――……今度は首筋へ。
 首と鎖骨、そして胸。
 自分が受け持ったときにはなかった発育のよさに、思わずこっそり喉を鳴らす。
 どんだけ女になってるんだ、お前は。
 まるでコイツが悪いみたいな言い方をしながら、腕を組んで彼女を見つめる。
 ――……と。
「……ん?」
 不意に顔を上げた彼女が、俺を一瞥して……ふいと視線を逸らした。
 だけじゃない。
 手にしていた本を口元へ当て、困ったように眉を寄せる。
「……ど――」
 うした。
 そう言いかけて、ふと気付く。
 自分の右手が今、柔らかくて温かいモノに触れていることを。
「ッ……うわ!」
 目で腕を辿った先にあったのは、葉山の膝にある俺の手。
 慌てて離し、ばくばくと高鳴る心臓を引っ掴むように胸元のジャージを握り締める。
 そりゃ、あったけーよ。やらけーよ。
 コイツに、直触ったりしてたら。
「……あー……ワリ。ホントに」
 がしがしと頭を掻き、目を閉じて頭を下げる。
 だが、葉山は小さく『大丈夫です』と言ったものの、その顔はまったく大丈夫そうではなく。
 結局、頬を染めたまま続けられたエンカウンターのぷち講義は、その後一度も彼女と目が合うことなく終わるハメになった。


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