「……男の子がいいですよね」
「ん?」
「あ、え、っと……あの……だから! もしもの話ですよ?」
何気ない顔で振り向いたら、彼女が慌てて両手を振るのが見えた。
話し込んでいたこともあってか、いつもよりずっと終わるのが遅くなってしまった夕食。
先ほどまでキッチンで食洗機の作業をしていた彼女だが、ようやく終わったようで、隣へと戻って来た。
「俺は嫌だけど……」
「え? どうしてですか?」
「自分に似た子どもはかわいくないだろ? 少なくとも、生意気だし、目つき悪いし、口も悪いし……」
……と、ここまで言っておいて、少しだけ寂しくなる。
客観的に見ると、まさに自分はそういうヤツで。
……はー……。
だからこそ、まぁ、男の子は欲しくないワケだが。
しかも、自分の身の回りにはものすごく『俺によく似てる』と会うたび思う子どもがいるワケで。
……まぁ、和哉の場合は泰兄に似てるから俺に似てるように感じるんだろうけど。
「もー、そんなことないですよ」
「でも、どうせだったら羽織ちゃんに似たかわいい女の子のほうがいいだろ? ……大人しいし、素直だし」
彼女の肩を引き寄せてもたれさせてから髪を撫でると、くすくす笑いながら首を振った。
……そうは言ってもだな。
やっぱりどうしても頭に浮かぶのは、やんちゃな我侭少年で。
同じ我が子ならば、少しでも彼女に似たお淑やかな子のほうがいいじゃないか。
…………。
……うん、絶対に。
彼女の幼いころを見たことはないのだが、なんとなく想像はできる。
だからこそ、頭の中には髪が長くてかわいく笑う女の子の姿ができ上がりつつあった。
「でも、女の子はパパに似るんですよ?」
「……え?」
もやもやと完成に近づいていた、彼女にそっくりの小さな女の子の想像図。
だが、彼女のその言葉で、その顔が俺にそっくりになってしまった。
「そ……れは……」
そういえば、そんな話を聞く。
……だがな……やっぱり、その……。
「…………それはかわいそうだろ……」
「えぇ? どうしてですか?」
「……いや、だってさぁ……」
少なくとも、俺に似てかわいいとは思えない。
それどころか、申し訳ないというか、ホントに……悲しいというか。
「でも、パパに似た女の子は幸せになれるって言いますよ?」
「……そうだっけ?」
「ですって。だから……かわいいに決まってるじゃないですか」
はにかんだように笑った彼女を見たままで、ふっと笑みが漏れた。
……そういえば、この、俺の腕の中にいる彼女も、瀬那先生の面影があるんだよな。
その代わり、孝之はというと――……そりゃ似てはいるんだが、纏ってる雰囲気はお袋さん似と言うか。
……うん。
そういえば俺も、どっちかっていうと母親に似てるしな。
まぁ、ときによってふと『あ、親父に似てる』なんて思う瞬間もあるんだが。
「でも私は……えへへ。どっちでもいいかなぁ」
しっかりともたれてくれた彼女が、独り言のように笑みを浮かべながら囁いた。
俺ではなく、どこか……少し遠くを見ているような、瞳。
それはまるで、そう遠くない将来を見越しているかのようで。
そしてまた――……大切な命を身篭っている、慈愛に満ちた母親のようで。
こうもまざまざと幸せそうな顔を見せ付けられると、こっちまで顔がほころぶ。
「……そうだな」
いつか、きっと。
そうなる日が来たら、結局は性別なんてイチイチ気にしないだろうし。
子どもは子どもに変わりないんだから。
俺と、そして――……。
「…………」
そこまで考えてから、ふと我に返る。
……なんか……ホント、俺、変わったよな。
昔の自分ならば、まず、付き合ってる彼女とあれこれ未来の予定みたいな話をすることはなかったのに。
それどころか、その手の話なんてあえて避けて通ってたようなモノだったのに。
……それが、どうだ。
今じゃ、自分から積極的に口に出してるようなモノ。
結婚とかって話どころか、その先にある――……我が子に対しての話までしているワケで。
「……え?」
「…………そのときが楽しみだな」
「……あ……。……そう、ですね」
笑みを浮かべて彼女の耳元に唇を寄せると、俺と同じで我にでも返ったのか、赤い顔をしたままで彼女がうなずいた。
平然と、『これから』を話せる関係。
これはやっぱり……互いに意識してる証拠。
「……ぁ……」
すくっていた髪を撫でてから、頬に手を滑らせる。
温かくて、甘い……いい香りのする彼女。
反対の頬に口づけてから、首筋へ軽くあてがう。
すると、やっぱり思った通り、くすぐったそうに身体をよじった。
そんな彼女の身体を支えながら、今度はしっかりと――……唇を重ねる。
「……ん……」
『彼女とならば』、そう思って今日まで来た。
そして、当然ながらこれからの日々だってそうに違いない。
早すぎなくていい。
計算もされなくていい。
ただ……こればかりは、導きだから。
思し召しには、変わりないこと。
「…………」
ガラにもないが、そう思う。
「……ん、ん……」
そっと彼女をソファに倒し、角度を変えてさらに口づける。
手のひらをセーターの縁に沿って滑らせ、そのまま肌を撫でるように指先で――……触れようとした、とき。
「っ……!」
「……え……?」
びくっと反応したかと思いきや、いきなり、思ってもなかった力で目一杯身体を押された。
「……羽織ちゃん……?」
正直、戸惑った。
だが、俺以上にむしろ……彼女のほうが、瞳を丸くしていて。
「……どうした?」
普段と、恐らく変わらなかったはず。
……なのに……?
「……あの……っごめん、なさい……」
「あ、いや。それは別に――……」
「ううんっ……! そうじゃ……なくて」
身体を起こしながら申し訳なさそうに頭を下げた彼女に、緩く首を振る。
だが、彼女は俺の言葉で何かを感じ取りでもしたのか、慌てたように手を振った。
「……?」
俯いてしまった彼女に対し、何も理由がわからない。
考えられる理由とすれば……気分が乗らなかった、とか?
いや、もしかしたらそれ以外に、俺が気づいていない大きなモノがあるのかもしれないが。
「あの……っ……その……今日はまだ……できない、んです……」
言おうか言うまいか。
そんな感じに視線をあちこちへ飛ばしていた彼女が、ようやく言葉を続けた。
「……できない……?」
ぽつりと、思わず繰り返してしまってから『あ』と思った。
言葉に詰まった彼女が、少しだけ困ったような顔を見せたから。
「実は、その……まだ、終わってなくて……」
しどろもどろに聞こえた言葉は、やはり案の定の理由で。
「……そっか」
ただひとこと、そう言うしかできなかった。
――……と同時に、ひとつのことを思い出す。
「それじゃ、もしかして……」
「え?」
「ほら。今週の始めからずっと具合悪かったろ?」
「……あ」
「それも……もしかして、それが理由?」
忘れるはずがない。
あれほど具合が悪そうな彼女を見たのは、本当にしばらく振りだったから。
「……です」
俺を見たままでまばたきをしていた彼女が、ようやく苦笑を浮かべながら、小さく笑った。
……なるほど。
それで少し、納得というか……ほっとするというか。
いや、もちろん体調を崩していたことに変わりはないのだが、まだ、その……なんだ。
自然の摂理というか、なんというか。
原因がわかっただけあって、落ち着くというか。
……誤解はないようにしてもらいたいが。
「……でも」
「え?」
「本当は……少し、違うんです」
静かに。
そして、ゆっくりと。
彼女が、苦笑を浮かべたままで、首を横に振った。
『きっと、笑われちゃうと思うんですけれどね』
なんて、小さく続けながら。
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