「はい」
「え?」
ただいま、と玄関を開けて声をかける前に、彼女が出迎えてくれた。
彼女が先に家にいれば、こうして大抵俺を出迎えてくれる。
……そう。
ある意味、当たり前と言ってもいいかもしれない。
だけど、俺にとってそれは本当に“贅沢”なことで。
だからこそつい、にっこりと笑みを見せてくれた彼女が、たまらなく愛しくなる。
「……えっと……なんですか? これ」
「お土産」
「……お土産?」
「そ。お土産」
玄関の鍵を閉めながら彼女に笑うと、手渡したばかりの紙袋と俺とをまじまじと見比べた。
……どんな顔するかな。
不思議そうな顔のまま、封を切らずに……大事そうに持ってくれている彼女。
そんな姿を見ながら、やっぱり愛しさは増すワケで。
「え?」
「いいよ、開けて」
先を歩いていた足を止めて彼女を待ち、腰あたりに手を回す。
家でこんなふうに歩くのは、久しぶり。
しかしながら、彼女は途端に照れながらも嬉しそうな顔をしてくれて。
……かわいいな。
たった数時間しか離れていなかったのに、まるで何日も会ってなかったような錯覚が芽生える。
「ッ……! えっ、これ……!?」
ちょうど、リビングへの入り口に立ったときだ。
中身を覗いた彼女が、まるで『信じられない』みたいな顔で俺を見上げたのは。
「ほら。この前買物に行ったとき、欲しがってたろ?」
「っあ……あれはっ! だって、あのとき私……っ……ただ見てただけで……」
「似合うだろうなって思ったんだよ」
「……そんな……」
「だから、お土産」
彼女は、普段からモノを欲しがったりすることがない。
それに、俺といるときはあまり自分の物を見たりしないし。
……だから、やけにこのスカートの印象が強く残ったんだと思う。
たまたま本屋へ用事があったとき、向かいの店で彼女がコレを見ていたのだ。
彼女にしては少し珍しい色とデザインながらも、まじまじと手にとって見ていたあたり……多分よっぽど第1印象がよかったんだろう。
「うそ……だって、こんな……」
財布とキーケースをチェストへ置いてからソファへ座ると、それはもう本当に大事そうにスカートを両手で持ってくれながら、眉を寄せて俺を見つめた。
……そんな顔されてもな。
彼女らしいとは思うけれど――……。
「迷惑?」
「っ……まさか!!」
「それじゃ、そんな顔しないでもっと笑って」
苦笑を浮かべると、一瞬瞳を丸くしてから、それはそれはかわいく笑った。
……そうそう。
俺が欲しかったのは、そういう極上の笑み。
『申し訳ない』とか『すみません』なんて思ってることが表情でわかるようなモノは、いらないんだから。
「……ん?」
何かを考えるような仕草をした彼女が、俺の前へちょこんと正座した。
まるで何かを確かめるように上目遣いで表情を伺い、そのまま………足の上に両手を重ねて置く。
「本当に、ありがとうございますっ」
「……え」
ぺこっと軽くながらも、頭を下げてくれた彼女。
……いや。
そんな不思議そうに見つめられても、こっちこそ困る。
まさかこんなに丁寧な礼を言われるとは思ってなかったし、それに……。
「……ヘン……でした?」
「え? あ、いや。……なんか……」
――……一瞬だけ、三つ指ついてあいさつをする……幼な妻を見たような錯覚に襲われた。
「……? 先生?」
「……いや……うん。……なんでもない」
「?」
相変わらず不思議そうに首を傾げる彼女を正視できず、ふいに視線が逸れた。
……何考えてんだか。
ふと、かわいらしいエプロンをつけて出迎えてくれたら……とか思った自分が、ちょっとだけ情けなくなる。
「まぁ、その……なんだ。気兼ねなく、はいてください」
「もちろん! そうさせてもらいますね」
こほん、と小さく咳払いをしてから普段の授業中のような口調で言ってみると、彼女がくすっと笑ってうなずいた。
……かわいいな、ホント。
ひとつひとつの仕草がやけに目につき、なんともいえない感覚に陥りそうになる。
今日で、この至福の時間が終わり……だからかな。
「…………」
明日からはまた、学校で“教師と生徒”として接する時間が多くなる。
そうなれば当然、今までみたいに好きなときに好きなだけ彼女に触れることができなくなるワケで。
「……先生?」
「……今日……夜まで、いられる?」
頬に触れてから髪をすくい、まっすぐに瞳を見つめる。
……懇願という名の、おねだり。
つくづく俺は、我侭というか……ズルい奴だな。
俺がこう言えば、彼女が『ダメ』なんて言うはずないのに。
それに、彼女だって――……。
「……よかった……」
「え?」
「…………私も、一緒にいたい……から」
ふにゃん、としたとろけるような笑みを浮かべた彼女が、心底嬉しそうな顔をした。
……あーもー。
ホントに、彼女は離したくない。
学校……っていうか、仕事行きたくないな。
「……嬉しい」
きゅっと抱き寄せるように腕を回すと、同じように腕を回してくれながら、耳元で柔らかく囁かれた。
……温かいな。
本当に、温かくて、柔らかくて……いい匂いで。
自分は本当に、彼女と一緒にいる時間がたまらなく好きなんだと実感する。
「お昼、どうします?」
「……んー……も少しこのまま……」
「もぅ。1時になっちゃいますよ?」
「いいよ、別に」
くすくす笑いながら交わすやり取りは、やっぱり心地いい。
昼飯を食うなら、そのまえに――……彼女を。
そう思いながら解放してやると、それが伝わったのかどうかわからないが、にっこり笑ってからスカートを大事そうに持って立ち上がった。
「……あれ?」
「ん?」
これまでとまったく違う種類の声でそちらを見ると、紙袋を手にした彼女が改めて俺を見つめた。
「どうした?」
「……これ……」
カサ、という紙同士の擦れるような音のあと、取り出されたモノ。
それは――……。
「ッ……!」
先ほどまで、嫌ってほど見せ付けられていた店名のロゴが入っている包みに間違いなかった。
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