「瀬尋先生だって、ご存知でしょう? 彼女は、こんな女だったんですよ!」
人の目があるからということで、場所を立体駐車場へと移す。
すると、その途端彼が彼女を指差して声をあげた。
「あーあ。人のこと指差しちゃいけないって、教わらなかったの?」
「それは今、問題じゃないだろ!」
「そう? あながち、間違ってもないと思うけど」
腕を組んだままボンネットにもたれ、小さく笑みを浮かべる彼女を見て、当然篠崎君は声を荒げる。
……その余計な挑発はなんとかならないものか。
先ほどから俺はどうしても第3者的な立場でしか物事を見れなかった。
確かに、今ここで繰り広げられているのがふたりの問題だからということも、まぁ、なくはない。
……だが。
なんとなく、客観的にとらえ始めることができていたんだ。
今は、それに少し感謝すらしている。
「瀬尋先生もなんとか言ってください!」
「何を?」
「だ……だからっ……! こんなふうに俺を騙したことについてです!」
彼女と同じように車へ寄りかかるものの、ため息しか出てこなかった。
……俺に何を求める。
言うなれば、俺だって当然被害者だ。
……けど。
『被害』と言う言葉は、なんとなくしっくりこない。
本当に俺は被害者なのか?
考えてもみろ。
確かに、騙されていた。
だけどあれは……間違いなく彼女で。
今ココにいる彼女も、これまで演じられていたモノも、すべてはひとりの人間。
『瀬那羽織』という人間に、何も違いはなくて。
……だから余計に困るんだ。
当然ながら、仕草も、ふとしたときに見せるような表情も……同じだから。
――だから厄介なんだ。
「でも、好きになったんだろ?」
「……え……」
「違うのか?」
あれこれと続いていたふたりのやり取りに割って入ると、驚いたように彼が俺を見た。
「それは……」
「じゃあ、仕方ないじゃないか。……惚れたのは事実なんだ。今ごろ言ったって、仕方ないだろ?」
我ながら、淡々とした言葉がよく出てくるモンだ。
だが、それは目の前のふたりも同じだったらしく、揃って同じように瞳を丸くした。
「ふぅん」
「……瀬尋先生……どうして彼女の肩なんて持つんですか!?」
まるで勝ち誇ったかのように笑った彼女を見て、篠崎君が慌てたように食いついてきた。
……まぁ、そうするだろうとは思ったよ。
でも、別に口から出まかせを言ったつもりもなければ、彼女の肩を持つわけでもない。
ただ単純に、そう思っただけ。
「どうしてって……別に。そう思ったからだけど?」
さらりと言葉が出た。
それを見て彼が一層瞳を丸くする。
……本心だから仕方ないだろ?
『どうして』とか『わからない』といった彼を見てそう思うと、彼女がおかしそうに笑って――……隣へ歩いてきた。
「ほーら、ね? やっぱり、飲み込みがいいヒトは違うなー」
わざとらしく腕を絡め、首をかしげて覗きこむようにこちらを見上げる。
「私、頭のいい人って好きよ」
「……だから、肩を持ったワケじゃないって言ってるだろ」
触れられた手のひらを外し、運転席へ回る。
どうやら、彼もこれ以上話はないようだ。
……放心状態というか、呆然というか。
俺なら、同意してくれるという気持ちがあったんだろう。
……まぁね。俺だって幾らでもうなずけることはある。
だけど、コレが“真実”なんだ。
今さらあれこれと吠えたところで、ことが快方に向かうわけじゃないなら――……深く語ることはない。
ああ……いつからこれほどまでに、諦めやすくなったんだろうな。
ふと、こんな短時間の間にもかかわらず、自分が変わっていることに気付く。
「瀬尋先生はいいんですか……!?」
ドアを開けて乗り込もうとすると、両手を握った彼がまっすぐ俺を見た。
その瞳にはまだ、『諦められない』という思いが見え隠れしている。
……いいワケないだろ。
正直言えば、そうだ。
だけど――。
「…………」
ふと横を見ると、同じようにドアを開けてルーフに手を添えている彼女が見えた。
目が合った途端に笑顔を見せ、首をわずかにかしげる。
……そう。
あの、彼女らしい『なんですか?』という仕草の、彼女が。
「仕方ないだろ? ……好きなんだから」
彼を見たまま、本音が漏れた。
当然のように瞳を丸くされたが、まぁ無理もない。
俺だって、どうしてかわからないんだ。
「どうして……ですか。こんな子だったんですよ……? 俺たちのこと、騙してたんですよ!?」
首を振って、大げさな手振りで彼が続けた。
……だが。
彼よりもよっぽど彼女のほうが驚いたようだった。
そちらを見ると、瞳を丸くして何も言わずに見つめていた。
少し前までは割と見ることが多かったはずなのに、ここ数日ではまったく目にしていない姿。
……そんな顔もするんだな。
演技ではない、本気のような顔。
その姿が、つい数日前までの彼女とダブって見える。
「はいそうですかって嫌いになれたら、どれだけ楽か」
どちらの顔も見ずに小さくつぶやき、乗り込んでエンジンをかける。
……馬鹿なヤツ。
自分のこと、よくわかってるじゃないか。
信じたくなくて、信じられなくて。
そうしてずっと彼女を見ていたが、結局、この子はこの子で。
……たとえ、心の中で嘲笑われていたとしても。
俺を見て『単純ね』と見下げていたとしても。
それでもやっぱり俺は好きだったし、彼女が言ってくれた言葉が嬉しかった。
幸せそうに寄り添ってくれることが、何よりも誇りに思えた。
――人を嫌いになるには好きだったときと同じだけ時間がかかるって……昔誰かが言ってたな。
「…………」
助手席のドアが閉まったのを見てギアを入れると、ため息が漏れた。
後悔か、悔恨か。
――……それとも、それ以外の何かか。
それは俺にもわからなかった。
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