泡。
……というのが、妙にヤラシイ感じがするのは気のせいじゃないと思う。
彼女が先日買ってきた、洗顔用のネット。
これは本来洗顔だけのために使うんだろうが、どうしても手軽に泡が作れるので、いろいろと多用している。
まぁ、多用と言ってもせいぜいボディソープを泡立てるくらいだが。
面白いくらい泡ができるのは、結構楽しい。
無論、それを使う相手がいてこその楽しさだが。
「……先生、もう……泡いりません」
「そう? まだ作れるんだけど」
「先生も使えばいいのに……」
「俺はいいんだよ。これは、彼女に使ってナンボだろ?」
「えぇ?」
目の前の背中に泡を塗りたくりながら言うと、呆れたような表情が返ってきた。
大体、泡を身体に付けててイイのは、女性に限るわけで。
男がつけててもなんの楽しさもないだろうが。
……でもまぁ、こんなもんでいいか。
泡まみれになった彼女を見てからネットを放り、その手で泡を伸ばし始める。
「っ……ん、くすぐったい……」
「泡だからね」
「やっ! どこ触ってるんですかっ!」
「わき腹」
「もぉっ……そうじゃなく――っ……やぁ」
泡のお陰で摩擦抵抗なく彼女の身体を行き来できるのは、非常に楽しい。
やっぱり、この感触はいいよな。
……で、だ。
どうしたってさっきの絵里ちゃんの言葉が引っかかる。
となると、確かめたくなるのが本能ってヤツで。
「ひぁ!?」
「……絵里ちゃんの言うことは、ホントなの?」
「なっ……にがですか……」
「大きくなったんだって?」
「やっ……えっちっ!!」
両手で包み込むように胸に触れると、ぴくっと身体を反らせてから首を振った。
そんなに抵抗されると、余計やりたくなる。
……のが、やっぱり……人間というか、俺の性格なわけで。
泡のお陰でするりと手を進められるのは、非常に好都合。
阻もうとする彼女の腕の間を通って再び触れてから、そのまま後ろ向きに抱きしめてしまう。
「どれどれ……」
「やぁっ!? せんせっ……や……もぉ、なんですかっ!」
「……んー?」
「んっ……や、ぁん」
「……あー、確かに前より――」
軽く揉みながらそんなことを呟きかけたとき。
「うっわ!?」
いきなりシャワーに阻まれた。
見ると、彼女が手を伸ばしてコックをひねっている。
……いつの間に。
あと少しで身体から力が抜けるのがわかっていただけに、どうしたって悔やまれる。
「……あれ。もう出るの?」
「出ますっ」
「こら。あったまんないと、風邪引くだろ?」
「……いいもん」
少し拗ねたような顔でコックを閉めてから、とっとと彼女がドアに手をかけてしまった。
……そんなに怒らなくても。
「なんで怒って――」
「怒ってないのっ!」
……やっぱり、怒ってるじゃないか。
だが、彼女の場合のその顔は、結構かわいいわけで。
ついつい笑ってしまうのだが、ま、これがバレるとさらに機嫌悪くなるんだけど。
彼女のあとを追って洗面所に出ると、相変わらずこちらを見ようともせずに髪をタオルで拭いている姿があった。
「……そんなにイヤ?」
「イヤっていうか……っ」
仕方なく後ろ向きに抱きしめると、軽くこちらを見てから視線を落とす。
相変わらず、うっすらと染まる頬がなんとも言えない。
「……だって………えっちなんだもん」
「しょうがないだろ? 好きな女が目の前にいれば、そうなるのが普通の男なんだよ」
「けど……」
「ま、あとでちゃんと確認しようね」
「っ! せ、先生!」
「ほら、服着ないと風邪引くよ」
ぽつりと漏らした言葉を聞き逃さなかった彼女の髪を拭きながら笑うと、ほどなくして観念したように静かになった。
大人しく為されるままになってくれる割には、意外と頑固な面があると思う彼女。
……まぁ、それもいいところなんだけど。
そうそう簡単に許されても、面白くないし。
彼女を拭いてやってから、自分もパジャマを羽織る。
そして、先にリビングに向かった彼女を追うように足を向けると、丁度グラスに紅茶を注いでテーブルに着くところだった。
「はい、どうぞ」
「ん。ありがと」
相変わらずの、にこやかな笑み。
結局、こうして許してくれる彼女には、いろいろと救われる。
すんなりと隣に腰かけてくるあたり、さほど怒っているような感じでもないわけで。
――……となると、どうしたって手が伸びる。
やっぱ、気になるだろ?
なんて言い訳しながら抱き寄せると、あっさりそれを許してくれた。
「……で。どうなの?」
「え? どうって……?」
テレビを見ながら切り出すものの、彼女の中からは先ほどの件が払拭されたかのような反応だった。
……そりゃないだろ。
小さくため息をついてから先ほどの話をしてやると、困ったように眉を寄せてから視線を外す。
「……その……。あの……」
グラスを両手で包み込んで、紅茶をしばらく眺める。
……ちゃんと言ってくれるのかな。
なんて心配したのだが、まったく問題なかった。
「最近、確かに……ちょっとキツいかなぁとは思うけど……」
「じゃあ、自覚あるんだ」
「……うん」
微かながらも、彼女がうなずいた。
……ほぉ。
それは、じゃあ何か?
やっぱり、誰のお陰かって言ったら――……。
「俺のお陰だね」
「……えっち」
「何? じゃあ、ほかの男の――」
「そんなことないもんっ! ……もぉ……いじわる」
そっぽを向いてそんなことを呟こうとした途端、彼女が大きく首を振って否定してきた。
その反応を見て、つい意地悪い笑みが漏れる。
すると、やはり視線を反らされてしまった。
……しょーがないな。
「……ん。なん……ですか?」
「ここが、ツボらしいんだよ」
後ろ姿を見ていて、思い出したもうひとつの確かめたいこと。
耳たぶの裏のくぼみ。
ここも、耳のツボのひとつなんだが…………効くらしい。
何に、って?
そりゃあ、決まってるだろ。
俺が彼女に試すなんて、大抵アレくらいなモンだ。
やわやわと人差し指でマッサージするように押してやると、いつしか瞳を閉じてもたれてきた。
「……気持ちいい?」
「……うん……。なんか……なんだろ……。なんのツボですか?」
ぎく。
「……リラックス」
「あ、そうなんだぁ……」
咄嗟に出た、真っ赤な嘘。
だが、彼女は疑いもなく信じてくれた。
本来は、頭痛や耳鳴りに効くツボなのだが、今そんなことを言えば、このツボを押す理由はないわけで。
若干の罪悪感はあるものの、効き目を試すためには少しの犠牲も必要だろう。
抵抗されることなく2,3分のマッサージを終えたあとで、彼女がうっすら瞳を開いた。
「……どう?」
「え? ……うん……気持ちよかった」
相変わらず、彼女がはにかんだような笑顔で『気持ちいい』と言うと、どきりとさせられる。
理由はもちろん、ほかの意味合いに聞こえるからだが。
……さて。
それじゃあ、早速試すことにしようか。
――……本当に、このツボの効き目があるのかどうか。
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