いやです、とか。
無理です、とか。
そんな言葉はなかった――が。
彼女は俺に対して、『どうしてですか』と困った顔を見せた。
だが、その言い方じゃ説得は難しいよな。
『どうしても』と強く言い切ってしまえば、質問をそれ以上することはできなくなるから。
「…………」
少し遠くから、シャワーの音がする。
今ごろ、どんな顔をして風呂に入ってるんだろうな。
それを想像するのもわりと楽しいが、風呂から出てきたところを想像するほうが、よっぽど楽しい。
……が、しかし。
ソファの座り心地が悪くなかった。
それが1番の問題。
身体を包み込むような心地よさだったせいで、俺はうっかりうたた寝するハメになったんだから。
「………………」
ふ、と目が開いたとき、先ほどまで聞こえていたはずのシャワーの音がまったくしなかった。
だけじゃない。
先ほどまでニュースを流していたはずのテレビは、今ではなにやら見たこともないようなバラエティを映している。
「……ん?」
少しだけ体勢を変えようと身体を起こしかけて、右隣に体重がかかっているのに気づいた。
が。
「っ……」
ふとそちらを見て、目が丸くなる。
そこには、俺が言ったセリフを100%守って実行してくれたらしく、再びアリス姿になった瑞穂が瞳を閉じていた。
「………………」
薄っすらと開いた唇がやけに艶っぽく見えるのは、俺が寝起きだからか、それとも照明のせいか、はたまたここがラブホだからか、さてどれだ。
……というのはさておき。
今、この状況をどうすべきかと、一瞬悩む。
寝かせておいたまま、弄り始めても許されるか。
それとも、やはりここはきちんと起こしてやるべきか。
「………………」
悩みはする。
が、答えはきっと最初から出ていた。
起こしてしまわないように身体をずらし、少しだけ固まっていた身体をほぐしてから、瑞穂の耳元へと唇を寄せる。
小さく聞こえる、規則正しい寝息。
無防備な顔で眠っている彼女をどうにかしてしまおうとする俺は、確実にダメでどうしようもなくて、馬鹿で卑怯なんだろうな。
それでも、やめないと思うのは罪か。
まぁいい。
今さら、ひとつやふたつ罪が増えたところで、どうせ俺は大罪者に変わりない。
「…………」
耳たぶを唇で挟み、舌先で弄る。
まったく反応がないのは、承知の上。
この程度で反応が返ってきたら、面白くねーしな。
耳たぶから首筋へと唇を滑らせ、片手でもう片方の耳もとを弄る。
そのまま、同じように首筋を通って、胸元へ。
――触れてみて、思わず手が止まった。
ま、じか。
ふに、と自分が思っていなかった柔らかい感触に、声が出るところだった。
付けてない、のか。
てことは――下も?
………………。
いやいやいや、それはさすがにねーだろ。
いや……それとも。
え、マジで?
だとしたら、かなりこの状況はエロくてオイシ……うわ、マジか。
すっげぇどきどきしてんだけど。
……ちょ、確認とかしてみても許されるか?
「……………………」
ごくり。
思わず喉を鳴らし、おずおずとスカートへ手を伸ばす。
いや、なんかこれこそさすがにやってはいけないことをしているような、そんな気が。
犯罪とかってレベルじゃない感じもするし。
倫理的にどうなんだとか、道徳的にどうなんだとか、なんか、さすがにこの行為ははばかれる。
が、だったら寝てる彼女に手を出すこと自体がダメだろとか言われそうだが、この際、そっちの行為は棚に上げる。
ここはラブホ。
もちろん、彼女とは合意の上。
部屋に入ったのもそう。決して無理やりじゃない。
それなりに、これからのコトを示唆してはある。
……だったら、してもいいよな?
それこそ、キスのひとつやふたつやみっつ程度は。
「…………」
柔らかな唇を味わうようにゆっくりと重ね、舌を這わせる。
ちゅ、と濡れた音がほかに音のない部屋に響き、妙に淫逸な行為に思えた。
相変わらず、柔らかくて滑らかな肌を確かめるように手のひらを滑らせ、感触を楽しむ。
反応がなくても、まったく問題ないし、構わない。
この時間、楽しいのは俺。
瑞穂を弄っている自分は、とても満たされている。
「……っ……」
舌を差し入れ、歯列をなぞって口内を撫でる。
そのまま胸をやわやわと揉みしだくと、彼女の肩が、ひくん、と震えた。
円を描くように胸を指先で弄り、起立した先端をつまむように弄る。
……起きたか。
ときおり聞こえる、喉から漏れる声。
口づけているままなので表情は見えないが、もしかしなくても、驚いてはいるだろう。
「おはよ」
「……お、はよう、ございます……」
唇を離しての、挨拶。
その距離2センチ弱。
戸惑いよりも、案の定驚きに満ちた瞳に、俺の影が映る。
「悪いな。あまりのかわいさに、我慢できなかった」
「っ……! だって……壮士さんが、あんなふうに言うから」
「どんなふうに?」
「んっ……!」
くく、と笑って髪を撫で、耳たぶに唇を寄せる。
そのまま吐息たっぷりに囁くと、身をよじりながらも柔らかい甘い声を漏らした。
「やっぱり似合うな、その格好」
「ッ……」
「つーか、思いっきりイケナイことをしてるような気になる」
ぶっちゃけ、それ。
パーク内では手を出さないと決めていたから、相変わらず何を着ても似合うな、くらいにしか思わなかった。
だが、今は違う。
思いっきり、欲望の対象として見ている。
多分、彼女に言わせると『目の色が違う』ってヤツだろうな。
そんな俺が、手を出さないと決めた理由は簡単。
歯止めが利かなくなる自分が、容易に想像ついたからだ。
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