「……また、すごい話をしてんな」
「まぁ、それこそこんなふうに聞かれてるなんて、夢にも思ってないだろうからね」
 薔薇園の迷路だけに、微妙に向こう側の気配がなんとなくわかる箇所が幾つかあった。
 だが、まさかこんなにもハッキリと声が聞こえるとはな。
 しかも、俺と鷹兄それぞれの大事な彼女同士の、まるで“秘密”の会話内容が聞こえてきたら、相当驚く。
 そして、若干どう反応していいものかと悩む。
 ……あー。
 この状態で今、瑞穂に会う自信ないな。
 緩んでるのもそうだが、若干、恥ずかしくて顔が熱くなっているような気もする。
「それにしても、鷹兄がお見合いとはね。正直意外だった」
「まぁ、それに関しては……いろいろとあるんだけどね」
「ふぅん」
 ふふ、と笑った彼がそう言うんだから、かなりのことがあったんだろう。
 別にそこを深追いするつもりはないんだが、どんな出会いであれ、今の鷹兄があれほど彼女を大切にしている姿を見ていると、やっぱり嬉しいものは嬉しい。
 彼は、昔から変わらない部分が多いとは思う。
 だが、俺の知らない顔をたくさん彼女には見せているんだろう。
 ……ってまぁ、もちろんそれは俺も同じなんだけど。
「…………」

 初恋なんです。

 はっきりと聞こえた、瑞穂の声。
 知ってはいたし、前に直接聞いたことがあるにもかかわらず、どくん、と身体が反応した。
 12年前初めて出会った彼女は、今よりもずっと幼くて、まるで“かわいい男の子”のような格好ばかりしていた。
 だが、12年後の今。
 俺の目の前には、どこからどう見ても“清楚なお姉さん”に成長しきった姿の彼女がいて。
 誰も、知らない。
 この彼女が、昔は男子に負けじとリーダー的に振舞っていたことを。
 男子にまざって、サッカーをやっていたことを。
 俺だけが知ってるんだ。
 12年前と12年後の両方の瑞穂を。
「っ……」
 いきなり聞こえた、無駄にテンションの高いアナウンス。
 一定時間が過ぎると流れるようになっているんだろうが、仰るとおり、未だ我が彼女とは再会できていない。
 壁1枚隔てた向こうにいるのに、手が届かない。
 声は聞こえるのに。
「…………」
 いっそのこと、くぐってしまえば簡単なんだろうが、それもどうなんだ、と思う自分がいて。
 それこそ、迷路で迷ってひたすら時間が経過して、困ったあげくに子どもが取る戦法だろうが、と大人の冷静さが邪魔をする。
 あ、いや。それは人として当然なんだろうけども。
 しばらくして聞こえてきた地響きに、鷹兄と顔を見合わせ、先へと駆け始める。
 この先、道が複雑になっていないことをただ祈り、どうかそこに彼女がいてくれますようにと重ねて願いながら。
「っ……」
 ちょうど、走って向かった先は分かれ道などがなく、素直な1本ルートだった。
 少しだけ通路の先を覗いてみると、なにやら馬鹿デカい玉がごろごろと物凄い音を立ててこちらに転がってきている。
 ――が。
 その玉のすぐ前を瑞穂たちが一生懸命走っている姿も見えたので、このまま待っていれば、ちょうどここへふたりが入ってくることになるだろうと容易に想像がついた。
 ようやくの再会、か。
 そう思ったのも束の間、鷹兄がとんでもないことを言い出す。
「僕、このままひめさんを捕まえて、真正面につっこみます」
「はぁっ!? 本気か、鷹兄」
「大丈夫です。あそこの壁だけ、ほかの壁よりも色が薄い。もしかしたら仕掛け扉かもしれません」
「……あの忍者がよく使う、くるりんってまわるやつか?」
「ええ。ひとつ、賭けてみるのもいいでしょう」
「だからって鷹兄……!!」
「危険は百も承知。……でも、その危険の中でお姫さまを守るのが、王子さまの役目じゃないですか」
 にっこり笑う鷹兄が、よくわからない。
 なんでそんなとんでもないことを言い出したにもかかわらず、超絶笑顔なんだ。
 どこから一体そんな自信がくる?
 相変わらず、読めない。
「あ、ちょっ……!?」
 止める暇もなく、鷹兄が俺の目の前から姿を消した。
 次の瞬間、ゴロゴロゴロッ! とものすごい音を立てて玉が通り過ぎる。
 ――そして、もちろん。
 すぐここへ入ってきた瑞穂は、こちらに背を向けるようにして通路を眺めていた。


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