「あれ、先輩。どうしたんですか? その格好」
翌日の金曜日。
ある意味でいえば、華。
そんな日の掃除の時間に職員室へ戻って来たら、花山が目を丸くした。
いや、それどころの話じゃない。
どっちかっつーと、思いっきり物珍しげに見てるんだから。
……あー、腹立つ。
お前、馬鹿にしてるだろ。今、俺のことを思いきり。
じろじろというよりも興味ありげに頭からつま先まで見られ、いい気はしない。
当然だ。
まるで値踏みするかのようなこの行為を、好きこのむヤツなんて恐らく世の中にはいない。
「つーか、お前こそなんだその格好は」
「え? 何か変ですか?」
「全部変だろ」
ジャージに三角巾ってお前、それアレか。掃除のおばちゃんか。
きょとんとした顔で見つめられ、一瞬自分が間違ったことを言ったかと悩んだ。
それでも、まぁ『どうしたんですか』って言われるだろうなとは思った。
普段ジャージ専門の俺が、こんなふうにかっちりネクタイ締めてスーツ着てるんだから。
……あー、あっつ。
さすがに上着こそ着てないし半そでのワイシャツではあるが、ネクタイはきっちり締めた。
いつぶりだ。
……ああ、アレだな。
こないだの、結婚式以来。
そう思うと、自分はやっぱりホワイトカラーには馴染めない性分だったんだな、と改めて思う。
幾らクールビズだとはいえ、じゃあ半袖ノーネクタイでどんな場所にも出ていいのかっつったら、答えはNO。
俺よりも年上の先生方がごろりと集まる場所に出向くっつーのに、ラフな格好で行けるワケがない。
だから、とりあえず上着も持っていく。
……めんどくせーけど。ぶっちゃけ。
「わぶ!?」
「見すぎだお前は」
「いたた……いいじゃないですかぁ! 何も、減るわけじゃないんですから!」
「減る」
「何がですかっ!」
「気力」
ほかにも、男としてもっと大事な何かも減ってしまいそうな気がする。
だが、敢えて付け足したりはしない。
「15時から、担当者会があるんだよ」
「担当者? え? 先輩、なんの担当なんですか?」
「…………」
「え? え――……わだだあ!?」
「生徒児童指導」
わかったか。
片手を後ろに捻り上げてやってから口にすると、ばしばし音を立てて机を叩きながらアピールされた。
……ち。
つーか、お前身体硬すぎ。
怪我防止のために、もーちっと身体柔らかくしといたほうがいいぞ。間違いなく。
そういや、万年肩こりがどうのとかっつってたな。
ちったぁ身体ほぐせばいいのに。
「……うー……。それじゃ、アレですか。早引けですか」
「違う。出張だ」
「でも、終わったらそのまま帰っていいんですよね?」
「まぁな」
「……うぅ。やっぱり早引けじゃないですかぁ」
「違うっつの」
しつこいな、お前は。
そんなに俺がお前より先に帰るのが気に入らないのか?
今日は、5時間の日。
まだ授業も帰りの会も残ってるんだが、14時半から担当者会議が始まってしまうので、それはほかの先生にお願いした。
場所は、ここからちょいと離れた市役所の別棟にある生涯学習課と教育委員会が入っている建物の一室。
まぁ、車で10分弱ってところか。
「んじゃ、またな」
「帰ってきてくださいよぉ」
「馬鹿言うな」
だいたい、今日金曜日だし。
会議は17時前には終わるっつってたから、それが済んだらとっとと帰って着替えもしたい。
やっぱ、俺にはこの格好は無理だ。
人間、1度楽なほうに流れるとなかなか元には戻れないらしい。
「それじゃ、行ってきます」
「あ、行ってらっしゃいー。気をつけてね」
「お疲れさまです」
「あざっす」
近くにいた先生方に声をかけてから鞄を持ち、上着を小脇に抱えて職員室のドアへ向かう。
――……と、そのとき。
「鷹塚先生」
「え?」
ちょうど今、あいあつをしたばっかりの小川先生が声をかけてきた。
「なんすか?」
「来週の職員旅行なんですけれど、鷹塚先生まだ出欠のお返事出されてないですよね?」
「……あー、そういやそんなことも」
彼が見せてくれたのは、先日から回覧という形で回っていた職員旅行の概要が書かれたプリント。
その脇にはご丁寧に○×の出欠表がくっつけられていて、ぱっと見ただけでもどうやらあと数人だけが印をつけていないようだ。
……なるほど。
今回の幹事は小川先生か。
彼ならば、それなりのイイ宿を見つけてくるだろうな。
……去年は酷かった。
今は異動になった先生なんだが、よくもまぁこんな宿見つけてきたなってある意味で感心するような場所だったし。
幸い、メシが普通に食えたってのだけはよかったと思うけど。
とはいえ、女性陣には大が付くほどの不評で、文句を言われた校長先生がしばらく引きずっていた。
「…………」
プリントを手渡されてすぐ目が行ったのは、当然出欠者の一覧。
上から順に見ていっても、ほとんどの先生方が丸を付けていた。
俺だって、毎年ある意味問答無用で参加してるクチ。
今の校長先生が赴任して以来、宿の近くにある穴場の飲み屋に連れて行ってくれるというオイシイ思いを何度か経験してるので今年ももちろん参加予定だったが、来週の予定がはっきりわからなかったこともあり、内容こそ見たものの出欠はあと回しにしていたのだ。
最初に見たときは、丸を付けていた人間が数人だった。
だが、今は逆。
――……で。
「…………」
ふぅん、と思わず言いそうになった。声に出して。
葉山瑞穂。
その名前の横に、丸印が付いていたから。
「申し訳ない。丸だけ付けてもらってもいいすか?」
「ええ、それは構わないです。じゃあ、参加でいいですか?」
「はい」
「よかったー。助かります」
「……そう、なんすか?」
「あ……いえ。こっちの話です」
「……?」
ほっ、と目に見えて表情が変わったのに驚き少しだけ目を丸くすると、慌てた様子で小川先生が首を振った。
なんでもないんです、と再度言われた以上そこで引き下がるほかなく。
ちょうど時間も時間だったので、『それじゃ』と告げて職員室をあとにする。
もちろん、気にはなった。
だが、俺には思い浮かばない。
彼に『助かった』と言われるような心当たりが。
|