冬瀬を出て結構走ったなぁ……などと思ったころ。
窓の外を見てようやく、今走っている場所がものすごい場所だとわかった。
「……うわぁ……。白い!」
「だね。……って、今ごろ?」
「……ぅ」
ほんの少しだけいたずらっぽい顔をした彼が、ハンドルを切ってまっすぐ前を向いた。
先ほどまでと違って、少しだけがたがたとした震動が伝わってくる道。
……やっぱり、白い。
ライトに照らされているところだけじゃなくて、道の両側ももちろん全部。
……雪……だ。
これだけの部分を占めている“白い物2なんて、それ以外にはあまり考えられないし。
そう考えると、普段見慣れない量のモノだけに、自然と顔がほころぶ。
「ここ、どこですか?」
「さあ? どこかなー」
「えぇ? ……もう教えてくれてもいいじゃないですか」
「もうすぐわかるって」
くすくす笑いながらギアを変えた彼が、見ている先。
そちらに顔を向けると、少し遠くにある随分と明るくライトアップされている場所が目に入った。
「……?」
近づくにつれ、それがかなり大きなものだとわかる。
次第に灯りも強くなり、それと同時にかなりの台数の車が駐車場に停まっているのもわかった。
「……ここ……って……」
「わかった?」
ほかの車と同じようにスペースへ停めた彼が、サイドブレーキを引いてからようやくこちらに笑みを見せた。
「……えっと……もしかして」
「そ。ほら、降りるよ」
「あ! ま、待ってください!」
鍵を抜くと同時にあっさりドアを開けた彼のあとを追うように、ドアを開け――……。
「っ……さむ……!」
途端、車内とは比べ物にならない冷気にさらされた。
「うぅ……寒い……」
「だろうね。雪積もってるし」
「……うん」
両腕を抱くようにして、氷のようになった雪に足を下ろす。
……でも、本当に寒い。
雪があるからっていうのもあるけれど、きっと、この時間だからっていうのもあるだろう。
……寒い。冷蔵庫の中みたい。
もう少し、厚着してきたらよかったかなぁ。
まさか彼が言う『ドライブ』がこんな場所になるとは思わなかったので、少しだけ眉が寄った。
「……寒い?」
「…………です」
シートに座ったままの私を覗き込んだ彼に、苦笑交じりにうなずく。
……すると、『ふぅん』と意味ありげに呟いた彼が、トランクへ回った。
「……? 先生?」
「それじゃ、いいモノあげる」
バタン、と大きな音でトランクを閉めた彼が、私の所に戻ってきたとき。
先ほどまではなかった、銀の大きな紙袋を手にしていた。
「……え、これは……?」
「いい子にしてたから」
「え……えっ?」
にっこり笑って差し出した彼に、瞳が丸くなった。
……ま……さか。
うそ。
だって、そんなこと全然聞いてないのに……!!
「せ……んせ……」
「ほら。泣くのはまだ早いだろ? ちゃんと中見てから」
「……っ……ん」
じわっと浮かんだ涙を手の甲で拭ってから、うなずいて――……彼を見る。
……優しい顔。
…………うー。もぅ……!
「……聞いてないのにぃ……」
「だから、いいんだろ? 言ったら面白くないし」
「けどっ……!」
「いーから。……早く開けて」
両手でそれを握らせてくれた彼にうなずき、袋を抱きしめるように頭を下げる。
「……ありがとうございます」
「いいえ」
そのとき頭を撫でてくれた彼の手のひらは、本当に本当に温かかった。
……プレゼントを開けるときって、どうしてこんなにドキドキするんだろう。
でも、それだけじゃない。
わくわくもするし、なんだかちょっと緊張もする。
「……なんだろう……」
自然と浮かんだ笑みのまま、お店の名前が入っているシールを剥がして口を開く。
――……と。
中には、薄い紙に包まれた柔らかい何かが入っていた。
……よく、バッグとかを買ったとき、中に入っているような、あれ。
割と大きめで、もしかしたら思った以上に――……。
「っ……これ……!」
目に入った、白い柔らかそうな物。
手にして広げると――……それは、真っ白い柔らかなロングコートだとわかった。
「うわぁ……!」
思わず笑みが漏れる。
すごく柔らかくて、温かくて。
でも、それだけじゃなかった。
実は、これまでロングコートというものを敬遠してしまっていたのだ。
どうしても、自分には大人っぽすぎて……似合わないと思っていたから。
だけど、だからこそ憧れというか、欲しいっていう気持ちもあって。
「すごい嬉しい……!」
「はは。それだけ喜んでもらえれば、俺も嬉しいよ」
まさに、“満面の笑み”。
顔がこのままずっと変わらなくなっちゃうんじゃないかって思うくらいに、笑顔しか浮かばない。
……どうしよう。本当に嬉しい。
深夜のドライブと、そして――……この場所に連れてきてくれたことと。
それだけでも十分すぎるくらいのプレゼントなのに、まさか、こんなに素敵なものまでもらえるなんて。
「本当に……っ……本当に、ありがとうございます!」
「いいえ」
ぎゅっとコートを抱きしめて彼に何度もお礼を言うと、くすくす笑いながら、首を横に振ってくれた。
「それ、ウサギらしいよ」
「ウサギ……ですか?」
「うん。アンゴラ、だったかな」
「……あ。このコートが?」
「そ」
……アンゴラのコート。
しかも、ロング。
……そして当然、真っ白――……ってことは……!
「これっ……すごく高かったんじゃ……」
「んー、そう言えるほどの物じゃないかな」
「でもっ……!」
「大丈夫だって。だから、気軽に着て?」
「……大事にしますっ……! ずっと!!」
「ん。よろしく」
ぎゅっと改めて抱きしめ、ぶんぶんと首を縦に振る。
……すごく、嬉しい。
絶対に、絶対に大切に着よう。
…………汚さないように気をつけなくちゃ。
優しい笑みでうなずいてくれた彼に再び笑顔を見せてから立ち上がると、なんとなく最初ほどは寒くなくなっているような気がした。
……単純なんだなぁ、私って。
彼がしてくれた本当に嬉しいことで、身も心も温まったみたいだ。
「それじゃ、行こうか」
「はいっ!」
ドアを閉めた彼にうなずき、改めてコートに袖を通す。
――……と。
「……ふわ」
見た目より、ずっとずっと軽かった。
……でも、それなのにとってもあたたかい。
…………すごい。
やっぱり、高いんだろうなぁ。
そればかりがグルグルと巡ってしまう。
……ホントに大事にしよう。
1歩先を歩く彼の横顔を見ながら決意すると、自然にぐっと手を握っていた。
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