「……ちょっと見てきていい?」
「あ、はい。どうぞ」
エスカレーターを上がってすぐ、正面にあった本屋さん。
その雑誌コーナーへ目を向けた彼が、そこでようやく私を振り返った。
「…………」
「…………」
「えへへ」
「……しつこいな」
目が合った途端、ついまじまじ彼を見てから頬が緩む。
それを見てすぐ、彼はは嫌そうに眉を寄せた。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
「はぁい」
くすっと笑ってから手を振り、彼を見送る。
……そういえば、本屋さんにくるのは私も久しぶりだなぁ。
本当は受験生らしく赤本コーナーあたりにいなければいけないのかもしれないけれど、ふらっと足が向いたのはやっぱり雑誌コーナーで。
そのとき、ふと彼を見ると雑誌ではなく、一般書の並ぶコーナーへ入っていくのが見えた。
制服姿で、難しい専門書とか読んじゃうのかな。
…………。
それはそれで、やっぱり注目されるよね。
なんてことを考えながら、このあたりの食べ物屋さんや雑貨屋さんの特集が組まれている雑誌を手にすると、ついつい想像してしまって笑みが漏れた。
「っわ!」
ふふ、なんて笑った瞬間。
いきなり何かで頭を叩かれて、危うく雑誌を落としてしまうところだった。
「いっ……わぁ!? お、おにいちゃっ……」
「……何してんだお前」
「え、えっ!?」
叩かれたところをさすりながら振り返ると、そこには……ものすごく恐い顔をしたお兄ちゃんが、本屋さんの袋を手に立っていた。
中には本が入っているらしく……うぅ、今それで叩いたでしょ。
痛くはないけど、なんとなく痛い。
でも、キャスケットをかぶってるせいかいつもと全然雰囲気が違い、単なる“怖い人”みたいに見えてつい大きな声があがる。
「っ……いた……! ねぇ、痛いってば!」
ぐいっと手首を掴まれたまま引きずられるようにして雑誌コーナーを離れ、お店の外の通路まで連れてこられた。
その間、彼は私を決して振り返らなくて。
声をあげても何をしても私の意志なんてまったく無視で、わけがわからない。
「もぅ! なんなの? 急に!」
「急に、じゃねーよ馬鹿が」
「ば……馬鹿ってことはないでしょ!」
「馬鹿に馬鹿つって何が悪い!」
通路に出た途端、両手を腰に当てたお兄ちゃんが家にいるときとまったく同じ調子で怒鳴ったので、その態度に腹が立って私も大きな声が出ていた。
途端、周りの人たちが驚いたようにこちらを見るのがわかって、慌ててそちらに背を向ける。
すると、お兄ちゃんも気付いたようで、あからさまに舌打ちをするといつものように腕を組んで私を見下ろした。
「制服着てチャラチャラしてるうぜぇヤツらがいると思ったら、何してんだお前。あ?」
「何って……別にいいでしょ? 私、何も悪いことしてな――……っ!」
「何も悪いことしてねぇ、だ? どの口が言ってんだお前」
「っ……もぅ、なんなの?」
またもや頭を叩かれ、そこに手を当ててさすがに睨む。
だけど、やっぱりお兄ちゃんはまったく気にする様子もなく、瞳を細めた。
「別にお前らがどうなろうと知ったこっちゃねぇし、お前が誰と付き合おうと勝手だ。でもな、ケジメは付けるのが筋だろ? 犬猫じゃねーんだから、もちっとマシな行動取れ!」
「な……にそれ」
「だから! 祐恭と別れてねぇのに男作ってんじゃねぇよ!」
ちょーん。
いつもの説法めいた話が終わった途端、聞こえたとんでもないセリフ。
お陰で、今の今まで彼に対してふつふつと湧き上っていた怒りそのものが、瞬時にきれいサッパリなくなった。
「…………」
「なんだよ」
「……あ。あぁー、そっか。……そうか。うん……そうだよね」
何を言い出したんだろうこの人は、なんて思ったのも束の間。
今、そういえば先生が18歳の姿になっていて、しかも冬瀬の制服を着ていることをやっと思い出した。
「ぁいた!」
「勝手に納得すんな」
「もぅ! だから、人の頭をぽんぽん叩かないでって言ってるでしょ!」
「叩かなきゃわかんねぇ頭してンから、叩いてんだろ!」
「そんな理屈通らないってば!」
声量こそ控えめになったものの、内容はいつもと同じ。
どうしてお兄ちゃんは、こうも私を怒らせるしかできないんだろう。
長年友達をやっている先生とは、似ても似つかない。
なのに、どうして友達をやってられるの?
1度、先生に直接聞いてみるのもいいかもしれない。
「大体、おに――……っわ!」
眉を寄せて、お兄ちゃんに再度食ってかかろうとした瞬間。
うしろからいきなり肩を引き寄せられて、思わずそちらへと身体が動いた。
驚いたように目を丸くした――……のは、お兄ちゃんだけじゃなかった。
「……」
「……」
「……は……?」
「っ……うわ、孝之!?」
かなり長い沈黙のあと、お互いがそれぞれ驚いた顔を見せた。
ううん、実際はそれだけじゃない。
どちらかというと、先生に関してはとてもとても気まずそうに顔を逸らす。
だって、そうだよね。
私は、高校生の彼を写真でしか見たことがないけれど、お兄ちゃんは違う。
1年生のときからずっと同じクラスで、これまでの先生を全部知ってる人なんだから。
「おま……!」
「……1番会いたくないヤツに……」
ば、と手を顔に当てて背を向けたものの、お兄ちゃんの驚きからして見えなかったということはない。
目を丸くして、ぽかんと口を開けて。
……あれ?
どうしてか、それはほんの数秒後には訝しげな表情へと変わっていた。
「……あー……そ。別に、お前にそーゆー趣味があっても『ふーん』としか思わねーけど」
「趣味なワケないだろ」
「じゃあ、なんだよ」
「……お前も知ってるだろ? MASHI-LOW」
「…………あー。アレか」
「知ってるの!?」
相変わらず口元に手を当てたままだった先生が、ため息をついてからようやくお兄ちゃんへ向き直った。
だけど、すんなりと彼がうなずいたのを見て、こっちが慌てる。
「どうして知ってるの?」
「長いからな。付き合いが」
「……そういう問題?」
「まぁ、いろいろあったんだよ」
ため息をついてから私の頭に手を置いた先生は、なんだかとても遠いどこかを見ているように見えた。
……なんでだろう。
ははは、と乾いた笑いのあとで、お兄ちゃんもうんうんうなずいたのは。
「で、その元祖MASHI-LOWの7倍バージョンが開発されたんだよ」
「……お前、また試されたのか」
「まぁ、そういうことだ」
『また』というお兄ちゃんの発言がちょっと気になったけれど、先生は思い出したくないような顔をしたので、昔のことは聞くに聞けない。
いったい、どんなことがあったんだろう。
……そうは思うけれど、少なくとも、いい思い出ではなかったみたいだ。
「まぁ、機会があったらお前にもやるよ」
「あー……別に、俺はいい」
「珍しいな。何事も体験したがるお前が」
「訝しすぎるんだよ、瀬尋製薬は」
「……バッサリ言うな、お前」
「まぁな」
お兄ちゃんが肩をすくめたのを見て、先生がため息をついた。
ここ数分の間に、いったいどれほどのため息を聞いただろう。
気のせいか、先生がちょっとだけ大人びたように見えた。
「……え?」
「あー、やっぱりぃ。羽織じゃん!」
「あ」
ちょんちょん、と肩をつつかれて振り返ると、そこにはクラスの友人がふたり揃って立っていた。
にこにこと満面の笑みを浮かべていて、時おりちらちらと私のうしろにいる彼女らへ目をやる。
……というよりは、やっぱり冬瀬の制服を着ている彼のほうへ主に向かっていたけれど。
「え?」
「……ね、だれだれ?」
「ちょっとー。聞いてないよ?」
つい、と服を引かれて彼女らのほうへ寄ると、顔を寄せてこそこそと囁かれた。
……うぅ。まさかこんなところを見られるなんて。
彼女らは、もちろん副担任の彼を知っている子たち。
ちらりと彼を見ると、気まずそうに顔に手を当ててそっぽを向いてい――……ると思いきや。
「誰?」
「え! あの……」
「羽織の友達?」
「ッ……!」
表情をまったく変えずに、さらりと言い放たれた言葉。
羽織、って……呼ばれた。
……え。あれ。先生、演劇部とかだったっけ。
表情も声も平静を保っている姿に、こちらこそ余計どきどきしてしまう。
だけどそれは彼女らに伝わってないようで、『羽織だってー!』なんて黄色い声をあげた。
「あのぉ、羽織の彼氏さんですか?」
「うん」
「うっそ! すごーい!」
きゃあきゃあと手を取って喜びだしたふたりを見ながら、何も言えずに眉が寄る。
平然とした顔でうなずいた彼と、そのうしろでこちらに背を向けて肩を震わせているお兄ちゃんとがツーショットで視界に入って、一瞬眩暈がした。
「あのさ、冬女に『瀬尋』って教師がいるでしょ?」
「あ、瀬尋先生? うん、いるいるー」
「てか、ウチらの副担任の先生だよ」
うんうんうなずいた彼女らを見て、彼が一瞬不敵な笑みを浮かべたのが見えた。
「俺さ、弟なんだよね」
さらりと。
まったく違和感なく彼がそう告げた途端、ふたりだけじゃなく、私も目が丸くなった。
「えー! うそー!? 瀬尋先生の弟!?」
「あー、どうりでー! すごい似てるもんねー」
「よく言われる」
きゃあきゃあ言いながら楽しそうに話すふたりを見ながら、私には何も言葉が出てこなかった。
だって、そんな。
似てて当然だもん。
……本人なんだから。
なんて、口が裂けても言えない。
実は、目の前の彼こそが今、“兄”という設定になった先生その人だ、なんて。
「でも、そっかぁ。だから、羽織と瀬尋先生って仲良かったんだぁ」
「え!? ……う、うん。そうなの」
「あ、じゃあ弟さんって先生と一緒に住んでるってこと?」
「そ……うん。まぁ、そんなとこかなぁ」
いきなりふたりが私に向き直り、楽しそうな顔での盛り上がりは続く。
だけど、私はもう内心ヒヤヒヤで。
バレたりしたらどうしよう、ってことだけがぐるぐると頭から離れなかった。
「なるほどねー。どうりで、瀬尋先生と羽織が一緒に歩いてるトコ見る子が多いわけよねー」
「なっ!?」
「え!?」
さらりとした呟きで思わず大声を上げると、同じく彼もまた驚いたように声をあげた。
思わず顔を見合わせ……ただただ、何も言わずに見詰め合う。
……み、見られてたんだ。
ごく、と小さく言葉を飲み込むと、そんなこちらの事情を知らないふたりは楽しそうに笑っていた。
「でも、いいなー。こんなカッコいい彼氏がいてー」
「ホントだよねぇ。もー、みんなに言っちゃうよ?」
「えぇっ!?」
「いいよ、別に」
「っ! う――……えぇえっ……!?」
突然の提案に『祐恭さん』と呼びかけ、慌てて口を手で押さえる。
だって、そんな。
『いいよ』なんてにこやかに言われると思わなかったんだもん。
「どうして……」
「その方が、余計なヤツが寄ってこなくなるだろ?」
「……それは……」
「予防線だよ。……いろいろと、ね」
ぼそぼそ言いながら彼を見上げると、困った顔をしている私とはまるで違い、変わらぬ笑みを浮かべていた。
……予防線。
って、一体なんのだろう。
こういう恋愛の噂は驚くほどあっという間に広がるものだけに、当然不安がある。
だけど、彼が歓迎という感じだからこそ、大きくは言えなかったけれど。
「それじゃっ、またねっ」
「あ、うん。……またね」
さよならー、とふたりも彼に頭を下げ、こちらに背を向けた。
だけど、しばらくそんなふたりを見ていたら、すぐにスマフォを取り出し、メッセージを打ち始めたのがわかる。
……かなり、思った以上の速さで噂が広がるかもしれない。
少なくとも、ウチのクラスは確実にここ数日で全員が知るところになるだろう。
「…………」
「…………」
……まさに、台風一過。
彼女たちが去ったあとは、本当に静かだった。
だけど、変わらずにこやかな笑みを浮かべている彼に、聞かずにはいられない。
「祐恭さん、どうしてあんなこと……」
「ああいう噂を広げておけば、堂々と俺と外に出ても平気だろ?」
「……あ……」
「冬瀬高校の弟が兄貴と一緒に暮らしてる。だから、兄貴と弟の彼女が買い物に出てても、不思議はないよな?」
……そっか。
確かに、今の彼が“瀬尋先生の弟”ということにしておけば、一緒にいても不自然ではない。
ましてや一緒に暮らしているということが広がれば、彼のマンションにも自由に行くことができるわけで。
「……わかった?」
「はいっ」
「ん。なら、よし」
ぽん、と頭を撫でられて、ようやく笑みが浮かんだ。
これから、ほんの少しだけ障害が減ることになるかもしれない。
さすがに手を繋いだり腕を組んだりはできないものの、一緒に外を歩く分には問題はなくなったと思う。
そう思うと、やっぱり嬉しかったから。
「…………」
「…………」
「………え?」
「お前、そんなコミュ力あったんだな」
「いざとなれば、使えるものはなんでも使う」
そのとき、これまでずっとうしろを向いて第三者と化していたお兄ちゃんが、私たちを振り返った。
その顔はどちらかというと呆れているようで、目が合った途端大げさなため息をつく。
「ま、何でもいーけど」
さらりと言われ、祐恭先生と顔を見合わせる。
……そういえば、お兄ちゃんいたんだよね。
なんて、ふと思ってしまったとはさすがに言えない。
「兄弟ね。……つーか、お前もよくやるよ」
「まぁな」
は、と短く笑ったお兄ちゃんに、彼はまんざらでもないような顔を見せた。
でも、確かに。
いつもの彼らしくないな、とは思う。
でも、そのお陰で嬉しかったし、助かった部分が大いにあるんだけれど。
「ほら。絵里ちゃんと純也さんも、従兄妹同士ってことにしてるんでしょ?」
「あ、はい。絵里のご両親は海外でお仕事されてるので、田代先生は『絵里の従兄で一緒に住んでるお目付け役』ってことになってるんです」
「へぇ」
うなずいてから続けると、知らなかったらしくお兄ちゃんが『そうだったのか』なんて口にした。
女子高が持つ独特の体質のせいかどうかはわからないけれど、こういう噂ってすぐに広まるんだよね。
田代先生と絵里が従兄妹だって話も、化学部の子たちに話したら、翌日には違うクラスの子が知っていて驚いたっけ。
だからこそ、あの子たちに広めた今回の噂が伝わるのも、思った以上に早いと思う。
……もしかしたら、今日のうちに絵里からはメッセージがくるかもしれない。
『おもしろいことになってるわね』なんて内容で。
「……さて。んじゃ、またな」
「ああ」
組んでいた腕を解いたお兄ちゃんが、背を正した。
私と彼とを交互に見てから意味ありげな笑みを浮かべ、くっくと小さく喉で笑う。
……もぅ。
そうしてると、本当に感じ悪い人にしか見えない。
兄妹だからこそいいものの、ほとんど知らない人だったら、決していい印象は持たないと思う。
「ま、1週間がんばれよ」
「仕方ないからな。……あー、今度同じヤツ持ってってやるよ」
「だから、いらねぇって」
腕を組んだ祐恭さんがにやりと笑うと、途端に口をへの字に曲げて嫌そうに手を振った。
……お兄ちゃんが、18歳に。
…………。
それはそれで、すごく嫌だ。
誰がって、もちろん私が。
だって、高校生のときの彼とは、おやつの取り合いでよく喧嘩になった覚えがあるから。
「え?」
そんじゃ、と改めて手を上げてから私たちに背を向けたお兄ちゃんを見送ったあとで、彼が私の顔を覗き込んだ。
浮かぶのは、笑み。
だけど、ちょっぴり照れくさくなる。
「……なんか……いい方向に行ったのかな、って」
「だね」
本当のことを知っている人は、ごくわずか。
嘘だけど、全部が嘘じゃない話。
でも、これからそれが流れて広まることは現実に起こるわけだから、やっぱり本当になるのかな。
……ちょっとこんがらがってきた。
「……えへへ」
「かわいいね」
「っ……! な……っなな……っ!」
「反応がかわいい」
おもしろいとも言うけど。
くっ、と小さく笑ったあとで顔を逸らしながら呟いた言葉に、また目が丸くなった。
……もぅ。
もぅー!
「……どう反応していいのか困ります」
「普通に受け取ってくれればいいんだけど」
「そういうわけには……いかない気が」
ぽふん、と彼の背中を軽く叩いて見上げると、くすくす笑いながら頭を撫でてくれた。
いつもと違う距離感。
だけど、彼に違いない。
同じ反応、くれるんだもん。
……えへへ。
「浩介さんに、感謝しないといけないですね」
「ん? ……まぁ、そうかもね」
きゅ、と腕を伝ってから彼の手を握ると、一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐに柔らかい笑みをくれた。
……幸せ。
今日だけで何度目かの言葉を噛み締めながら、夕食の買い物をするべく食料品売り場へ向かう。
制服を着たままの、高校生同士の買い物。
はたからは、ままごとに見られるかもしれない。
でも、違う。
私にとっては、大切な生活の一部。
…………と。
「……あ」
「ん?」
通りに面しているお店の前で、看板を見ながら足が止まる。
壁にかかっている、大きなメニュー表……の横に貼られている、今限定のイチオシ商品。
だけど、同じようにそれを見た彼は、嫌そうに眉を寄せた。
「俺は、いらないよ」
「もぅ、何も言ってないじゃないですかー」
「……いや、なんか今一瞬『食べます?』って聞かれそうな気がして」
苦い顔とは、こういう顔を言うんだろう。
でも、目が合った途端苦笑に変わり、内心ほっとする。
「…………」
「…………」
「えと……買ってきてもいいですか?」
「どうぞ」
見詰め合うこと数秒。
ようやく切り出すと、笑ったまま小さくうなずいてくれた。
許可をもらえたことがやっぱり嬉しくて、嬉々としながらレジへ向かう。
そこにある、POPにも表にあった物と同じ商品がアピールされていて、迷わずそれを指差した。
ここは、ソフトクリームの専門店。
本店はきちんとしたレストランを近くで開いているんだけれど、このショッピングモールの中では、あえてソフトクリームのみを扱っていた。
「お待たせしました」
「あ。ありがとうございます」
黒ゴマはちみつ豆乳ソフト。
ちょっと長いけれど、まさに入っている物全部が表されていて、ある意味ではわかりやすい。
珍しい選択だとは自分でも思ったけれど、もしかしたらひと口くらいは彼も食べてくれるんじゃないかと思って、今回は迷わなかった。
「……好きだね」
「だって、ここのおいしいんですよ」
にこにこ笑みを浮かべたまま彼の元へ戻ると、苦笑混じりに言われた。
もしかしたら、呆れられているのかもしれない。
でも、おいしいんだもん。それが正直な言葉。
「……ん、おいしいー!」
ぺろ、と舌先で舐めると、ゴマの風味とはちみつの匂いがふわっとした。
甘くて、おいしい。
だけど、最後にはお豆腐にも似た風味が残る。
……ヘルシーな感じ。
思わず頭に浮かんだ言葉だけど、『ソフトクリーム食べながら言うセリフじゃない』と彼に笑われそうだったので、ちゃんと飲み込んだ。
一応彼にも勧めてみたんだけれど、首を横に振って決して食べようとはしなかった。
それは少し残念だったけど、ある程度わかっていたことだから、それ以上は何も言わない。
本当は、せめてひと口でも味わって共感してもらえたら、やっぱり嬉しいんだけれど。
「……?」
ふと視線を感じてそちらを見ると、目が合った途端に逸らされた。
ベンチに腰かけながらの、今。
すぐ隣に彼がいるから、見られていれば当然わかる。
だけど……なんでだろう。
見られてると思ってそっちを見ると、すぐに逸らされて。
…………?
舐めるたびに見られてる気はするんだけど、かち合わない視線。
不思議というよりは、その理由が聞きたくなる。
「なんですか?」
「……いや……」
眉を寄せて彼を見ると、ようやく小さく咳払いをしてから話してくれた。
でも、なぜか視線は逸らされたままだけど。
「ソフトクリーム舐めるのって、なんかヤらしいなと思って」
「……はい?」
「ほら、歌詞にもあるだろ? 『ソフトクリームを舐めるその姿に魅かれてるよ』って」
「……あの曲ですか?」
「そう」
顎に手を当てたまま見つめられて、途端、食べれなくなった。
……だって。
先生今、『やらしい』って言ったんだよ?
「……溶けてるよ?」
「だって……」
そんなふうに言われたら、食べにくいじゃないですか。
なんて思いながら眉を寄せると、頬杖をついた彼は改めてまじまじと見つめてきた。
……困ったなぁ、もぅ。
「うぅ……」
溶け出したクリームが手まで流れてしまい、さすがにそのままでいるわけにもいかず、顔を逸らしてから舐め取る。
……視線が痛い。
そんな、まじまじ見なくても。
一瞬合った視線で身体が熱くなり、慌てて彼に背中を向けてから、舐めるところを見られないようにして早々に食べきるべく、あとはもうがんばるしかない。
「帰りましょ?」
「ん。了解」
ようやく食べ終えてからゴミ箱へ包み紙とお手ふきを捨てて戻ると、椅子から立ち上がった彼が意味ありげな顔をした。
意味ありげな、ニヤニヤした笑みを向けられているのはどうなんだろう。
……もぅ。どうしてそんなに楽しそうなんだろう。
「ほらぁ、行きましょうよ」
「わかったよ」
ぐい、と手を取ってから先を急ぐように歩き出す。
目的地は駐車場。
今、目が合ったら彼がどんな顔をするのかわかるので、着くまでは振り返らない。
……振り返らないもん。
「……っ……」
何も言わずに少しあとを歩いている彼をちらりと見たら、目が合ってすぐ楽しそうに笑われ、ついこっちにも苦笑が浮かんだ。
18歳の彼。
だけど、反応はやっぱりいつもと全部が同じで、心の中がなんともいえない満たされた気持ちになった。
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