「ねえねえ、壮士。こっちとこっち、どっちがいい?」
「どっちでもいい」
「ちょっと。なんなのよその張り合いのないセリフは。馬鹿じゃないの」
「うるせーな。ほっとけ」
 つか、そもそも下着の色を俺に聞くな。
 小枝ちゃんこそ馬鹿なんじゃないかと本気で思ってしまい、深くため息をつく。
 あれから、30分弱。
 腕を取られたまま小枝ちゃんに引きずりまわされ、ようやく腰を据えた広場のベンチ。
 だが、すぐそこの下着専門店から小枝ちゃんがデカい声で意見を求めてくるので、うかうか休んでもいられない。
 ……つか、恥ずかしくないのか。ンなでけー声で聞いてきて。
 俺は思いっきり恥ずかしいっつーのに。
「…………」
 はー、とため息をついてから缶コーヒーのタブを開け、ひと口呷る。
 葉山は、あれからずっと俺の後ろを歩いていた。
 もちろん――……小川先生その人と。
 ときおり話しながら、ときおり笑いながら。
 それでも、何かの拍子で目が合うと、やはり――……一瞬とはいえ寂しそうな顔を見せて。

『負けません』

 小枝ちゃんに煽られて出たセリフに違いないのに、強さを感じてしまった。
 自分に向けられた、葉山の気持ちの。
「…………」
 そんな葉山は今、小枝ちゃんと一緒にあれこれと話しながら同じ店内を見ていた。
 さっきの妙なライバル感はまるでない。
 ……のだが。
 店から出て来た途端、小川先生がそんなふたりに話しかけた。
 小枝ちゃんが笑いながらその場を後にし、残った葉山と小川先生が――……ふたりで話す。
 ………………。
 なぜかわからないが、無性にイラっとする。
 そう思ったときには、ベコ、と手の中の缶コーヒーがへこんだ。
 おかしーな。
 アレ、俺何をイラついてんだ。
 別にいーじゃねーか。
 目の前で葉山が笑ってるくらい、なんてことねーじゃん。
 アイツが笑顔なのは、いつものことなんだから。
「はーあ。よいしょっと」
 見るだけ見て結局何も買わなかった小枝ちゃんが、俺の隣に腰を下ろした。
 だが、先ほどまでとは違い、べったり絡んでくるようなことはない。
 それに、正直ほっとしている。
「なんで欲情しないのよ。つっまんない男」
「……………」
「何よ」
「小枝ちゃんに言われたくない」
「なんですって?」
「つーか、小枝ちゃん相手じゃな……萎える」
「失礼ね。つくづく」
「本音だし」
 はーあ、と大げさなため息をついてベンチにもたれてから俺を見た彼女に、普通の顔で普通に答えた途端、肩をすくめられた。
 とはいえ、それで済むってのがそもそもこれまでのセリフや行動自体嘘だったってこと。
 まぁ、当然わかっちゃいたんだが、相変わらずよくやるよ。
「つか、小枝ちゃんは彼女ってタイプじゃねーんだよ。俺と似すぎてて。男っぽすぎる」
「じゃあどういう子なら、無理強いしたくなるの?」
「無理強いはしねーけど」
「あら。してるじゃない。誰かちゃんに」
「…………何知ってる?」
「別に?」
 肩をすくめて首を振った彼女に、つい瞳が細まる。
 小枝ちゃんと葉山がそれなりに仲いいってのはわかってる。
 だから、それなりのことを知っててもおかしくはない。
 だが――……果たして。
 俺に関することをすべて、べらべらと葉山が喋るだろうか。
 つーか、逆にそれを知ってる小枝ちゃんがスピーカーしないって保障がないから、不安なんだが。
「信じらんないわよねー。男の風上にも置けないっていうかー。フツー、あんなことするー?」
「……別にいいだろ。まだヤったワケじゃない」
「だからって、どーなの? 保健室でしないでよね」
「だから。保健室でヤってねーっつってんだろ。キスもしてねーよ」
「あらそうなの?」
「…………」
「…………」
「……カマ?」
「うん」
「…………はー……」
「葉山先生がべらべら喋るワケないでしょ? 何も教えてもらってないわよ。ま、職務上の守秘義務ってヤツと同じように、誰かさんのことを自分より大事に考えての行動なんだろうけれどね」
 普通の顔で、あっさりうなずかれた。
 相変わらず、芝居がうまいというかなんというか。
 元演劇部か何かだったんじゃねーのか、この人は。
「……相変わらず、小枝ちゃんて読めねーよな」
「まぁね。養護教諭、あんまナメんじゃないわよ」
 ふ、と笑ったその横顔はやっぱり男っぽさが漂っていて。
 一瞬、羽織っているこの薄手のトレンチが、特攻服に見えた気がした。
「何したんだか知らないけど、謝んなさいよ。ちゃんと」
「……俺が?」
「そ。むしろ、そーなるから。絶対」
 にや。
 その不敵な笑みはなんだ。
 とは思うが、敢えて口出しはしない。
 コレでわかった。
 小枝ちゃんが、俺よりも葉山のほうをよっぽど大事にしてるってことが。
 ……恐らく、年の離れた妹みてーに思ってんだろうな。
 そういや、小枝ちゃんてひとりっ子だったし。
「そんじゃま、私たちはそろそろ引くわ」
「……は?」
「やることはやってあげたでしょ?」
「いや、別にそれは……」
「んじゃ。あとは、ふたりでどうにかして」
「…………」
 どうにか、ってまた随分都合いい言葉投げたな。
 まぁ、別に彼女にどうにかしてもらおうなんて思っちゃいないが。
 元々俺たちの問題だったし、解決できるのも俺たちだし。
 ……俺たち、か。
 都合のいい言葉を選んだな、俺も。
 どっちかっつーと、間違いなく俺個人の問題のような気がするのに。
「んじゃね」
「へいへい」
 ひらひら手を振った彼女が、話しながらこちらへ歩いて来ていた葉山と小川先生の元へ戻って行った。
 そこで少し話したあと、小川先生と小枝ちゃんが葉山に手を振る。
 ……残されたのは、ひとり。
 つーか、なんで葉山だけ置いてくかな。
「…………」
 そう思いながらも、ゆっくり歩いてくる葉山を見て、内心ほっとしている自分もいる。
 ……やっとか。
 そんなふうに思いながら。


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