「ふたりとも、ほんと素直よね」
ぽつりと漏れた独り言を拾う人はいない。
ぱっと見、それぞれが思いにふけってるようには見える。でも、少し違うのが正解らしい。
人は、無意識を意識化する段階で、あるポケットに陥るという。
ホントかどうかはさておき、事実目の前のふたりは、心もここにあらず。
小さいころからずっと、私は羽織のそばにいた。
いろんなことを、見てきた。
だから、彼女もたくさんターニングポイントがあることを、私は知っている。
でも、きっと今と違うことは選ばないだろうなとも思うんだよね。
わかってるわけじゃなくて、単なる私の推測。
羽織は後悔してない。自責はあっても、どうしてと憂うことはしない。
きっとそれは、葉月ちゃんも同じだろう。
初めましてと会ったときから、すごく精神年齢が高い人だなって感じた。
私も羽織も知らない世界を、見てきた気がする。
多くを語らない。幸をわけてくれても、不幸は出さない人。
でも、閉ざしてるわけじゃなくて、きっと聞けば教えてくれるだろう。
それは、彼女が生きてきた中で培った、配慮でもあり遠慮でもあるだろうから。
「うひぁ!」
「またお前、なんかしたのか」
「ちょっと何よ、どが付くほど失礼なんだけど」
腕を組んでふんふんと我ながらいい仕事するわーって自分で自分を褒めてやってたら、唐突にほっぺたへ冷たい物があてがわれた。
見るまでもなく、こんな無遠慮なことをしでかすヤツなんて、ひとりしかいない。
てか、そう何人も世の中にいたらヤダわ。
「純也こそ何よ。今、3コマ目でしょ? 暇なの?」
「そこは『講義ないの?』って聞くとこだろ」
「はぁ? なんでよ」
「流れ的に」
相変わらずワケのわからんことを言いながら、いいと言ってないのに、純也は隣のテーブルから椅子を引き寄せると、ほんとすぐのここへ座る。
まあ確かに、スペースは空いてないでしょうよ。
対面には、ぼうっとした感じのかわいい子ふたりが座ってるんだから。
「お前ってほんと、型破りだよな」
「急に来て何を言い出すかと思えば、何よそれ。今日はまだ何もしてない」
「いやいやいや、十分してるじゃん。てか、毎回見つける俺の気持ちにもなれよなー。いっつも大変なんだよ。わけわかんなくて」
「別に見つけてって頼んでないし」
「かわいくねー」
少しだけ残っていた緑茶を飲み切り、空になったペットボトルで純也の腕を小突くと、いつも見せるどこか余裕めいた笑い顔につい吹き出していた。
「ねえ、純也はサバに生まれ変わるのと、もう一度生き直すのと、どっちがいい?」
「いやそれ、選択肢ないだろ。誰が好んで昨日の夕メシになるよ」
「あー、昨日のサバ味噌めっちゃおいしかった。とろけたわ、そういえば」
「ブランドモノだからな。脂のりのり」
「ブランドならいいわけ?」
「だからサバから離れろって」
個人的には、できればもう一度人間をやりたい。
でも、ほかの人生をもう一度生きるのではなく、どうせなら自分をもう一度やりたい。
何かに後悔してるわけではなく、単純に私も自分に満足しているだけ。
出会った人たちと、もう一度出会いたい。
楽しかったと、いろいろなことに挑戦しながらもう一度過ごしたい。
まだ、18年。
3巡したところで、100年にも満たないのだ。
でも、振り返ったらやっぱり楽しかった。
目の前のふたりと出会えたことも、すぐ隣にいる純也とも、やっぱり“もう一度”味わいたい。
「なんだよ」
「べつにー?」
別にじゃないけどね、全然。
羽織や葉月ちゃんは、きっと自分の思いをちゃんと口にするんだろう。
自分のためでもあるけれど、それ以上に、相手のために。
伝えたい言葉をちゃんと持っていて、それを相手に受け止めてもらいたい気持ちがちゃんとあるから。
素直さでもあり、それは……ちゃんとした欲、なんだろう。
「ねえ。もう一度人生繰り返すなら、どこで何する?」
「もう一度ねぇ……まあとりあえず、お前のこと探すわ」
「はぁ? なんでよ。そんなに私のこと好き?」
「ああ」
「っ……な……」
頬杖をついたものの、まさかの返事で目が丸くなった。
そんな答えなんて、聞いてない。
って、それもそうか。
だって、こんな時間は今回が初なんだから。
「あいてっ」
「なんかむかつく」
「うわ、お前それは暴力だろ」
「うるさいっ」
ペットボトルで叩くと、乾いた音がした。
全然痛そうじゃないのも、腹立つ。
でも、うっかり笑っちゃうから、やっぱこの人といるとおもしろいなって思っちゃうのよね。
「……何よ」
「別に」
ひらひらと目の前で手を振られ、払おうと手を伸ばして弾くといい音がした。
長い指。
指先まできれいに伸びた"パー”を見ていたら、重ねるように握りしめていた。
人生、何周してもきっとここにたどり着くんだろう。
「ねえ、今日の夕飯すき焼きがいいんだけど」
「へえ、いいじゃん。最近食ってなかったな」
『もう一度人生繰り返す』としても、大切なものをつかみ取りながらも、まったく同じじゃつまらないもんね。
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