「今日は、本当にありがとう。おかげでいい買物ができたわ」
「……それはよかった」
昼が目前に迫ったとき。
ようやく俺は、彼女を駅へと送り届けることができた。
……任務終了。
これでようやく、安息の地へと帰還できる。
「ねぇ、祐恭君。あれって……冬女の子?」
「え?」
駅前のロータリーへ停車したまま車を降り、助手席側に回って話していたとき。
ふと車にもたれていた彼女が、改札のほうを見つめた。
……あー。
確かにそこにいたのは、冬女の制服を着ている子で。
名前や学年はさすがにわからないが、確かに間違いはなかった。
「そうですけど……なんで?」
「んー? 別に。ただ、ちょーっと見られてるなー……なんて思って」
腕を組んだ彼女がくすくすと笑い、肩をすくめてから――……。
「……里美さん?」
「ちょっとサービスしちゃおうかしら」
「何を?」
珍しく、しなだれかかるように俺へともたれてきた。
彼女は背が割とあるので、今日のようにヒールの高い靴を履いていると、俺と身長がほとんど変わらなくなる。
だから当然、顔はすぐそばに。
……が。
彼女の視線はなぜか俺ではなくて、改札のほうにいる冬女の子へと注がれたままだった。
「ここって、結構冬女の子がいるのね」
「……それはまぁ。電車通学の子もいるんで」
薄っすらとした笑みを浮かべたまま会話をしながらも、やっぱり彼女はそちらを向いたまま。
……何をしたいんだか、正直よくわからない。
――……が、次の瞬間。
彼女は、ゆっくりと両腕を首へ絡めてきた。
「ねぇ、祐恭。……今度はいつ会える?」
「……は?」
「もー。つれないなぁ。ダメよ? 女子高生なんか見てばっかりいたら」
少しだけ……芝居がかった仕草と、大きな声。
これが普通の男だったら、堕ちてるかもな。
だけど、俺にはこんな里美さんが“不自然”極まりなくて。
…………よかった。慣れてて。
周りにいる男どもの視線をひしひし感じながら息をつくと、不意に彼女が頬へ手を当てた。
「……ねぇ。私のコト、好き?」
「…………そりゃまぁ」
「もっとちゃんと」
「え?」
「だから。せめて『愛してる』くらい言いなさいってば」
「……はぁ?」
ぼそぼそと眉を寄せたまま呟かれ、こちらも眉が寄った。
いったい何をしたいんだ。
そう聞きたかったが、それよりも先に彼女が動いた。
「っ……」
「……どう?」
「え?」
「だから、冬女の子たち。……こっち見てる?」
「いや……冬女の子っていうか……ほとんどの人間が見てますけど」
ぎゅうっと抱きついた彼女が、耳元で囁いた。
……痛い。
公衆の突き刺さるような視線が。
だが、彼女はまったく気にしないどころか――……まるで好都合とでも言わんばかりに、『よしよし』と呟いた。
「……里美さん」
「ん?」
「なんすか、これ」
「ふふ。わからない?」
「まったく」
普通の声で訊ねてみる。
……どうせ、ほかの連中に聞かれても困るわけじゃないんだ。
というか、むしろこんな現場を同僚にでも見られた日には、明日からの勤務がつらくて痛すぎる。
…………それこそ、拷問に近いんじゃ……。
「これで、堂々と羽織ちゃん連れて歩けるわよ?」
「……え?」
「今日付き合ってくれた、お礼」
くすっと笑って身体を離した彼女が、それはそれは穏やかな笑みを浮かべた。
「これだけ見せつけてやれば、私が祐恭君の彼女だって思うでしょ?」
「……それは……まあ」
「スマフォで写真撮ってる子もいたみたいだし、明日になったらきっとほとんどの生徒に広まってるでしょうね」
「はぁ……」
楽しそうに笑って改札を見つめた彼女に生返事をし、同じように俺もそちらを見る。
すると、彼女の言葉を裏付けるかのごとく、きゃーきゃー言いながら生徒たちがスマフォを手にしていた。
「それに、ほら。別に祐恭君が先生だってわからなくてもいいのよ」
「え?」
「この車。……赤くてカッコよくて……目立つでしょ?」
『駅前でこんなラブシーンがあった』って噂になれば、それで十分よ。
そういって笑った彼女は、車のルーフをこんこんと叩いた。
別に、いくら彼女との噂が立とうと、俺は別に困ったりしない。
それはきっと彼女も同じだろうから、こんなふうにワザと見せ付けたんだろうけれど。
……だが。
どうして、あえてこんなことをしたのかが正直よくわからなかった。
「祐恭先生が付き合ってる、彼女」
「……え?」
「それを目にすれば、たとえ生徒と歩いてたってその仲を疑ったりするようなことはないでしょ?」
「……あー……」
なるほど。
発想の転換というか、なんというか。
『それに、もしかしたら羽織ちゃんが私の妹って思うかもしれないし』と続けた彼女に、思わずうなずいていた。
「それじゃ、そのためにわざわざ……?」
「そ。私が役に立てることなら、なんでもしてあげるわよ?」
…………これは参った。
さすがは俺の姉貴分で。
だてにじーちゃんの嫁さんをやってる人じゃないことを、改めて見せ付けられた。
「ありがとう、里美さん」
「どういたしまして。っていうか、それはこっちのセリフなんだから」
ウィンクをして口元に人差し指を当てた彼女に、ふっと笑みが浮かんだ。
……相変わらず、不思議な人だ。
子どもみたいでもあり、年相応どころか……それ以上の色香をも溢れさせることができて。
…………スゴいよな。
彼女を見ていると、本当にそう思うことが多い。
「それじゃ、行くわね? ダーリンっ」
「……気をつけて」
「はぁい」
カツン、とヒールを響かせた彼女が、こちらへ手を振ってから身を翻した。
そんな彼女を、当然といえば当然のごとく、傍観者に回っていた多くの人々が視線を向ける。
……人目を惹くからこそ、か。
「…………なるほどね」
改札へ向かった彼女に小さく笑いながら車へ戻り、改めて笑ってからエンジンをかける。
明日から始まる新学期。
……きっと、学校に行けばまず誰かしらに言われるんだろうな。
これまで“噂”の中心に立つことは滅多になかったせいか、ほんの少しだけこの演劇を楽しんでいるような自分に今ごろ気付いておかしくなった。
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