「…………」
ここから自宅までは、わけない距離。
だからこそ、時間は限られている。
車内に流れているのは、普段の俺がそうしているのと同じくFMだった。
DJが笑いながら繰り広げているトークを聞きながら、ふと……頭に浮かぶ考え。
それを口にしようと思ったのは、自宅近くにあるドラッグストアが目に入ったからかもしれない。
「なぞなぞか」
「……懐かしいですよね。昔は、私も本を読んだりしました」
リスナーから寄せられたコメントを読んだDJの話を、どうやら彼女も聞いてくれていたらしい。
それは、好都合。
これなら、広げ甲斐がある。
「んじゃ――……童心に返ってみるか」
「え?」
押しボタン式の信号が赤になったのを機にゆっくり車が停まり、葉山が助手席へ視線をくれた。
薄暗い外灯が幾つかしかない、道。
その光よりもインパネのわずかな光に照らされる彼女の顔が、いつもより神秘的で艶っぽく見えた。
「エッチになればなるほど、硬くなるモノ。何かわかるか?」
「え……っ」
「もうひとつ。入れるとき硬くて、出すとき柔らかいモノは?」
「……え、と……」
まっすぐ、顔を見て告げた。
だから、表情の変化はばっちり捕らえ済み。
白い喉が動いたのも見えたし、動揺からかまばたきが増えたのもわかった。
……さて。どう答える?
お前はいったい、どんな答えを導き出すか。
「普段は、目に見えないようにしまわれてる。けど、必要なときに取り出されて……外気にさらされる」
「…………」
「……出すときは大抵柔らかくて――……つーかまぁ、出すときってのはコトが済んで使いものにならなくなってんだけどな」
信号が変わり、ゆっくりと車が滑り出す。
いつもと同じ、スムーズな発進。
……に見えて、少し違う。
カクン、と彼女らしからぬクラッチワークで、車体がわずかにブレた。
「……わからない、です」
遠慮がちな声が聞こえ、自然と横顔に目が行く。
……そういう顔じゃねーけどな。
とは、さすがにつっこまない。
「っ……」
「ホントにわからないか?」
ウィンカーを出して右折し、コンビニの駐車場へ。
……着いたか。
自宅は、この2階。
マスターの喫茶店裏手にある階段を上がれば、すぐ我が家だ。
だが、問題を出すだけ出して『じゃあな』とはしない。
元々、こーゆーのを宿題に出すタイプじゃねーし。
できなかったら、持ち帰り。
それは常だが――……恐らく彼女は答えを出しているはずだ。
「……っ……」
「俺も持ってるぞ?」
「…………た、鷹塚先生……」
ずい、と顔を近づけて囁くと、それはそれは困ったように眉尻を下げた。
薄っすらと開いた艶やかな唇を、誘うように結ぶ。
……えろいな。
俺なんかより、お前のほうがよっぽど。
「教えてやろうか」
「っ……」
「目ぇつぶれ」
「え、え……っ!?」
「いーから。目、つぶって手ぇ出してみ」
「あのっ! でも、そ、んな……!」
「……いーから」
つ、と指先で頬を撫でてから強引に手を取ると、びくっと手を引っ込めようとした。
だが、握ったモノをそう簡単に離すワケがない。
――……手に入れる。
そう決めたんだから。
「や、あのっ……あの、でも……!」
「……平気だ。怖くねぇよ」
「でもっ……!」
力を入れて手を引っこめようとしながら、ゆるゆると首を振る。
困惑。
その色しか浮かべていない顔を見ながら笑わなかったのは、当然の反応。
俺は答えを知っている。
だが、コイツは答えを知らない。
……その差だ。
ましてや、コイツはそれこそ根っからの正直者で。
恐らく俺とはまるで違うモノを想像してしまい、必死なんだろうなとは思った。
お前は何歳になっても素直だな、本当に。
俺が考えてるとおりの反応をくれるから、たまらなくなる。
「やるよ」
「……っ!」
ごそごそとポケットを探り、取り出したモノを――……なんともいえない顔をしている彼女の唇へ当てる。
そのまま、親指で押し込むように口内へ。
……大したデカさじゃない。もちろん。
なんせそれは、単なる粒ガムなんだから。
「……え、と……」
「答え。わかったか?」
「…………わから……ないです」
これは、本音かもしれない。
口元に手を当てて首をゆっくり振った彼女を見て、笑いが漏れる。
さっきの『わからない』は、嘘。
だけど、今のはホント。
……答えを見失った、ってとこだな。
俺の与えた粒ガムのせいで、頭の中は恐らく『?』でいっぱいになっているに違いない。
「エッチになると硬くなるモノ。それは、鉛筆だ」
「…………っ……あぁ……!」
「な?」
「です、ね」
答えを聞いてしばらくしてから声をあげた彼女は、嬉しそうだった。
そっかぁ、とかなるほどとか口にしていて、そんな姿に笑みが浮かぶ。
「で。次の答えは、今食ってるソレだ」
「……え、と…………ガム、ですか?」
「そ。まぁ、柔らかいのもあるけどな。でも、大抵は硬いだろ? 口に入れるとき硬くて、出すときはふにゃふにゃ。……な?」
「…………なるほど」
そうは言っても、答えを知った今だから納得できるモノ。
実際、あんな質問をされたら、間違いなく違うモンを連想する。
そーゆーモンだ。
まぁ……このなぞなぞの答えは、せいぜい中学生くらいからあっち系の連想をし始めるんだろうな。
作り手があえて意図してるんだから、今回の結果は“見事”と言っていいだろう。
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