「じゃあ、抱かれたことはないよな?」
「……っ……あり、ません」
「ならなんでここに来た」
「……それは……」
「ココは、ヤるためにあるような場所だぞ?」
 自分が連れ込んでおいて、よく言う。
 それでも、コイツだって途中から気付いていたはずなんだ。
 だから、拒めばよかったのに。
 そうすれば、今、こんな気まずい状況になんてならなかったんだから。
「キスでわかったろ? セックスもキスも、漫画やドラマとは違う。実際はもっと生々しくて、予想とは違う。想像上のキスは、キレイで、きらきらしてて、憧れなんてモンもあったかもな。……でも、実際は違ったろ? 怖かったんじゃないのか?」
「……そ、れは……」
 人はみな、経験から学ぶ生き物。
 机上の空論、まさにソレ。
 何ごとも、やってみなきゃわからない。
「アレだって、まだ全然キスの内に入んねーぞ」
 ただ、唇を重ねただけのモノ。
 舌を出してすらない、それこそ子どものキスと同じ。
 それでも、あのときコイツは戸惑っていて。
 ……震えていて。
 俺を見た目は、驚きと戸惑いでいっぱいだった。
「っ……あ!」
「帰るぞ」
 ぐい、と彼女の腕を取り、立ち上がってから引き上げる。
 そのまま手を離してかけていたTシャツに触ると、多少まだ湿っぽい感じもしたがそれでも十分着れるほどには乾いていた。
「まっ……待ってください!」
「ダメだ」
「鷹塚先生!」
「ここにいても、することねーだろ」
 ハンガーを外してベッドへ放り、彼女の後ろへかけたままだったジーンズを取る。
 慌てたように葉山が甚平の袖を掴んだが、気にしない。
 ……いや。
 できなかった。
 この距離でまた彼女をまっすぐ見たら、歯止めが利かないことはわかっていたから。
「鷹塚先生!」
「……ッ……襲われてもいいのか……!?」
 甚平を脱ごうとした腕を、葉山が掴んだ。
 途端、身体が勝手に動いて、振り返りざまに彼女の首を腕で捉える。
 唇が触れるほどの、距離。
 きゅ、と反射的に閉じた瞳がゆっくり開き、おずおずと俺を見つめる。
「途中で止まんねぇぞ。たとえお前が泣いても、無理だ。お前が傷つくだけ。それは嫌なんだよ!!」
「……泣き、ません……!」
「無理だ」
「っ……鷹塚先生!」

 頼むから、もう俺のそばに来ないでくれ。

 そんな言葉で無理矢理遠ざけることはできず、瞳を細めて彼女を見つめてから、背中を向ける。
 どうしたって、頭に浮かぶのはコイツが泣く顔。
 首を横に振って、必死に懇願する姿。
 それしか浮かばない。
 だから、怖い。
 ……コイツに触れるのが。
 タガが外れて、歯止めが一切利かなくなるのが。
「待って、ください……っ!」
 先ほどとは違い、細い腕がするりと腰の上を通った。
 そのまま後ろから抱きつかれ、予想外の出来事に身体が強張る。
「……教えてください……っ……大人の、デートを……」
「ッ……」
 身体越しに響いた、葉山の声で心臓が大きく鳴った気がした。
 ……いや、もしかしたら違ったのかもしれない。
 そうじゃなく、単にカッとなって頭に血が上ったのかもしれない。
「あっ!?」
 腕をふり解くようにそちらへ身体ごと向き、簡単に抱き上げて彼女の後ろにあったベッドへ向かう。
 膝で立ったまま押し倒すように彼女をベッドへ沈め、片手首を取り上げて頭の上へ。
「っん……!」
 気付いたときにはもう、空いていた片手で顎を取り、覆い被さるように体重をかけながらキスをしていた。
 柔らかい唇が、心地イイなんて思えなかった。
 キスは、メインじゃない。
 あくまで、最初にあるモノ。
 それでもこうして口づけたのは、その唇の柔らかさを知っているから。
 ……だけじゃない。
 一瞬目が合った葉山が、不安そうな顔を見せたから、だ。
 やめて、と拒否する声を聞きたくなくて、封じ込めたかったから。
「ん、んっ……! ……ふぁ……ッ……ん……っ!?」
 顎を捉えたまま荒く口づけを落としながら、先日はなかった舌を躊躇なく這わせる。
 唇を舐め、そのまま無理矢理口内へ。
 途端、俺の胸元に置いてあった手が、びくっと震えた。
 何も知らない。
 キスも、セックスも。
 段取りもわからず、為されるがままの状態。
 ……それなのに、何ひとつ教えてやろうとせず、無理矢理荒く進めて行く俺は、コイツに対してどう映っているのか。
 考えたくないし、考えようとは思わない。
 その途端、止まるに決まってる。
「あ……ふ、……っ……ん! んんっ」
 舌を舐め取り、絡めて吸う。
 ワザと音を立てながら、繰り返す口づけ。
 大抵は大人しくなるモンだが、コイツの場合は正反対。
 身体が一層強張って、緊張は解けない。
 ……わかってた。
 そうなるだろうな、ってのは。
 戸惑うだろうな、ってのは。
 だから、止めない。
 止められない。
 最後まで、ヤるって決めたからには。
「っ……ぁ……!!」
 頬に触れていた手を首筋に這わせ、鎖骨を撫でるように指で伝う。
 自分とは違う、キメの細かい肌。
 触れているだけで心地よくて、舐めたらどんだけだと一瞬考える。
「んっ、ゃ……!」
 手首を掴んでいた手を離し、背中に回して帯を解く。
 引くだけで簡単に解ける、帯。
 正面から引き抜いてしまうと、勢いで合わせが肌蹴た。
 目に入る、胸元の肌と、下着。
 喜べばいいのに、自然と眉が寄る。
「……ッ……ん!! ん、んっ……!」
 角度を変えて再度口づけしてから、浴衣の上から――……胸に触れる。
 前フリはした。
 鎖骨からラインを作ってずっと触れて来たから。
 多少は気付いていたかもしれない。
 ……それとも、そんなことすらわからなかったか。
「っ……ん、……んぁ……! ……ふ……っ」
 きゅ、と片手が甚平を掴んだのがわかったが、当然続ける。
 昔はなかった、膨らみ。
 すくい上げるように下から手のひらで包むと、柔らかさと張りを感じて自身が反応する。
 布の上からでも、心地いい胸。
 直接触れたらどうなるかと思う一方で、怖くもある。
 何も、されたことがない身体。
 それが――……いったいどの時点で悲鳴を上げるか。
「っふあ……!」
 唇を離し、頬に口づけてから、顎、首筋、そして鎖骨へ当てる。
 ワザと大きな音を立て、今はココだとわからせるように。
「ぁ……あ、っ……ひゃ……ぅ」
 首をすくめ、身体を小さくする。
 それでも、襟元から指先で肌に触れつつ、浴衣の合わせを徐々に開く。
 目の前に露わになる、肌。
 白くて、柔らかくて、誰にも触られことのない場所が、今、自分の目の前に広がる。
「あ、あっ……! せ、んせ……!」
 悲鳴にも似た小さな声が、耳に届いた。
 押し込めているような、そんな、喉から漏れた声。
 泣いてはいない。
 だが、泣きそうでもある。
「ん、あ、あっ……!」
 それでも止めることなく、首筋に這わせていた舌を鎖骨から――……胸元へ。
 徐々に合わせを広げた今、胸は、すぐソコ。
 ――……だが。
「っ……せ、んせ! まっ……て、……まっ……!」
 ぎゅうっと身体を押され、思いきり眉が寄った。
 ……だから、言ったろ。最初に、ちゃんと。
 お前は無理だ、って。
 俺に慣れてないから、って。

 男を知らないから。

「ッ……!!」
「……言ったろ」
「せ、ん――」
「……無理なんだよ、だから……ッ」
 奥歯を噛み締めたまま、彼女の頭の後ろへ腕を通してぎゅうっと彼女を抱きしめる。
 苦しくて、息ができないほど強く。
 何も考えられないほどに。
 これまでとは違う、保護欲から出た行為。
 力一杯抱きしめると、ようやくそこで彼女の身体から力が抜けた。
「……お前が泣くのは嫌なんだ」
 掠れた声を搾り出すと、一層眉が寄った。
 瞳を細めたまま、身体から力を抜いて距離を作る。
 名残惜しい。当然だ。
 ……それでも。
 コイツにとって俺は、理想の人間だから。
 尊敬してる、と言われたから。
 壊しちゃいけない。
 護らなきゃいけない。

 ――……俺は、コイツの先生だから。

「……お前に怖がられるのが、嫌なんだ」
「…………鷹塚、せんせ……」
「嫌われるのが、怖いんだよ……っ」
 撫でるように頬へ触れ、瞳を合わせる。
 懇願。まさにそれ。
 囁いた言葉が、何よりの本音だ。
 いつだって笑って俺のそばに居てくれた彼女が、眉を寄せて俺を見る。
 そんなこと、想像しただけでどうにかなってしまいそうだった。


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