「……んん……ん」
 部屋に響く、なんとも形容しがたい音。
 それは自分の声も含まれているのに、まるで全然違うもののようだ。
「……ぁ……っ」
 大好きな人。
 その人の、大好きな大きな手が身体を包み込んで、何度も箇所箇所を往復していく。
 ……まるで、安心させるかのように。
「んっ……!」
 軽く顎を上げられ、再び唇が重なる。
 ……もう、何度こうして彼とキスをしただろうか。
 そんなことが思い出せないくらい、今となってはごくごく自然なもので。
 むしろ、これまで当たり前だった頬や額へされる口づけのほうが、ずっとずっと違和感が芽生えるモノになっていた。
 繰り返される口づけに応えていると、小さな音が耳に入る。
 映画なんかでたくさん見てきた、濡れているキスの音とは違って、小さな……何かが擦れる音が。
「ッ……! ぁっ……!」
 突然胸元に生まれた感触で、声があがると同時に身体が震えた。
 指。
 彼の指先が、直に肌へと触れたのだ。
「っぁ……や……っ……」
 嫌じゃないのに、口は違う事を呟く。
 ……おかしくなってしまいそうで。
 それが、正直怖かった。
「……きれいな肌」
「っ……」
 小さく囁かれた言葉と声で、身体がかぁっと熱くなる。
「……背徳、だよな。これって」
 自嘲気味に、彼が私の上で呟いた。
 その顔があまりにも切なげで、眉が寄る。
 ……私のせいなんだろうか。
 私が、こんなふうに……応えたから……?
「……お……にい、ちゃん……」
 肌蹴た彼のシャツに手を伸ばすと、それに気付いてこちらをまっすぐに見つめた。
 ……きれいな瞳。
 いつも近くで見ていたのに、こうして見るまで気付かなかったんだろうか。
 ……それとも。
 こうしてふたりきりの密事という時間だから、そう見えるんだろうか。
 それだけは、どちらとも断言することができなかった。
「っ……え……」
 彼が頬をゆっくり撫でたと思った、次の瞬間。
 ぎゅっと彼に抱きしめられた。
 ……強く。
 そして、限りなくしっかりと。
「お兄ちゃんっ……? な……に? どうし――」
「……兄妹じゃなければよかったのに……」
「っ……ん、ぁっ!!」
 囁くと同時に、胸元へ感触が降りた。
 柔らかく唇が当たり、そして……濡れた舌がそこを撫でる。
 ……さっきの言葉は、彼の本心だろうか。
 本当に本当に小さい言葉だけど、やけに耳に残っている。
 ……甘くて、だけど、すごく切なくて。
 私のほうが、どうにかなってしまいそうだ。
「っあ……! や、まっ……!」
 つつっと鎖骨を撫でた指が、胸へ辿ってきた。
 途端に、彼のシャツを掴んでいた手に力がこもる。
「……嫌?」
「あ……だって……。恥ずか……し……」
 そんなふうに訊ねられたら、何も言えなくなってしまう。
 だから、私は目を逸らしてそう言うのが精一杯だった。
 ……あのまま彼を見ていたら、それだけでおかしくなりそうだ。
「っ……え……!」
「かわいいけど?」
「っ! ……や……だっ……かわいくなんかっ……」
「……かわいいよ。すごく」
 ちゅ、と頬に口づけされると同時に囁かれ、何も言えなかった。
 ……嬉しい気持ちが、何よりも先にあったから。
 彼がこうして『かわいい』と言ってくれることが、もちろんこれまでにもあった。
 だけど、こうして……こんな状況下で言われたのなんて、今回が初めて。
 ……だからこそ、違った意味ですごく嬉しかった。
 彼の言葉が、『妹』に対してではなくて、ひとりの『女』として向けられた物のように思えたから。
「ん、んっ……!! あっ……」
 頬から首筋そして胸元へと下りた唇が、胸の先端を含み取った。
 ……し……らないっ。
 手で触れられるだけでもどうにかなりそうなのに、こんなふうにされたら……。
「あ、あっ……お……にいちゃ……っ」
 濡れた音が響き、それと同時に彼の吐息がかかる。
 ……やだ。
 なんか……身体がヘンだ。
 ぞくぞくと腰のあたりが言いようのない違和感に襲われる。
 気持ちいいような気もする。
 ……だけど、それ以上の何かが自分の身に起こっているようで、少しだけ怖い。
「んっ……あ!? まっ……て……!」
 髪を撫でくれていた手が、もう片方の胸を通って、腰へ回った。
 そして、こともあろうにその手がスカートの中に入って来たのだ。
「まっ……待って……! やっぱり、こんなっ……」
「……ん。わかった」
「っえ……!?」
 彼の顔を見れずに首を振ると、いつもと同じ彼の声が聞こえた。
 思わず眉が寄ったまま、彼へと視線が向かう。
「……どうして……?」
「嫌なんだろ? 別に俺は、無理強いするつもりないよ」
「っけ……どっ……!」
「……羽織が大事だから。嫌なら、しない」
 ズルい。
 ……そんなふうに言われたら、私はすごく困るのに。
 嫌なんじゃない。
 ただ、私は――……。
「いや……じゃない……」
「けど、今――」
「嫌なんじゃなくって……恥ずかしい……の……」
 搾り出すようにそれだけ言うと、一瞬瞳を丸くした彼が柔らかく微笑んだ。
 ……大好きな笑み。
 なのに、こんなときにその顔を見ると、身体まで溶けてしまいそうになる。
「俺だけだよ?」
「……けど……」
「……羽織を見せて」
「っ……」
 頬に当てられた手で撫でるようにされ、喉が鳴る。
 ……お兄ちゃん、意地悪なんだもん。
「……いじわる……」
「そう?」
「そう……だよ。そんなふうに言われたら……私……」
「……私?」
「…………うん、ってしか言えなくなっちゃう……」
 顔はもう、真っ赤だと思う。
 恥ずかしくて恥ずかしくて、死んでしまいそうだ。
 ……なのに。
 やっぱり、彼に離れてほしくなくて。
 ここまで来た以上、最後まで……彼にそばにいてほしいという願いのほうが強い。
 だから。
 ……お兄ちゃんに、しっかりと抱きついていた。
「……いかないで……」
「いいのか……?」
「…………ん」
 ぎゅっとしがみついたまま、小さく……本当に小さくうなずいてみせる。
 すると、彼が髪を撫でてから背中を叩いてくれた。
「ありがとう」
 その感謝がなんとも言えず、嬉しいけれどやっぱり照れくさくて。
 だけど、それを聞いた私の顔は、間違いなく笑顔になっていた。
「……ん……」
 再び合わせられた唇で、瞳がゆっくりと閉じる。
 そのままソファへと横たわらされ、彼の手が――……ゆっくりと太股を通ってスカートにかかった。
「……っ……ぁ……」
 わずかに、声が漏れる。
 太股の内側を撫でられ、びくびくと足が震える。
 ど……しよ……。
 なんか……すごく、変な感じ。
 ――……だけど。
 次の瞬間、身体が一気に強張った。
「っあ……ん!」
 彼の指先が、ショーツの上から秘所に触れた。
 途端、これまで知らなかったくらいの何かが身体を走る。
 ぎゅうっと手に力がこもり、同時に息が荒くなる。
「あ、あっ……おにいちゃっ……お兄ちゃんっ……!」
 ――……怖い。
 自分の知らない何かが来そうで、たまらず彼を呼んでいた。
「……羽織。嫌なら、俺は――」
「やっ……! やめるのはっ……もっと…………や、なの……」
 閉じていた瞳を開き、頬に当てられた彼の手のひらに手を重ねる。
 すると、彼が一瞬瞳を丸くしてから、ふっと笑みを見せた。
「……わかった」
「あ、あっ……ん……!!」
 ちゅ、と頬に口づけをくれた彼が、覆いかぶさるように身体を寄せた。
 と同時に、ショーツがゆるゆると下ろされる。
 ……っ……こわい。
 恥ずかしい。
 ……だけど……。
 彼が離れてしまうのは、何よりも嫌だ。
 腕をしっかりと回して瞳を閉じるも、漏れる吐息と声を少しも抑えることはできなかった。
「っ……んぁっ……!」
 遠慮がちに伸ばされた指が、茂みをかき分けて――……中心を撫でた。
 あまりにも強い刺激で、快感よりも先に痺れが走る。
 ……ど……しよ。
 なんか……ヘンだ。やっぱり。
 ぎゅうっと彼に抱きついたままで、繰り返される愛撫。
「ん……ん……ふ、ぁ……」
 声にならない声が漏れ、自我が一気に吹き飛びそうになる。
 とろけそうな、快感。
 だけど、言いようのない不安。
 そんな感情が入り混じったものが、私の身体を支配していた。
「っ……!!」
 ゆるゆると秘部を撫でていた指が、ゆっくりと中へ差し込まれた。
 痛み、じゃない。
 だけど、なんとも言えない異物感。
 それで、一層鼓動が早くなる。
「っ……あ、あ……」
 ゆるやかに、だけど深く。
 まるで何かを探しているようにされる彼の動きで、当然ながら声が漏れた。
 ……そして。
 それと同時に、新しい感覚も……身体の奥底から。
「んんっ……あ………ぁ!!」
 これまでと、まったく違うモノが身体を走った。
 ……な……に?
 どくどくと脈が速くなり、呼吸も荒くなる。
 これまで、感じたことのなかったもの。
 あまりにも、深い場所から来る快感。
 彼のシャツを握り締めたままで荒く息をつくと、再び彼がそこを撫でた。
「んっ……は……ぁ、やっ……! おに……っちゃ……!」
 びくびくと足が震え、どうにもならない。
 自分の身体なのに、自由が利かなくて……もどかしいと同時に、恐くなる。
 ……もし。
 もし、このまま彼にこの愛撫を続けられたら、私はいったいどうなってしまうんだろう。
「……どうした?」
「ん……っ……」
 首筋に唇を当てた彼が、ふいに顔を覗き込んだ。
 ……優しい瞳。
 1度唇をつぐんでから開くと、彼が軽く首をかしげてみせる。
「なんか……へん……なの」
「変?」
「……うん。……変になりそうで…………ちょっと怖い」
 何もかもが、伝わっているみたいな彼。
 すべてを知っていて、それで……こんな顔をしているみたいで。
「え……?」
 彼からわずかに視線を落とすと、ふっと笑って額を合わせてくれた。
「……確かめてみるか?」
「……? 何を?」
「その、違和感の正体を」
 そう言った彼の顔はすごく意地悪で、何かを試しているようで。
 ……それでいて、私にはすごくすごく艶めいて見えた。


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