「……ずいぶんな量になりましたね」
「だね。これから、改めてひとり暮らしでも始めるみたいだ」
「あはは」
 レジへカゴを載せて財布を出し、清算を待つ。
 これだけ買ったからな。
 それなりに、いくんじゃ――…
「以上で、5680円になります」
 ざっと、山盛りのカゴひとつ半。
 これだけ買って、1万を切るとは。
 ……スーパーのすごさを実感。
 小銭がそろそろ重たくなってきたので、今回は端まできっちり払う。
 いつもはカードなんだけど、コンビニだとついつい札で出すことが多いからか、100円玉もじゃらじゃらと入っていた。
 レシートを受け取って手で丸め――……たところで、彼女が小さく反応を見せる。
「……え?」
「もぅ。レシートは取っておかなきゃダメですよ?」
「でも、家計簿つけないし……」
「そうですけれど、万が一不良品があったら困るじゃないですか」
 めっ、とまるで子どもを叱るような顔をしながら手を出した彼女へ、苦笑まじりにレシートを渡す。
 ……なんだか、買い物のできない旦那みたいだな。
 思わず、そんなことが頭に浮かぶ。
「……すごいな」
 てきぱきと袋詰めする彼女を黙って見ていたものの、本当に器用に入れるもんだと感心する。
 俺がやったら、いい加減に入れた挙句、最後に袋が足りなくなるクチだ。
 ……性格と生まれ育った環境だな。
 とはいえ、同じ環境で育ったクセに、孝之は彼女ほど几帳面じゃないが。
「買い物、ほかは平気?」
「はい。これといって何も……あ。先生こそ、いいんですか?」
「うん、別にないかな。じゃあ、帰ろうか」
「はーい」
 カートを押して向うのは、立体駐車場へのエレベーター。
 ……買物、ね。
 改めて結構な量になった荷物を見たら、いよいよ彼女と暮らすことになるんだという実感が湧いてきた。

 家に着いてすぐ、彼女はたった今買ってきたばかりの品物を収納し始めた。
 冷蔵庫しかり、冷凍庫しかり、あちこちの棚しかり。
 台所が一気に色づいて、途端に生活感が見え始める。
 ……うん。やっぱり新婚だろう、これは。
 我ながらつい顔がニヤけてしまい、慌てて咳払いして表情を戻す。
 自分も何か手伝えればいいのだが、正直どれをどうやったら使い勝手がよくなるか想像つかないワケで。
 仕方がないので、大人しくソファにもたれながらテレビを見ていることにした。

ぴんぽーん

「あ。お客さん」
「いいよ、俺が出るから」
 そんなとき、不意に鳴ったインターフォン。
 操作パネル前に立つと、宅配業者らしき制服を着た青年が立っていた。
『瀬尋様からお届けものです』
「あ、はい」
 オートロックを解除して間もなく、玄関のチャイムが響く。
 判子を持ってドアを開けると、小さな発泡スチロールを差し出された。
「瀬尋祐恭さまですね? では、受け取り印をこちらにお願いします」
「はい」
 促されるままに判を押すと、帽子を取った彼が頭を下げた。
「どうもー」
「ご苦労さまです」
 彼を見送ってから玄関を閉め、荷物の伝票を見てみると、差出人の欄には父の名前が書かれていた。
 だが、字体からして、書いたのは母だろう。
 べりべりとガムテープを巻き取りながらキッチンに向かうと、すでに半分以上荷物を収納し終えた彼女が不思議そうに俺を見た。
「宅急便ですか?」
「うん。親から」
 作業台に置いてふたを取る――……と、中からは丁寧に梱包されたさくらんぼが出てきた。
「……なんだこれ」
 いかにも、ついでに付けました、と言わんばかりのぺらぺらの紙に(つづ)られていた短い文。
 さらりと目を通しながら、眉が寄る。

『祐恭へ

 先日、さくらんぼを買ってきたので、送ります。
 生ものだから、早く食べてね。
                     母より』

 ………。
 相変わらず、詳しいことがまったく伝わってこない。
 買ってきた。
 いったい、どこで?
 そもそも、なんでさくらんぼなんだ?
 特に果物が好きというワケでもない、自分に。
「はぁ……」
 母らしいといえばらしいのだが、軽い頭痛が起きる。
 いつものことだが、肝心なことがまったく読み取れない。
「わぁー。おいしそうな、さくらんぼ! 今日のデザートですね」
 にぱ、と嬉しそうに笑った彼女に、思わず笑みがこぼれた。
 彼女らしいといえば、彼女らしい反応だ。
「それじゃあ、あとで出してもらおうかな」
 箱を彼女に渡してスマフォを取り出し、実家へと電話をかけてみる。
 ふらふらと、出歩くのが趣味の彼女のこと。
 つかまるかどうかは、わからない。
 ……だが、こちらの心配をよそに、何度目かの呼び出し音のあとでいつも通りの能天気な声が聞こえてきた。
「あ。もしもし、俺だけど。荷物届いたんだけどさ……」
『あら、ホント? おいしそうでしょー。洗ってから食べなさいね』
「いや、そうじゃなくて。……何? 急に」
 呆れながら呟くと、嬉しそうに笑い声が響く。
『ほらぁ、お父さんと一緒に山形に行ったのよねー。だから、そのお土産』
「……そういうことを手紙に書くんじゃないのか?」
『あ、そう? まぁ気にしないで。それよりも、最近ちゃんとごはん食べてるの? ダメよ、コンビニばっかりじゃ』
「……ほっといてくれ。最近はちゃんと食べるようになったよ」
『へぇ。何よ、料理するようになったの?』
「俺がするわけないだろ。俺じゃなくて――」

 ごんっ

「っ……!!」
 ものすごい音がして振り返ると、彼女が頭を押さえてうずくまっていた。
 どうやら、シンクの下に潜っていて、そのまま頭をぶつけたらしい。
「……大丈夫?」
「ご、ごめんなさい……」
 スマフォを耳から離してしゃがむと、涙を浮かべた彼女が何度もうなずいた。
 その頭を撫でながら、眉が寄る。
 痛いな、今のは間違いなく。
 なでなでしてやりながらスマフォを耳に当てると、何やら楽しげな声が聞こえてきた。
『何よ、珍しいじゃない? ひとりじゃないなんて。だーれ? 彼女?』
「あぁ。前にも話したろ? 孝之の妹の、羽織ちゃん。彼女の飯、うまいんだよ」
「っ……!?」
 電話に向かって名前を言うと、少し驚いたように彼女が顔を上げた。
 そんな姿を見ながら会話を続け、笑みを見せてうなずく。
「そのうち、連れてくって。……じゃ、そろそろ。ご馳走さま」
 電話を切ってポケットにしまうと、ゆっくり彼女が立ち上がった。
 そんな彼女の頭に、改めて手を乗せる。
「すごい音したけど、大丈夫?」
「すみません、電話中に……」
 自分のことよりもそっちを気にする彼女に、思わず苦笑が漏れた。
 彼女らしいといえば、彼女らしいのだが……。
「あ……っ」
 思わず、小さくため息をついてから彼女を抱きしめていた。
「まったく。人のことより自分のことを考えなきゃ」
「……ごめんなさい」
 よしよしと頭を撫でると、どうやら腫れてはいないようだった。
 少し安心してため息をついたこちらに、彼女が苦笑を浮かべる。
「じゃあ、夕飯作りますね」
「うん、よろしく。……怪我しないでね」
「……う。はい」
 一瞬固まってからうなずいた彼女に笑みを浮かべ、作業をするべくリビングに戻ってパソコンの電源を入れる。
 と同時に、テレビを切り、BGM代わりにFMを。
「あ、この曲……」
「ん?」
 丁度流れ出したのは、旅行中の車内で流れていたあの曲だった。
 テンションの高いボーカルが聞こえ、一気ににぎやかというか……少し騒がしい感じだ。
「……なんか、懐かしいって思っちゃいました」
「たしかに」
 聞いたばかりなのにな。
 人間ってのは、つくづく不思議な生き物だ。
 ……でも、きっと俺はこの先の人生でこの曲を聴くたびに思い出すだろう。
 彼女を初めて抱くことになった、今回の旅行のことを。


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