「いや、でもホント……なんつーか、久しぶりっすね」
「……お前はさっきからそればっかだな」
「だって、そうじゃないっすか! なんか……こう、ちょっとした同窓会みたいな」
「同窓会にしたらちょっと少ないけどな」
「まぁ、そうなんすけど!」
 4人がけのテーブルに、俺と葉山、そして杉原の3人で座る。
 ザワつく店内とは違い、静かなテーブル。
 ……その理由は、やはり紅一点の葉山が口を開かずにメニューを眺めているからか。
「決まったか?」
「あ……はい。決まりました」
「杉原は?」
「俺も平気っす」
「よし」
 それぞれに声をかけ、チャイムで店員を呼ぶ。
 とりあえず、ドリンクバー3つ。
 あとは、各々の夕飯。
「ええと……きのことサーモンのドリアを」
「あ、俺はサーロイン丼で」
「……すげーの頼むな。じゃあ、目玉焼きハンバーグとミートドリアひとつずつ」
「かしこまりました」
 店員にオーダーを告げ、広げていたメニューを畳んで元に戻す。
 もちろん、最初にすることはドリンクを取りに行くこと、だろう。
「あれ? 先生は?」
「先行って来ていいぞ。あとで行く」
「らじゃっす」
 立ち上がった杉原に首を横に振り、促してやる。
 すると、同じように立ち上がった葉山が、テーブルに手をついた。
「ん?」
「何がいいですか? 私、持って来ます」
「……そうか? んじゃ、アイスコーヒー頼む」
「わかりました」
 いつもの如くのオーダー。
 だが、そう告げると彼女は小さく笑ってうなずいてから、同じようにドリンクコーナーへ足を向けた。
「………………」
 杉原と、葉山。
 ふたりの教え子が喋るのを遠巻きに見ながら、思わず頬杖をつく。
 12年前は、今、ふたりのそばで炭酸をなみなみと注いでいるような子どもだったのに。
 ……いつの間にか、大人になったんだな。
 俺の知らない、中学と高校の姿がすっぽり抜け落ちているからか、なんだか昔のふたりとすんなりイコールで結ばれない。
 いや、もちろん頭ではわかってるんだ。
 わかってるんだけど……な。
「…………」
 そういや、コイツらはもう俺に対して敬語でしか喋らないんだな。
 恐らく、今あそこで話されている言葉は、タメ口のはず。
 だが、俺に対するとなると途端それは敬語に変わる。
 ……昔は、ふたりともタメ口だったのに。
 大人になったから、か?
 だから、敬語なのか?
 俺が年上だから。
 アイツらより、ひと回りも上の人間だから。
 ……でもな。
 敬語で話されるだけで、壁ができるんだぞ。
 上下関係をどうしたって実感する。
 俺はタメ口。ふたりは敬語。
 どう見たって、俺のほうが上でお前たちのほうが下に見えてしまう。
 ……図式として、な。
 同僚のはずなのに。
 今はもう、俺たちは恩師と教え子という関係じゃない。
 いや、それはずっと永遠に変わらないかもしれないけれどな。
 でも、変えられるはずだ。
 ……過去の思い出、として。
「…………」
 ふたり揃ってこちらへ戻って来たのを見ながら、ふと思う。
 ――……特に、葉山に向かって。
 タメ口で喋れよ。お前は。
 俺たちはもう、先生と児童じゃない。
 同僚という、対等な関係なんだから。
「どうぞ」
「サンキュ」
 アイスコーヒーと、ガムシロにミルク。
 目の前に置いてくれたのを見てから早速手を出し、ストローを受け取る。
「先生、相変わらずコーヒー好きっすね」
「まぁな。つーか、ダメなんだよ。俺。炭酸とか甘くて飲めない」
「そうなんすか?」
「ああ。……つってもま、コーヒーには砂糖入れんだけど」
「あはは」
 アイスコーヒーへミルクを入れると、白と黒のなんともいえない感じの模様ができた。
 これ、好きなんだよな。結構。
 混ぜればすぐ色が変わってしまうんだが、それまでの間しばらくこのハッキリした状態を保っていたくなる。
 杉原は、どうやら炭酸のジュース。
 葉山はというと、この季節にもかかわらず温かい紅茶をポットで飲んでいた。
 ほのかにイチゴのような甘い匂いが漂い、一瞬意識がそちらへ持っていかれる。
「あ、そういや先生。俺ずっと聞こうと思ってたんすけど、先生って引っ越したんすか?」
「俺? ……あー……引っ越したは引っ越したけど、今からもうだいぶ前だぞ?」
「あ、やっぱ引っ越したんすか? ……もー。越したら越したで、ちゃんと新しい住所教えてくださいよー。年賀状戻って来たんすからね」
「……あれ? 出さなかったっけ? 新しい住所になってから」
「貰ってないっすよ! てか、引っ越したってこと自体今初めて聞きました!」
 ぶんぶんと首を横に振られ、思わず眉を寄せる。
 だが、隣の葉山へ腕を組んだまま視線を向けると、ぱちぱちと瞬きしてから口づけたカップを静かに置いた。
「……俺、言わなかったっけ?」
「はい。……えっと……6年前、ですよね? 引っ越されたのって」
「ああ」
「私も、そのときから先生に年賀状を出せなくなってしまったので……そういえば、って先生に引っ越したことを聞いたとき納得しました」
「……うわ」
 そうだったのか。
 自分じゃまったく気にしなかったというか、そんなモンだろなんてある意味思っていたのだが……どうやらまったく違ったらしい。
 葉山だけじゃない。
 この、目の前の杉原もそう。
 卒業以来ずっと貰っていた年賀状がぱったりと途絶えたのは、どいつもこいつも同じ年の正月だった。
 だが、まぁ高校生にもなったということを考えれば仕方ないのか……なんて勝手に思ってたんだが、どうやら違ったらしい。
 原因は、すべて俺ってことか。
 覆しようのない新事実に、腕を組んだまま『うわ』と小さく漏れた。
 ――……6年前、結婚するまで住んでたアパートを離婚と一緒に引き払ったんだよな。そういえば。
 それから、今住んでいるアパートへ移ったんだっけ。
「……悪い」
 静かにグラスをかたむけているふたりを交互に見つめてから、片手を挙げる。
 すると、『別にいいんですけど』なんて言いながら、同じように苦笑を浮かべた。


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