「はー楽しみー」
「ほんとほんと! 新しい建物に新しいショップ。ウチのほうには入ってないお店も、ここにはあるしね」
 ショッピングモールに向かう途中で、目の前を歩く絵里たちは嬉しそうに笑っていた。
 それぞれの手には、どこで手に入れたのか知らないけれど、モール内のマップがある。
 みんなの楽しそうな顔を見つつ、私はわたしで違う情報雑誌を手にしていた。
「羽織ってば、ホントにいいの?」
「うん。ゆっくりしてきてね。合流できそうだったら、あとから連絡するから」
 何度も聞き返されたことだけに、思わず苦笑を浮かべる。
 でも、私だって今さら行き先を変更するつもりはないんだよね。
「何か見てこよっか?」
「え? じゃあ、トップスがいいなぁ。1枚でいいから」
「おっけー。みんなでキワドイの選んでくるね」
「えぇ!?」
「あ、それいいねー。楽しみにしてて」
「ちょっ……! 普通がいい!」
 にやり、と意地悪っぽい顔をしたみんなに慌て、一応の反論をしてみるけれど、彼女たちに通用しているのかどうか怪しい。
 ただ、相変わらずからかわれているのだけは、よくわかる。
「……あ」
 お寺の大きな門が見えてきたところで、ひとり、グループを抜ける。
 ここからは、完全に別行動。
 ……ひとりかぁ。
 なんだかちょっぴり心細いものの、すぐそこに大きなショッピングモールも見えてるから大丈夫だよね。
 昼間だし、いくらなんでも迷子にはならないはず。
「じゃあ、またあとでね」
「はーい。またね」
 ぶんぶんと大きく手を振りながらショッピングモールへ向かったみんなに手を振り、別れての行動開始。
 少し離れてもまだなお元気な声が聞こえていて、思わず苦笑が浮かぶ。
「さて、と」
 ゆっくりと門をくぐり、広い庭園を通って本殿へ。
 今日は、ある意味特別な日なんだよね。
 えへへ。
 ちょうど遠足が特別週間に当たっていて、本当にラッキーだと思う。
 なぜなら、いつもは入れない本殿に入ることができるから。
 貴重な仏像も展示されているらしいので、せっかくだから見ておくつもり。
 ……とはいえ。
 ここに来た理由は、その本殿が見たかったからじゃなくて、裏庭の日本庭園でまったり癒されることなんだけど。
「わ……!」
 拝観料を払ってから、さっそく本殿へ。
 一歩、踏み込んだ瞬間、思わず声があがった。
 とはいえ、別に仏像が趣味というわけじゃなく……ごめんなさい。
 確かに、目の前にある仏像がかなり貴重なものであることはわかるけれど、目を輝かせるというほどではない。
 けれど今、ここにある巨大な仏像は、本当にすばらしいと思った。
 大きいながらも作りは精巧で、細々としたところにまで装飾が施されている。
 今まで見た仏像もすごいと思ったけれど、この仏像は何か惹きつけられる力のようなものがあった。
「聖武天皇に言われて作ったと言われてる作品だね」
「……え?」
 聞き覚えのある声で振り返ると、そこには思ったとおりの人がいた。
「っ……先生!?」
「本当にここにいるとはね。渋いな」
「う……その、せっかくなのでお庭だけではなく……」
「いや、いいと思うよ。絶好の機会でしょ」
 それぞれの班を見に行く、と言っていた瀬尋先生がここにいるなんて、思いもしなかった。
 しかも、しかもっ。
 いつものスーツや白衣とまったく違って、シャツと黒のパンツという“私的”な格好で思わずどきりと鼓動が鳴った。
 ラフだけど、しっかりしてるというか、言うなればお兄ちゃんは着ないなぁと思える格好。
 そんな彼を驚いた顔のまま見つめていると、瀬尋先生が仏像の瞳を指差した。
「ほかの仏像もそうであることが多いんだけど、この像はどの位置に立っても自分を見ているように見える作りになってるって知ってた?」
「え、そうなんですか?」
 彼に言われて、早速とんとんと立つ場所を変えてみる。
 すると、仏像とはどこに立っても目が合った。
「……すごい」
「ね」
 ほぉーっとため息をつくと、彼が少しだけ笑った。
 その顔に、自然と笑みが漏れる。
 珍しい知識を教えてもらえたということもあるけれど、やっぱり、彼のこういう顔を見れたからと言うほうが大きい。
「先生、詳しいんですね」
「んー……昔ここにきたとき、和尚さんに聞いた知識そのままなんだけどね」
「え、先生きたことあるんですか?」
「うん。さっきも話したけど、校外学習……いや、地域学習とか、なんかそんな名前だったかな。そのときね」
「……どうりで、詳しいはずですね」
「まぁ、神社仏閣は結構好きなんだ。雰囲気とか、造りが」
「あーわかります。いいですよね、この雰囲気」
「うん。似てるね、羽織ちゃん。俺と」
「っ……」
 似てるね、と言われたことが素直に嬉しかった。
 浮かんだ笑みは、間違いなく心からのもの。
「嬉しいです」
 目を見てにっこり笑うと、瀬尋先生も少しだけ意外そうな顔をしてから笑った。
 そのあとは、どちらともなく本殿を通って裏庭へと足を向ける。
 目的は、ひとつ。
 何よりの目的であり、今日のメインとも言える例の庭園を見るために。

「はー……気持ちいい」
 白い塀に囲まれている、広いひろい裏庭。
 まさに“日本庭園”の雰囲気が漂っている庭を直接感じられる廊下は、昔ながらの作りで扉や窓がまったくなく、外と繋がっていて風を感じる。
 点々と置かれている座布団に腰を下ろしてから、のびをひとつ。
 さわさわと木々が風に揺れる音と、わずかに聞こえてくる水音以外は、ほかに何も音がしなかった。
 あるとしても、時おり小鳥が鳴く程度。
 まさに、別世界。
「……私、ずっと座っていられると思います」
「わかるかも」
「ホント、癒しですよね」
「うん。洗い流される気がするね」
 あぐらをかいて、うしろについた手へ体重をかけた瀬尋先生は、目を閉じていた。
 そんな、普段なら絶対に見られないような姿を見ることができて、嬉しさから笑みが浮かぶ。
「ここだと、街の喧騒が届かないし」
「うんうん。ホント気持ちいい」
 こんな、ほかのみんなが見られないような彼を見ることができるこの時間は、何よりも特別で幸せだと思う。
 ……などと、うっかりにやけてしまいそうになりながら少しだけ優越感に浸っていると、不意に振り向いた瀬尋先生と目が合った。
「このあとは、どうするの?」
「あ、えっと……終わったら連絡することになってるんですけれど、もう少し周りを歩いてみようかなぁとは思ってます。京都らしいお店も見てみたいし」
「そっか。この近所に、甘味処があるの知ってる?」
「え! 知らないです!」
「……行ってみたい?」
「ぜひ!!」
 甘い物と聞いて思わず笑顔になると、先に立ち上がった彼も同じように笑った。
 普段ならば、絶対に見られない角度。
 背の高い彼を見上げる格好になり、いつもと違う雰囲気に少しだけどきりと胸が鳴る。
「それじゃ、行こうか」
「はいっ」
 手を伸ばされたわけじゃない。
 でも、誘ってもらえたことはとても嬉しくて。
 笑みを浮かべたまま彼の隣に並び、足取り軽く入り口の大きな門へと戻る。
 来たときは随分歩いたように感じられたその距離も、今はとても短く感じた。



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