ピンポンピンポンピポピポピポピポピポピンポーン!!!
「……誰だよ、るせーな…」
「亘にぃ!! 開けて!」
「……え? 美空ちゃん?」
ドンドンと玄関を叩き、指がつるまでチャイムを鳴らす。
すると、ようやく眠そうな声が向こうから聞こえた。
「何? どーし――……っわ!?」
「失礼します!!」
開きかけた玄関の戸に、ぶち破るような勢いで身体を当てて中へと侵入。
……うん。
これはやっぱり、なんといっても『侵入』って言葉が1番しっくり。
「ちょっ……み、美空ちゃ……」
「聞きたいことがあるんだけど!!」
「……は……ぁ?」
困ったような、驚いたような。
そんな顔の彼に真顔で迫り、掴んでいたモノを目の前に差し出す。
「この人が、ミケ婆だってホント!?」
そう。
私が片手に掴んでいたのは、自称・猫ツカサじゃなくて、ミケ婆のほうだった。
「……あー、なるほど」
「いやいやいやいや、そこっ……そこ、ものすごいのんきすぎでしょ!!」
ずずっとすするは、日本の緑茶。
暖かいコタツにぬくぬくと入ったままでテーブルにドンと手を付くと、わずかに湯飲みが揺れた。
いくらそれが事実だとはいえ、やっぱり私にはまったくうなずけないこと。
だけど、亘にぃはまったく動じずに、私の目の前でしっかりとうなずいてから笑った。
『うん。そうだけど?』
なんて、まるで日常茶飯事のことに対する返事みたいに。
「いやっ、だ……だって……!! だって、だよ!? ねぇ、信じられるの!?」
「……うーん……。そりゃ、まぁ……俺だって、最初はすげー疑ったけどさ。でも……俺とミケ婆しか知らないこと、知ってたし」
後ろに両手を付いて身体を支えた彼は、首をひねったあとでまたうなずく。
……その隣には、ものすごく幸せそうな顔をしてコタツに入っている、自称ミケ婆の姿。
――……そして。
「………………」
「は……幸せ……」
私の隣にはというと、ものすごく緩んだ顔をしてすっぽり肩までコタツに入っている、自称ツカサの姿があった。
「ミケ婆がこの姿になって、もう……1年近いかなー」
「……え?」
「あるときさ、ふっといなくなったんだよ。ミケ婆が」
まるで、当時を懐かしむかのように遠くを見つめた亘にぃは、静かにそう言って話し始めた。
時は、今年の2月のころ。
それこそ、雪がちらつくような寒空が広がる朝。
ミケ婆が、外に出たがったという。
「珍しいな、って思ったんだよ。普段、どんなにドアから外へ出そうとしても、絶対に出たがらなかったミケ婆が出たがるからさ。んでまぁ……なんの気なしに、出してやったんだよな。外へ。そしたら――……」
「……こうなってた、ってこと……?」
「そゆこと」
いやいやいや。
思いっきりフツーの顔でうなずれても、やっぱり私には信じがたい。
……いや……あのね?
そりゃ、そりゃあまぁ……私だって、なんの気なしにツカサを探しに行ったら、そこには彼がいたっていうオチだから……信じるも何もないんだけどさ。
でも、だからって。
いったいぜんたい、どうしたらこんな現象が起きたりするんだろうか。
しかも、科学のだいぶ発達した、この21世紀というときに。
「……まぁ、信じる信じないは美空ちゃんの好きにしたほうがいいと思うけど……」
「え?」
「だけど、実際にこういうことが起きてるんだしさ」
「…………」
「まぁ……現実を受け入れるしかないんじゃないかな、とも俺は思うけど」
ぽりぽりと頭をかいた彼を見て、なぜか、今の今まで寝そべっていた自称ツカサまでもが、うんうんと力強くうなずいた。
……むむ。
「あいてっ」
「……アンタは少し黙ってなさい」
「みひょらぁーいひゃいー」
ヒゲがあれば、間違いなくそれを抜かんばかりの勢い。
だけど、そこにあるのはすべすべのほっぺたで。
……あーもー。
ツカサ(猫)には、こんなこと一度もしたことないんだけどな。
もしも、彼が本当にツカサ(猫)なんだとしたら、えらい違いだ。
「ま、何かあったらまたおいでよ」
「……うん」
「俺も同じような境遇の持ち主だからさ、多少は相談に乗れるかもしれないし」
「…………うん」
結局。
私とツカサは、そのまま亘にぃの家をあとにするしかできなかった。
だって、別に……コレといった手がかりが掴めるわけでもなければ、原因が何かわかるわけでもないし。
「…………」
「帰ろう? 美空」
「…………」
「あいててて」
……むしょーに腹が立つ彼と一緒にいなきゃいけないっていうのが、なんか、やっぱ……うなずけないんだけども。
「……はぁ」
――……かくして。
唯一絶対の手がかりを得たと思った途端にもかかわらず、結局はなんの収穫も得られなかったのであった。
……とほ。
「みそらー」
「…………」
「みーそらー」
「…………」
「ねー。美空ってばー」
「……っだぁー! もう!! うるさぁーーい!!」
ごろごろごろごろ。
いったい、いつまで人の部屋でごろごろと寝転がる気なんだろう。
夜になって私がお風呂から上がったあともなお、彼は私の部屋にへーぜんと居座っていた。
……ったく。
散々、両親が彼に風呂を勧めても、断固として『嫌だ』の1点張り。
挙句の果てには『死ぬ』まで連呼したもんだから、両親もびっくりしてしまった。
……あー……。
そういえば、ツカサ(猫)も昔からお風呂好きじゃなかったんだよね。
ふと昔家中が大変なことになった記憶が蘇って、ため息が漏れた。
「……もー。なんでお風呂入らないのよ」
「だって、匂いが取れちゃうじゃないか」
「は……?」
「自分の匂いがきれいさっぱりなくなって、代わりに石鹸まみれの作られた匂いをべったりなすりつけられるなんて、絶対に嫌だ」
「…………はー……」
何を言うかと思ったら……。
でも、あながち猫としての答えならば、まぁ、間違ってないような気もする。
お風呂から上がったばかりのツカサ(猫)も、必死に毛づくろいをしながら、そんでもってゴロゴロとまた毛だらけの毛布に擦り寄ってたし。
お風呂に入れた意味がないっての。
当時は、いったい何度思ったことか。
「……でもー」
「え――……っきゃあ!?」
「美空が一緒に入ってくれるなら、まぁ、我慢するよ? 俺」
「いやっ! シッシ!! 寄るなケダモノ!!」
「……ちぇー。冷たいなぁ……」
いきなり後ろから抱きつかれて、チョップを食らわすと同時に思い切り手で払う。
……これじゃあまるで、ホントに『野良猫』をやっつけてるみたいだわ。
まぁ、得体の知れないモノって時点で、変わらないような気もするけど。
…………。
そりゃ……ホントに、彼がツカサ(猫)なんだとしたら……すごく……。
ううん、それこそものすごくかわいそうなことをしてるとは思うんだけど。
「…………」
「ん?」
ベッドに座った私と、ドアの近くに立っている彼。
別に、睨んでいるつもりはないんだけど、気づいたら彼に対して鋭い視線を向けているのに気づいた。
……だって、やっぱりそうホイホイと気を許せるわけがないのよ。
彼の素性もわからなければ、言っていることが事実かどうかもわからないんだから。
……そりゃ……ね?
亘にぃが嘘をついてるとは思えないし、それに、実際――……この目で、ミケ婆(人)の姿も見たわけだから……今さら、100%信じないとは言わないけどさ。
でも、だからって……ほんとに、彼がツカサ(猫)なんだと言われても、やっぱり目に見えるものが確かだから。
幾らそれが本当であっても、やっぱり、今日に今日信じきれるはずがない。
「……そんな顔しないでよ」
「え?」
いつしか、まじまじと彼を見つめてしまっていたのかもしれない。
困ったような声でそちらを見ると、苦笑を浮かべながら首を横に振っているのが見えた。
「……この姿でいられるのも、もしかしたらあとわずかかもしれないんだから」
「っ……え……?」
突然の、宣言にも似た言葉。
それが聞こえた途端、びっくりするくらい自分の身体が強張ったのがわかった。
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