「……ねぇ、美空」
「え?」
「俺、ここで寝てもいいの?」
 ベッドの上。
 そこに正座してちょこんと座っているツカサを見たら、自然に笑みが浮かんだ。
「ん。いいよ」
「……でも……」
「大丈夫。……ね。一緒に寝ようか」
「……美空……」
「だって、ほら。昔は一緒に寝たじゃない?」
 どうして、こんなにも穏やかな気持ちになることができているんだろう。
 それは、自分でも少し驚くほど。
 ……だけど、こうなったのはやっぱり……彼をツカサだと信じることができたからだろう。
 ツカサに違いない。
 ツカサだから、絶対。
 そんな思いが、自然とこみあげてくる。
「……明かり、消してもいい?」
「…………いいよ」
「ん」
 相変わらずベッドの上に座ったままのツカサを見てから、電気のスイッチを消す。
 真っ暗闇に包まれる、室内。
 ……いつもは、窓から入るわずかな光に反応して、ツカサの瞳が光るんだけどな。
 アレ、結構『怖い』って言う人が多いみたいだけど、私は好きだった。
 どこにツカサが居るのかすぐわかったし、きれいな緑の瞳でハッとするから。
「……あ」
「こっち。……そこじゃ、俺が踏まれちゃう」
「ごめん」
 夜目が利かないこともあって、手探りでベッドまで向かったとき。
 私よりも先に、ツカサが手を取って導いてくれた。
 ……ツカサらしい。
 そういえば、何度かベッドにいたツカサを危うく潰しそうになったこともあったっけ。
「……ツカサって、温かいよね」
「え?」
 ベッドに潜り込んでから、毛布を顎下まで引き寄せる。
 すぐ隣にある、ほんのりとした温かさの存在。
 それこそが、彼がここにいる確かな証拠だ。
「俺に言わせてもらえば、美空のほうが温かいよ」
「……そうかな」
「そう。美空と一緒のときは、俺、丸まらずに済んだもん」
 そういえば、さっきも言ったね。
 そう言ってくすくすと笑ったツカサが、私の髪に触れた。
 ……逆だ。
 いつも、私が彼にしてやっていたような、撫でる行為。
 それを今、人としてここにいるツカサにされると、なんだか不思議な気持ちになる。
 贅沢、っていってもいいかもしれない。
 だって、もう……二度と会えないと思っていた、彼なんだから。
「……美空はさ」
「え?」
「いつも……美空は、太陽のいい匂いがするんだ」
「……太陽……?」
「そう。……だから、すごく好きだよ」
「……ツカサ……」
「すごく、落ち着くんだ」
 好き、と言われた途端、思わずどきっとした。
 ……嬉しいって言うのが、もちろん素直にある。
 でも、なんか……ね。
 だって、隣にいるツカサは猫じゃなくて、ちゃんとした人間の姿なんだもん。
 まるで、告白されたみたいで。
 ……わかってはいるけれど、やっぱり、どきどきした。
「ねぇ、美空」
「……ん……?」

「俺、こうして人になれて嬉しいよ」

「っ……ツカサ……」
 髪を撫でられて、ほんの少しだけうとうとしていた所に、ツカサの声が聞こえた。
 それは、間違いなく彼の本音。
 そう思えた気がして、瞳が丸くなる。
「だってさ、俺……いつも美空に抱きしめてもらってばかりだったから」
「……ツカサ……」
「俺、一度でいいから、美空のことちゃんと抱きしめてやりたいって思ってたんだ」
 しみじみと、まるで何かを懐かしむかのように。
 穏やかな声を聞かされて、また、涙腺が緩む。
「……美空?」
「ツカサ……っ……」
 撫でてくれていた手をそのままに、彼を抱き寄せる。
 温かい、ぬくもり。
 間違いなく、ここにある姿。
 ……なのに。
 それなのに……いなくなる、なんて。
 そんなのやっぱり、耐えられない。
 一度経験した、つらい思い。
 それをもう一度しなきゃいけないなんて、そんなの、本当に堪えられない。
「ツカサ……っ……ずっと、もう……もうずっと、そばにいて……?」
「……美空……」
「お願いだからっ……ひとりにしないで。……どこにも……行かないで……」
 ぎゅうっと抱きしめ、涙をそのままに首を振る。
 懇願。
 ただ、それだけしかなかった。
「……大丈夫だよ、美空」
「……けど……っ」
「大丈夫。……俺はもう、決めたから」
「……ツカサ……」
 涙がこぼれた頬を、大きな手のひらで拭ってくれる。
 いったい、何度こんなことを願っただろう。
 ツカサがそばにいてくれるたびに、私は救われてた。
 ツカサがそばにいてくれたから、私はこうしていられた。
 ……それをわかってる。
 だからこそ、望んでいたんだ。
 彼をこんな形で呼び戻したのも、もしかしたら、私のそんな弱さのせいかもしれないけれど。

「ずっと美空のそばにいる、って。……それが、美空にとっての幸せだって……そうわかったから」

「……ツカサ……」
 目が慣れたお陰か、ツカサの笑った顔がはっきりと見て取れた。
 それが、すごく嬉しい。
 ……笑ってくれてる。
 ツカサ、悲しくない……?
 柔らかい笑顔のまま涙を拭い、なだめるように頭を撫でる。
 ……よかった。
 ツカサ、苦しんでないんだね……?
 つらくないんだね?
 温かな手のひらを感じたままでいたら、いつしか、すっと瞳が閉じた。
 隣にある、穏やかで温かなぬくもり。
 それは、決してなくなることのないモノ。
 そう思えることができたと同時に、ひどく安心したんだと思う。
 ツカサが、ここに居る。
 そんな大きな安心感から、自然と、涙が止まった。
「……大丈夫だよ、美空。俺はここにいるから。……それに――……」
 ゆっくりと、ツカサが手を動かしながら語り出す。
 穏やかな口調。
 きっと、それと同じように、彼の顔には笑顔があったんだろうと思う。

「美空がいてくれれば、明日も、怖くないから」

 静かに聞こえたその言葉が、どんな意味を持つのか。
 ……それは、そのときの私にはわかるはずもなかった。


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