当然といえば当然ながら、帰りの車内はまったく会話がなかった。
……言い訳をすることも、付け足すこともない。
それは彼女も同じだったらしく、大人しくあとをついてくるだけで1度も口を開かなかった。
マンションの廊下に響く、互いの靴音。
それだけが、彼女の存在をあらわしている。
「…………」
大きな音とともに玄関の鍵を開け、振り返らずに靴を脱ぐ。
……今、振り返ったら。
こんな気持ちのまま彼女を見たら、いろんな意味で手遅れになりそうで。
それが、少し怖かった。
「……どうしてあんなこと言ったの?」
リビングの明かりをつけると同時に、彼女がまず口を開いた。
「別に」
「ちょっ……! ちょっと待って! ちゃんと……っちゃんと、話聞いて!!」
ジャケットを脱いで寝室へ向かうと、慌てたように彼女が前に回りこんだ。
久しぶりに見たな。
こんなふうに少しだけ必死になっているところなんて、久しく見ていない気がする。
……いつも、余裕だった。
俺にすべてを見せてからの彼女は、いつも。
だから、余計にしっくりこない。
「本気なの? 私のこと、好きって」
答えずにジャケットをベッドへ放ると、背後で小さく笑う声が聞こえた。
「……そんなに好きだった? ワタシのこと」
強がり。
ああ不思議だね。そんなふうに思える。
だけど、違うようにも見える。
……どうやら、俺はまだ希望を持ちたいらしい。
彼女という人間の中に、たったひとつの小さなそれを。
「どうして、自分を相手に合わせようとするんだ?」
「……え……?」
「堂々と、ありのままの自分を見せればいいじゃないか」
彼女の横を通り過ぎながら呟き、ソファへ向かう。
別に、返事がほしいワケでも、彼女にこれといった何かを言ってほしいワケでもない。
……だけど。
つい、出たんだ。
偽りや演技で自分を隠し、奥底へとしまい込んでいる彼女を見ていたら。
「本気になるのが怖いか?」
「っな……!」
「そうやって自分を偽ることで、いつでも逃げれる道を用意してるんだろ」
夕刊を広げながら、ため息とともに呟く。
俺には、そう見えた。
彼女が相手に合わせた人間を演じるのは、自分が本気になってハマって抜け出せなくなるのを防ぐために。
もしも相手に本気で『愛してる』と言われても、『嘘』をバラせば逃げれると彼女は知っているんだろう。
だから、相手に合わせた役を演じる。
『自分は本気になってない』と、自分自身を偽って。
「っ……!」
「何よ……何も知らないクセに……ッ」
バサっという音とともに、見慣れた雑誌が目の前へ飛んできた。
元の方向を辿れば――そこには、両手を握り締めてこちらをまっすぐに睨んでいる彼女。
……何度思っただろう。
『そういう顔もするのか』
今日だけでも何度となく思った言葉が、また頭に浮かぶ。
「私のこと何も知らないくせに……! 知ったような口利かないで!!」
叫んだその言葉は、怒りから出ているもののはずなのに。
なのに、やけに悲しそうな色だった。
「……黙って聞いてれば何よ……! 男なんて、きれいゴトしか言わないくせに! 自分に都合イイ女しか見てないくせにッ……! 偉そうなこと言わないで!!」
凛とした声を響かせた彼女が、荒く隣へ座った。
憎悪とも取れるような、瞳。
奇しくも、こんなときになって感情を丸ごとぶつけられるとはな。
……もっと違うタイミングがあっただろうに。
ほかにも、彼女がこうして吐き出すべきことはあっただろうに。
所詮、彼女にとっては俺もほかの男と同じだったのかもしれない。
真剣に囁いたつもりの言葉も、ウワベにしか届かないような……そんな男だったのかも、な。
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