「つか、付き合ってたって……そもそも、いつからの話なんだよ」
 目の前の鉄板には、小枝ちゃんが頼んだモダン焼きとキムチもんじゃが陣取っていて、未だに俺が頼んだミックスのお好み焼きを焼けないでいる。
 ……相変わらず、人の都合考えねーな。ホントに。
 葉山が頼んだモノに至っては未だに混ぜられてすらおらず、原形をとどめたままテーブルの隅に置かれていた。
「んー……そうね。もう2ヶ月くらい?」
「そうですね。もうじき2ヶ月になると思います」
 なぜか小枝ちゃんは小川先生ではなく葉山に訊ね、彼女も不思議そうな顔もせずに答えた。
 ……なんだこのふたりは。
 やっぱり仲いいのか。
 それとも、単に利用されてるだけなのか?
「……? なんですか?」
「いや……」
 お前、大丈夫なのか? と、葉山と目が合ったとき思わず言いかけたが、恐らく今度こそゴミじゃないモノが飛んでくるだろうから、慌てて呑み込む。
「でも、2ヶ月前って……」
 2ヶ月前。つまり、5月。
 ということは――……結婚式があったのがGWだったから、そのころからってことか?
 だが、そうなると少し違和感がある。
 そもそも、そのころからだぞ? 俺が葉山と小川先生がやたら仲良さそうにふたりで話しこんでるのを見るようになったのは。
「あのころはホント、瑞穂ちゃんに感謝ばっかりだわ」
「そんなことは……! でも、小枝さんの役に立てて嬉しいです」
「あらー、かわいいこと言ってくれるじゃない!」
「…………」
 もっそい違和感がある。
 何にってそりゃ、名前で呼び合うふたりに。
 ……ここまで仲よかったのか?
 それとも、俺に対するあてつけか何かか?
 などと思っていたら、どうやらそれが顔に出ていたらしく、グラスを呷った小枝ちゃんがニヤっと口角を上げた。
「瑞穂ちゃんとはね、相当仲いいわよ? むしろ、姉妹的な」
「ふーん」
「何よ、そのまったく興味なさそうな顔は」
「別に? そのままの意味で取ってくれてかまわねーけど」
 ちなみに、彼女のグラスにはしっかりとカンパリオレンジが入っている。
 ……カンパリって感じじゃねーんだけどな。小枝ちゃんは。
 どっちかっつーと、日本酒かもしくは焼酎あたりをぱかぱか飲んでそう……つーか、普段はそう。
 なんだ? もしかして、かわいいを偽装か?
 これまでの飲み会では見たことのない色の酒を飲んでいる彼女を見て、やれやれと内心ため息をつく。
「で? 今夜のメシは葉山の彼氏を紹介してもらうってんで集まったんだろ? なのに、なんでそこにふたりが揃って出席なんだ?」
「わかってないわねー。だから、瑞穂ちゃんとは仲いいって言ってるでしょ? いわゆる、仲人みたいなモンね」
「……はァ?」
「何よ。いいでしょ、別に」
「まだ何も言ってねーけど」
「十分すぎるくらい言ってるわよ。だいたい何? その『はァ?』って。その言い方、人を問答無用で不快にさせるわよ。ね? 瑞穂ちゃん」
「え? あ……そう、ですか?」
「そーよ」
 急に話を振られた葉山は、口づけていたグラスを慌てて離し、口元に手を当てて苦笑を浮かべた。
 賢い対応だな。
 俺にとっては、この上ない上出来花丸な態度だ。
「……で? その葉山の彼氏はいつ来るんだ?」
「え?」
 グラスに口づけてから葉山を見ると、目を丸くして一瞬困ったような顔をした。
 だが、すぐにテーブルの向こうからセリフが飛んでくる。
「もうじき来るわよ。いーから、少しくらい待ってごはんでも食べてなさいってば」
「食えたら食ってるっつの。それを言うなら、このお好み焼きどーにかしてくれ」
「あら。食べてもいいわよ? もんじゃなら」
「いらねーっつの」
 俺は今日、もんじゃじゃなくてお好み焼きがどうしても食いたかったんだよ。
 イカ、海老、豚肉の具がしっかり入った、ミックス焼き。
 それを頼んだ瞬間、小枝ちゃんが『相変わらず欲張りね』なんていらんことをぬかしたが、そのときはまだ堪えた。
 子どもじゃないからな。
 いちいち挑発に乗ってたら、気が休まんねーし。
「焼けたなら、どかしてくれ」
「しょうがないわね。ちょっと待ってなさいよ」
 金属のヘラを両手に握ってモダン焼きを切り分けていた彼女に、混ぜる用の木ベラを振る。
 すると、渋々ながらもようやく場所を開けてくれた。
 それを見てから、葉山のボウルに手を伸ばす。
 彼女が頼んだのは、チーズお好み焼き。
 ごろごろと角切りのチーズが入っていて、確かに溶けたらウマそうだなとは思う。
「っ……あ」
「いいぞ、先に焼いて」
「でも……」
「いーって。なんなら、半分ずつ食わねぇ?」
「あ、はい。それは――」
「ダメよ。彼氏が来るって言ってんのに、そんなことまかり通るわけないでしょ。ちょっとは考えなさいよ。自分の彼女がヨソの男と半分こしてたらどんな気持ち?」
「別に? 同じ箸で切らなきゃいーだろ?」
「そーゆー問題じゃないでしょ!」
 ……いちいち突っかかってくんな、小枝ちゃんは。
 つーか、こんなふうに俺に対して容赦ないのを、彼氏である小川先生はずーっと隣で見ているワケだが、そのほうがよっぽどいい気しねーんじゃねーの?
 自分の彼女が、よその男とべらべら喋りまくり。
 しかも、軽口叩けるような間柄。
 そんなモン見て喜ぶ彼氏は居ない。絶対に。
 だから、さっきから小枝ちゃんの隣で苦笑を浮かべたり、ときに笑ったりしながらやり取りを黙って聞いている小川先生に、若干興味が湧いた。


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