ベッドへ腰かけて、膝を抱えて座っている姿。
……なんか、ヘンな格好。
寝るわけでもなく、体育すわりをして壁にもたれているような……そんな格好だ。
毛布を足にかけてはいるものの、やっぱり少し寒い。
カーディガンでも着ようかな……なんて思ったそのとき、ドアが開いた。
「……あ」
先ほどと、同じ服の彼。
だけど、明らかに先ほどまでとは違う。
なぜなら、今までお風呂に入っていたから。
……う、なんですか。
目が合った瞬間小さく笑われ、眉が寄る。
「……だって、寒いんだもん……」
「暖房つければいいだろ」
「そうすると、寝ちゃいそうだから……」
一応、床暖房だけは入っているものの、それでも少し寒い。
エアコンも……とは考えたけれど、空気が暖まると彼が上がってくる前に寝ちゃいそうだったから、やめておいた。
「……あー、暖かいな」
「だって、かぶってたんですもん」
「人肌がいちばんいいけど」
「っ……もぅ」
膝にかけていた毛布をはいでから隣に座った彼が、ニヤっと笑った。
思わず視線を逸らしてから、俯く。
……だって、なんか恥ずかしいんだもん。
「っ……くすぐったい」
「だから、くすぐるってのは――」
「やっ……! いい!!」
腰に回った手で慌てるも、彼は楽しげに耳元で笑った。
次に彼がしようとしたことがわかるから、ぶんぶんと首を振って拒否すると、おかしそうに笑う。
……もぉ。
結局、彼は朝までにホテルに戻ればいいと言ってくれたので、少しここで休んでもらうことにした。
だって、いくら隣の県だとはいえ……車を運転してきたんだし。
それに、ずっと討論会で疲れたはず。
……それにそれに!
また、運転して山梨に戻らなきゃいけないでしょ?
だから、少しでも休んでもらいたかった。
「……え?」
ベッドへ仰向けに寝転んだ彼に、ちょいちょいと手で招かれた。
……来いってこと……?
わかりきっていることを考えてから隣に寝転ぶと、身体の下に腕を入れて抱きしめてくれた。
……あ。
いつもとは違って、私と同じシャンプーの匂いがする。
「……同じ匂い……」
思わず漏れてしまう笑みをそのままで呟くと、小さく笑ってから髪を撫でた。
「嬉しい?」
「うんっ」
彼の気持ちが、よくわかった。
大好きな人と同じ匂いがこんなに嬉しいなんて……知らなかったかもしれない。
えへへ、と笑ってから彼の髪に手を伸ばすと、さらりと指の間を通った。
相変わらず、気持ちいい。
こうして、会えないと思っていたときに会えると、無性にくっついたままでいたくなっちゃう。
……ほらね。
『私がべったり』で正解でしょ?
絵里と田代先生に改めて報告――……していいのかな。
『やっぱりねぇ』なんて、絵里ににやにやされそうな気がするんだよね。
「それで? コンテストの結果は?」
「っ……え」
髪を撫でてくれている彼の言葉に、思わず喉が鳴る。
……忘れてた。
どうして、彼に会いたくなったか。
そして……話さなければいけないと思うような出来事があったこと、を。
しばらく黙ったままでいると、頬を撫でながら彼が視線を合わせてきた。
「……どうした?」
優しい声。
……うぅ。
この声が変わってしまうのが怖くて、どうしても言い出せない。
だって、3位って報告すれば……絵里みたいに言うだろうし。
そうなったら――……とてもじゃないけれど、昔好きだった人に告白されたことなんて、言えるはずない。
今になって『どうしよう』が浮かんでしまい、どうしても彼を正視することができなかった。
「羽織ちゃん?」
……マズい。
絶対、聞きたがるよね。
というより、こんなに話すのを拒んでいたら……余計怪しまれるかもしれない。
意を決して視線を合わせ…………ると、大きくため息が漏れた。
話さなきゃ。
あの日、あったことを。
そして――……どうして失敗したのか、を。
「……えっと……」
なんだか、一世一代の告白でもするような感じで、鼓動が早くなった。
こんなに緊張するなんて……いつぶりだろう。
先日のスピーチコンテストでの緊張とも、少し違う。
言うなれば『怒られるかもしれない』という……そんな、失敗を打ち明ける子どもみたいな感じだ。
「……3位でした」
「コンテストが?」
「うん」
なるべく目を見ないように呟くと、ぐいっと顎を上げられた。
……うぅ。
そんな怪訝そうな顔をされても……ですね。
思わず眉を寄せるものの彼が表情を変えることはなく、むしろ怪しむ色が濃くなっていく。
「何か隠してない?」
「え!? まさかっ」
「……ホントに?」
ものすごく訝しげな顔をして、ずいっと顔を近づけられる。
……弱い。
こういうふうに押されると、どうしても……本音が……。
っていうかその、もちろん全部話すつもりなんだけど。
だけど……やっぱり、あの、タイミングっていうか……ね。
「……あの。会場でお父さんに会って、先生の話聞いて……」
「それは聞いた。……で?」
「で、って……あの……。……スピーチの途中で……つかえて……」
ぽつりぽつりと区切りながらしか、言葉が出てこない。
すると、瞳を細めた彼が最後に反応を見せた。
「つかえた? なんで。どうして?」
「あの、ちょっと……急に思い出せなくて……」
「それは緊張してたからなのか?」
「う」
鋭いご指摘ですね。
思わず眉を寄せて出かけた言葉を飲み込むと、彼が頬を撫でるようにしてからため息をついた。
まるで、何かわかっているような……そんな気がして、何も言えなくなってしまう。
「……話は、以上?」
意地の悪い聞き方だと思う。
って、ううん。むしろ私がちゃんと話さないのが悪いのかな。
ゆっくり訊ねた彼に、そっと首を横に振る。
すると、小さくため息を見せた。
「じゃあ、何があった?」
「……あの……同じ中学だった子に、会ったの」
「中学? ……男か」
ぎくり。
あまりにも鋭すぎる勘に、もはや何も言えない。
……わかるのかなぁ。
上目遣いに見上げて小さくうなずくと、それはそれは嫌そうな顔をした。
「どこの高校?」
「……冬瀬……」
今さら言わないわけにもいかないので、素直に名前を告げる。
すると、視線を棚に向けてから手のひらを出した。
「アルバム」
「……え?」
「写真、あるだろ?」
きょとんと彼を見ると、『早く』と言わんばかりの表情。
アルバム……どこにしまったかなぁ。
ベッドから立ち上がって棚に並んだ本をなぞりながら見ていく。
……と、懐かしい少し古い色のアルバムに辿り着いた。
青い、深みのある布地の表紙。
懐かしいなぁ、なんてしげしげと見ていたら、いつの間にか隣に立っていた彼が手を伸ばしてきた。
「……何組だった?」
「え? ……4組です」
1度こちらに視線を向けてから、パラパラとめくっていく真剣な瞳。
……というよりは、どちらかというと不機嫌そうだった。
3年4組と左上に書かれた集合写真を見つけると、名前が印刷されているところを見てから写真に視線を移す。
……そして。
何かを探すように動いていた――……視線が止まった。
「……ふぅん」
「な……なんですか……?」
「ずいぶん幼いな」
「……あ。だって……まだ中学だもん」
ふっと表情を柔らかくしたかと思うと、こちらをまじまじ見つめた彼。
手元を覗くように見ると、まだふたつに髪を縛っている自分の顔があった。
……幼いというよりも、子どもっぽい。
もちろん、今に比べれば……だから、今の自分もまだまだ子どもっぽいとは思うんだけど。
でも、まさかこんなに年上の人と付き合う事になるなんて思わなかったなぁ。
なんて考えながら彼を見ると、こちらに気付いて瞳を細めた。
「で? どいつだ」
「……あ……。えと……」
……そういえば、今はまだ詰問中でしたね。
忘れてた。
……ええと、黒川君は……。
「…………」
探すまでもなくすぐに見つけられる自分が、ちょっとどうなのかなと思った。
先日会ったときと違って、同じく幼い感じがまだ残っている、彼。
食い入るように見つめてから、そっと写真を指差す――……と、彼が小さく声をあげた。
「……黒川優貴」
「え。先生、知ってるの?」
「知ってるも何も……4組の級長だろ? こいつ。……って、最近はそう言わないのか。クラス代表?」
「……あ、そうなんだ」
さすがにそこまでは知らなかった。
まさか、クラス代表だったなんて。
「……こいつに告白されたとか?」
「う……ん」
瞳を合わせられると、何も言えなくなってしまう。
小さく小さく反応して首を縦に振ると、じぃっと食い入るように彼が見つめた。
……怖い顔。
思わずぎゅっと手を握って喉を鳴らすと、何も言わずにアルバムを畳んで棚に戻してから、彼がベッドに腰かける。
まるで、何かを考えているかのように視線を宙に這わせ、瞳を閉じてからため息ひとつ。
「……まさかホントだとは思わなかったよ」
「え?」
急な言葉に瞳を丸くすると、悪態をつくように壁へもたれた。
「冬瀬に通ってるヤツの中に、中学時代羽織ちゃんのこと好きだった男がいるって」
「……え? 誰に……」
――……呟いてから、予想がついた。
絵里だ。
昔のことを知ってる子なんて、そうそういないし。
そういえば、夏休み中に絵里からそんな話を聞いたことがある。
中学のときの話をしたら、彼が心底嫌そうな顔をした……と。
――……でも、彼は。
黒川君は……。
「……でも、黒川君には好きな子がいたんですよ? ほかに」
「でも、好きだって言われたんだろ?」
「……うん」
思い出してしまう、あのときの言葉。
あのときの彼の顔。
……声。
後ろめたいことは何もないはずなのに、まっすぐ彼を見ることができなくて視線が落ちる。
「っ……!」
すると、突然手を引かれてベッドに倒された。
「ん! っ……ん……!」
半ば強引に唇を塞がれ、苦しさが先立つ。
息すらさせてくれないように、深く、彼が求めてくる口づけ。
舌が這入り込み、応えるのが精一杯の……キス。
しっかりと押さえられた身体に、痛いほど伝わってくる彼の想い。
「ぁ……ぅんっ、んっ」
大きくて、ずっと力強くて……だけど、心のどこかでほっとしている自分がいた。
彼に強く想われていることを、痛いほど実感できたから。
……不謹慎かもしれない。
彼に嫉妬されているのを、喜んでるんだから。
だけど……だけど……!
「……ん……ふぁ」
ようやく離してもらえた唇で息を吸い込むと、頬から後頭部にかけて彼の手が撫でてきた。
「っ……」
そして、そのまま再び訪れる口づけ。
少し強引で、荒っぽくて、貪るようなキス。
だけど、彼の感情を真正面からぶつけられた気がして。
正直な想いを見せてくれた気がして。
閉じていた瞳に、涙が滲んだ。
……嬉しかった。
彼の肩を押していた両手を、滑らせるように首にかける。
すると、今までずっと押さえるけるように覆っていた彼の身体から、力がゆっくりと抜けていくのがわかった。
「……泣かないって約束したろ……」
眉を寄せて呟いた彼に首を振ると、自然に笑みが漏れた。
「……だって……独りじゃないんだもん」
「……泣き虫だな」
「うれし泣きですよ?」
一瞬目を丸くしてから涙を拭ってくれた彼に呟くと、髪を撫でながら抱きしめられた。
優しく回される、腕。
ぎゅっと抱きつくと、心底ほっとした気持ちがこみあげてくる。
「……大好き」
思わず、独りでに言葉が漏れた。
すると、髪を撫でてくれていた彼の手が止まり、まじまじと見つめてくる。
少し驚いているような、照れているような……そんな微妙なラインの表情。
『私がべったりに、500円』
ほらね。やっぱり、自分のことは自分がよくわかってるの。
手に当たる彼の髪を無意識に触りながら思い出して笑うと、彼の手のひらが頬を撫でた。
「……男女問わず言えるような言葉はいらない」
「え?」
彼の言葉に、思わず瞳を丸くする。
……いらないって……それじゃ、ほかに……なんて?
まばたきを何度か見せると、にっと口角を上げて笑った。
「……あるだろ? 俺だけに言う言葉」
「先生だけ……?」
「絵里ちゃんや純也さんにも言える言葉じゃなくて。もっと、特別な言葉が」
「……特別……? …………あっ」
目を閉じて頬に唇を当てながら囁かれると、くすぐったさと愛しさが入り混じって、なんだか不思議な気持ち。
彼が言わんとすることが、わかった。
だから、余計に……ドキドキするのかもしれない。
「………愛してます」
「ん。俺も愛してるよ……」
優しい笑みと同時に口づけをくれると、1度離れてから再び降りてきた。
舌で唇を撫でてくれてからそっと這入られ、途端に翻弄されてしまう。
絡め取るような、口づけ。
先ほどとは違い、強引さなんて微塵も感じられない。
むしろ、優しくて……溶けちゃいそう。
さっきみたいな、感情をストレートにぶつけてくれるキスも嫌いじゃない。
だけど……やっぱり、こういうキスは……どうしていいかわからなくなるくらい、酔いそうで好きだった。
――……あの、初めてされたときのキスに、とても似ているから。
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