「小川先生、ひとつ聞いてもいいすか?」
「はい。なんですか?」
ボウルの中身を木ベラでしっかり混ぜてから生地を鉄板に流し、形を整える。
じゅわっという音が食欲をかきたてて、先ほどまでは平気だったのに、腹がころころと動いた。
「小枝ちゃんのどこに魅力があります?」
「……ちょっと。失礼よ」
「小枝ちゃんに聞いてねーだろ。俺は、彼氏に聞いてんだよ」
横から口を挟んだ彼女に眉を寄せ、改めて小川先生へ向き直る。
こんなうるせー彼女を、よくもまぁ自分だけのモノにしようと思ったもんだ。
ある意味、敬服。
だが、若干は物好きだなと正直思った。
「そうですね……飾らないところが、1番かもしれません」
「……飾らないところ?」
「はい。まっすぐで、嘘がなくて……でも、とてもかわいい人です」
「きゃ。やだーもー。ちょっと、あんまり褒めないでよね」
「あはは。ごめんね」
でも、これが本当の気持ちだから。
ばしん、と肩を勢いよく叩かれたにもかかわらず気にしていない様子で笑った小川先生が、小さく囁いた言葉。
……本当の気持ち、ね。
ちらりと横に座ったままの葉山を見ると、まるでそこにある幸せの風景を眺めているかのような顔をしていた。
穏やかで、柔らかで、ある意味『憧れ』を抱いているようなそんな顔を。
「……ふぅん」
緑茶ハイをひと口飲んでから、下ろしていた足を片膝上げて畳に崩して座る。
……もしかしなくても、ホントに好きなんだろうな。小枝ちゃんのことが。
いったいどのあたりに魅力を見出したのかはわからないが、まぁ、人それぞれってヤツか。
好みもあるだろうし。
恋愛に決まった形がなければ、セオリーも当然存在しない。
彼のように、強気でびしばし突き進む強い女性が好みだってヤツも当然いて当たり前。
引っ張ってもらいたいとか、まぁそんな感じか。
……俺とは真逆だな。
引っ張っていきたいから、ついて来てくれたほうが助かる。
キツい言い方だし、基本姿勢が強気だから、それをフォローしてくれるような優しさを持ってるほうがいい。
そうなると、どうしたって自分とは逆の性格の相手になるんだよな。
……って、普通はそういうモンか。
自分にないモノを欲しがる。
それが、人だ。
「……あ」
「え?」
鉄板に面している部分がいい色になったのを確認してから、ヘラでひっくり返す。
と、葉山が携帯を持ってから、それぞれの顔を申し訳なさそうに見た。
「すみません、ちょっと……電話してきてもいいですか?」
「全然問題ないわよ。どうぞー」
「ありがとうございます」
返事をしなかったのは、俺だけか。
小枝ちゃんに続くように小川先生がうなずいたのを見てから、それじゃ、とひとこと残してその場を離れた。
だが、背中を見ながらなんとなく面白くなさでも顔に出たのか、小枝ちゃんがいつものように茶々を入れた。
「あーら、なぁに? かわいくて若い子が居なくなった途端、無愛想全開ね」
「別に、ンなこと思っちゃいねーよ」
「あら、そお? そんなふうには決して見えないけど」
くすくす笑いながら小川先生にまで同意を求めた彼女に、眉を寄せる。
ほら、隣で困ってんぞ。かわいい彼氏が。
相変わらず、暇さえあればべたべたと小枝ちゃんがしきりにちょっかいを出していて、人ってのはこんなにも変わるモンなのかと納得せざるを得ない。
ひと昔前、彼女が俺の友人と結婚するかしないかのころでさえ、こんなふうに相手へ手を出すところを見たことがないのに。
……それが、どうだ。
今じゃすっかりべたべたのらぶらぶモード。
…………小枝ちゃんってこーゆー顔もするんだな。
かわいいというよりは、なんつーかこう……姉貴的なモノの一種だろうが、それが表情に出てる。
つーか、頬をつつくな。頬を。
もしかしたら、年下ってことで彼女にとっては『弟』的なかわいさと面倒をみたくなるオーラみたいなモンが、小川先生から出ているのかもしれないが。
「………………」
「あら、どこ行くの?」
「なんだよ。トイレ行くのにもいちいち許可貰わなきゃなんねーのか?」
無言で立ち上がった途端、めざとく視線を向けた小枝ちゃんに小さく舌打ち。
授業中の子どもか、俺は。
別にいいだろ?
むしろ褒めてもらいたいモンだ。
食べ物前にして、そーゆー宣言しなかったんだから。
「……ったく」
やれやれ、とため息をついてから回れ右してトイレへ。
……だが、もちろんそっちに行くべく立ち上がったワケじゃない。
俺が行きたいのは、入り口方向。
先ほどから電話だと言って姿が見えなくなった葉山を、見つけるために。
――……だから、知らなかった。
残されたふたりが、くすくすと顔を合わせて笑いあったことなんて。
「わかりやすいわねー。トイレ、あっち方向じゃないのに」
などとたやすく見破られていたことも、当然知るよしもなかった。
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