「――……で、俺思ったんすよ。あの運動会、やっぱ仮装じゃなくてパン食い競争とかにしとけばなーって」
「まぁ、それはな。でも当時はまぁ……衛生面とかいろいろあって」
「やっぱそうなんすか? え、もしかして親とか?」
「まぁ、PTAからってのも若干あった気がする。いや、もう覚えてねーけど」
「なんすかそれー」
運ばれてきたそれぞれのメシを食いながらの、昔話。
あのときはああだった、いや実はこうだった。
児童だからわかる部分と、教師だからわかる部分。
10年ひと昔。
今はもう、当時の話をぶっちゃけても害があるとは思えない。
とはいえ、まぁ差しさわりのない雑談程度にしかならなかったが。
「…………」
だが結局、話してるのは俺と杉原が主で、葉山は積極的に話へ混ざってこようとしなかった。
話を聞いてるようではある。
ときおりうなずいたりするし、笑ったりもするから。
……だが、自ら話を振ったりすることはなく、黙々とスプーンでドリアを食べていた。
「ごっそさん」
「あ。ごっさんっす」
ひと足先に食べ終わったところで、アイスコーヒーのお代わりを取りに行く。
すると、杉原も俺のあとを追うようにして隣へ来た。
「……ヤバいっすね」
「何が?」
「いや……葉山。すげぇきれいになってて、正直むっちゃびびりました」
「……あー」
なるほど。
さすがは、高校時代からアイツを知ってるだけのことはある。
当時の彼女も恐らくかわいかったんだろうが、今のほうがさらにってことか。
杉原がやけに照れていて、口元が緩みっぱなしなあたりからも、わかる。
……でもま、そうだろうな。
仮にも、高校時代好きだった相手。
それが数年経ったらさらにキレイになっていて、大人びていて……女になっていたら、誰だって意識して当然だ。
この俺だって、同じことを考えたんだから。
「…………杉原」
「はい?」
「悪い。ちょっと一服してくるから、葉山頼むな」
「っえ!? あ、ちょっ……うぇ!? 先生!」
食べ終えた食器をテーブルの通路側へ置いた葉山を見ながら、杉原へ今入れたばかりのアイスコーヒーを渡す。
別に、このタイミングでなくともよかったのは確か。
だが、今がマズいワケでもない。
どうせなら、離席した今が1番不自然じゃないような気がして。
だったら、このまま一服と称してふたりきりにしてしまうのもテだなと正直に思った。
「…………」
入り口のドアをふたつくぐり、外に出る。
駐車場には、空き待ちの車が2台ほど止まっていた。
……そんなにこの店で食いたいか?
食っておいてナンだが、ふとそんなことが浮かぶのも事実。
メシはやっぱ、オーナーんトコで食うのが1番ウマいな。
味もそうだが、相手がいてこその食事だと思う。
俺の話を聞きながら、笑ってくれたりうなずいてくれたり。
そうしてもらえることで、悩みも重さが軽くなる。
……人は偉大だ。
そして、強い。
治す力を、自分でちゃんと持ってる。
自然治癒力、か。
そういや、昔はそれに頼って病院行かないなんてのも結構あったのにな。
「…………」
くわえた煙草に火をつけ、深く吸い込む。
……あー。ダメだ。やっぱ俺、禁煙無理。
このひと口目が最高にウマいと思ってしまうあたり、しっかり中毒なんだよな。
入り口すぐにある灰皿のおかげで、ちょっとした喫煙スペース。
ほかにもカップルとおぼしきふたりと、作業服のにーちゃんが3人吸っている。
……今日、ここに来たのは理由なんてない。
そんなんじゃなくて、もっと直感めいたモノから。
恐らく、ずっと考えてたことなんだろう。きっと。
それが、杉原と再会したことで急速に頭の中で構築された。
教え子同士がくっつくこと。
それが、やっぱり1番いいんじゃないのか、と。
……いや。
『じゃないか』、じゃない。『絶対』に。
年が近いほうがいい。
環境が似てるほうがいい。
出会いは運命。
巡り会いこそが、縁。
だから、ここで杉原と葉山が再会するのも意味があること。
……俺と葉山が再会したのと同じように。
「……?」
ポケットにつっこんだままの携帯が静かに震えた。
見ると、先ほど交換したばかりの杉原の名前。
「…………っ」
つい反射的に席のほうを見ると、アイツは背を向けているので、こちらからは葉山の顔だけが見える。
…………なんだよ。
両手でマグカップを包んだままの彼女は、俺が見たこともないような顔で外を眺めていた。
そんな寂しそうな顔、お前するのか?
いつだって笑った顔しか見せなかった彼女が、俺に言った『独りで泣く』という話。
あのときも驚いたが、今もそう思った。
……アイツにあんな顔は似合わない
いつだってお前は笑っていればいいのに。
「…………」
恐らく、戻って来いってことなんだろう。
……なんだよ。杉原らしくねーな。
お前、昔はもっと積極的だっただろ?
なのに、こんなふうに俺を呼び戻すなんて。
…………まぁ、それも大人になったからなのかもしれないが。
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