「今日、ここまでどうやって来た?」
「……あ。今日は、小川先生のフィットに乗せてきていただいたんです」
目の前まで来た葉山を見て立ち上がりながら訊ねると、彼女がさらりと答えた。
「…………ふぅん」
「でも、私だけではなくて、金谷先生も一緒でしたけれど」
「小枝ちゃんが?」
「はい。どちらかというと、最初からいらしたおふたりに私が合流した形で……」
「……あのふたりが一緒に居たのか?」
「はい」
意外な展開に歩き始めた足を止めて彼女を見ると、笑みを浮かべてうなずいた。
……さっきの小枝ちゃんの話と違う。
相変わらず、どこまでが嘘でどこからが本当かわからない。
「本当は、今日おふたりで食事される予定だったそうなんですが、私もまぜていただいてしまって……そうしたら、鷹塚先生がいらしたんです」
「……ふぅん」
なるほど。
どうやら、ことの発端はすべて小枝ちゃんの一存だったらしい。
どうして彼女と小川先生が一緒にいたのかはわからないが、そういえばさっきも一緒に歩いてったっけな。
……もしかして、もしかするのか?
まるで、葉山を男にしたようなタイプの大人しい小川先生と、俺を女にしたみたいなタイプの小枝ちゃん。
果たしてこのふたりの波長が合うのかどうかはわからないが――……まぁ、それを言ったら俺と葉山はどうなんだってことになるワケだが。
「……んじゃ、どうする?」
「え?」
「何か見たいところあるか?」
俺は、ぶっちゃけない。
ついでに言えば、今日のこのあとの予定もない。
だから、すべては葉山次第なワケだ。
この、返答次第。
……そーゆーのがズルいんだろうな。きっと。
すべて、彼女に委ねてるワケだから。
「……鷹塚先生は、お時間平気なんですか?」
「ああ」
「それじゃあ……シルビア、乗せてもらえませんか?」
「車?」
「はい」
一瞬視線を逸らした彼女が、唇をわずかに噛んでから俺を見つめた。
シルビア。
そう名前で呼ばれると、なんだか車じゃないように思える。
だが、もちろん悪い気はしない。
「いいけど」
「……ありがとうございます」
「っ……」
普通の顔で普通の返事。
だが葉山はまばたきしてから、ふっと表情を変えた。
まるで、ひどく安心したかのような微笑み。
安堵が伝わってくるようで、思わず言いかけた言葉を飲み込む。
「っ……あ。鷹塚先生」
「なんだ?」
「……あの。私と……デートしてください」
いいけど。
すんなりうなずきそうになったが、その前にちょっと待てと踏みとどまらせる。
何か思い出したかのように足を止めて口にされた言葉は、まるで何かのセリフのようで。
……もしかしたら、小枝ちゃんに何か吹き込まれたか?
それとも――……俺の言葉のせいか。
自分で動け、と言ったあのときの。
「葉山」
「っ……はい」
ふー、と足を止めたまま目を閉じてため息をついてから、ゆっくりと彼女を見る。
途端、先ほどまでの笑みとは違い、浮かべたのはこれから叱られる子どものような顔で。
……そーじゃねーだろ?
まじまじと見つめたまま内心そんなことを思いつつ、両手を腰に当てる。
「あのな。そーゆーときは、『デートに誘ってくれませんか』って言うんだよ」
「……え……?」
別に怒ったりしねーぞ、俺は。
特に、お前みてーなヤツに対しては。
だいたい、何も悪いことなんてしてねーじゃん。
なのに、なんでそんなびくびくしてんだよ。
……もっと自信もて。
俺は何も、意地悪してやろうとか考えてねーから。
「だろ?」
「……あ……っ……はいっ!」
表情は変わらなかった。
少し前なら、笑いながら言ってたであろうセリフ。
だが、表情が動かないのは仕方がない。
それでも葉山には伝わったようで、瞳を丸くしてから小さく笑った。
「……葉山」
「はい」
「今日1日、俺と付き合えよ」
さらりとこんなセリフが出たことに、自分自身がまずびっくりする。
とはいえ、これも変化と言えば変化なのか。
相手が彼女だからこそ出た、素直な俺の地みたいなモン。
「……喜んで」
微笑んでうなずいた彼女の頬が、少しだけ色づいているように見えた。
久しぶりに、真正面から見ることのできた彼女らしい微笑。
それは、予想以上に自分の感情を昂ぶらせて。
「……教えてやる」
「え?」
「大人のデートってヤツ」
「っ……」
小さく囁くと、ふいに視線が逸れた。
……どきどきした、から。
ガラじゃないのは百も承知だが、これもまた素直な俺の感情に違いない。
|