「うん、うん……え? そうなの? ……そっかぁ」
「…………」
 引き戸になっている入り口を開け、外に出る。
 すぐそこに設置されている、喫煙スペース。
 ……から少し離れた場所に、こちらへ背を向けた葉山が立っていた。
 耳元には、携帯。
 大きくはないがときおり話し声が聞こえてきて、間違いなく誰かと話しているんだとわかる。
 …………誰か、か。
 話しているかと思えば笑い、楽しそうに繰り広げられているらしい『会話』。
 そこから想像するのは、どうしたってひとりの人物。
 男、しか頭には浮かんでこない。
「…………」
 葉山は、俺が出てきたことも知らない。
 依然として背を向けているから、手を出すのには好都合だ。
「っ……!」
 両手を肩越しに伸ばし、そのままゆっくりと引き寄せるように抱きしめる。
 一瞬びくりと身体が震えたが、驚いて振り返ってすぐ俺だとわかると、身体から力が抜けた気がした。
 ……気がした、んだ。本当に。
 腕を撫でるようにしてから右手の甲に手を重ね、握って腹に回した左手とあわせる。
 そうすると、ちょうどよく目の前に彼女の首筋から肩口にかけてが目に入り、絶好の格好だと思った。
「んっ……! あ、や、違うの。あのっ……あの、ね……っ」
 ちゅ、と耳たぶを甘噛みしてから舐め、つつ、と首筋へ舌を這わせる。
 くすぐったそうに身をよじるが、当然抱きしめているこの状況で逃げ出せるワケもなく、なされるがまま。
 ……すべては、俺の気の赴くままに。
 この状況は、うますぎる。
「……ご、め……っあの、あとでかけ直す、からっ……!」
 身体に力が入らなくなったのか、先ほどよりもずっと俺にもたれてきた。
 だが、これは好都合以外のなにものでもない。
 短く漏れる吐息がやけにヤらしくて、ついつい目を閉じたまま首筋へ唇をあてる。
 わずかな息遣いも、感じ取れて何より。
 視界を遮るだけで、ほかの感覚がかなり生きる。
「……鷹塚、せんせ……」
「壮士、はどうした?」
「っ……それは……」
「別に、普段からそう呼ばれても何も困ったりしねーけど?」
 振り返ると同時に身体を離され、仕方なく、ちゅ、と音を立てて唇を離す。
 そのとき、敢えて見せるけるように唇を舐めると、当然のように頬を赤らめた。
「……隙見せたらダメだろ? 彼氏居んならよ」
「っ……ぁ」
「あんまかわいく反応すんと、食っちまうぞ」
 ぎゅ、と腕に力を込めて閉じ込めるように抱きながら、肩口に唇を当てる。
 ……もう半分食ってるけど。
 ついでに、手も半分以上出てるけど。
 それでも敢えてそう口に出す俺は、多分性格に問題があるんだろうなとは思う。
「戻るぞ」
「あ……はい」
 ふっと腕を解いてから、彼女の右手を取る。
 そのとき、硬い指輪が当たって露骨に表情が変わったのが自分でもわかった。
「…………」
 指輪。
 いつになったら、コレが消えるんだ。なくなるんだ。
 どうすれば? どうやれば?
 失くすためには、俺はどうしたらいい?
 手を握ったままドアへ向かい、店内へ。
 途端、わっというほどの騒がしさといろいろなモノの混じった匂いがして、眉が寄った。


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