「……さて。じゃあ、探しますか」
「そうだね」
 俺たちがここにいるということは、女性陣は女性陣でどこかにいるということ。
 もしかしたら、俺たちと同じように手を繋いできょとんとしているかもしれない。
 だが、少なくとも俺たちよりもずっと驚きが少なそうな気がするのは、どうしてだ。
 なんだかんだいって、順応してそう。
 むしろ、その場で座り込んで世間話とか始めてたりして。
「……ありえる」
「何がありえるの?」
「へ? あ、いや。なんでもない」
 うっかり口に出ていたらしく、不思議そう顔をした鷹兄に首を横へ振る。
 すると、何がおかしかったのか、彼が小さく笑った。
「壮士は昔から変わらないね」
「え?」
「ほら。女の子の好みとか」
「ぶ!! なんでそこにいくかな」
 ひょんなことから、そっちの話へと話題が移った。
 くすくす笑った彼に思わず目を丸くし、そっぽを向く。
 若干、顔が熱い。
 鷹兄は、たとえ俺がどんなに情けない顔をしたとしても笑ったりしないってのはわかってるが、やはりこう、大がつくほどの大人になった今、そんな顔を見られたらバツが悪いことこの上ないワケで。
 一応、こんな俺にだって羞恥心とか気恥ずかしさとかってのは存在する。
 あとは、それなりにプライドも。
「……あのさ、鷹兄」
「何かな」
 本来なら、それこそ“隠された”彼女らを見つけるべく歩き出すのが正解だろうが、こうして久し振りに鷹兄とふたりきりになったせいか、つい先ほど思い巡らしていたことがまた頭に戻ってきた。
 それは、自分の自信のなさ。
 もちろん、瑞穂と俺とのことを知らない彼に相談したところで、彼だって困ってしまうのはわかっている。
 だが、これはさすがに瑞穂に相談するわけにはいかない。
 いくらカウンセラーだとしても俺専属ではないし、ましてや……自分とのことを相談されても返答しかねるだろう。
「鷹兄は、不安になったりとかってあるか?」
「不安?」
 腕を組んだまま彼を見ると、いつもと同じ目で見られた。
 キッと睨みつけるでもなく、微笑むでもなく。
 ただ見つめている瞳。
 だが、なぜかこの目で見られると、考えていることをすべて見通されているような感覚になるから、実は少し苦手でもある。
 彼は間違ったことを言わない。
 嘘もつかない。
 “苦手”というのは、自分が間違っていれば即否定されるから、だ。
 それが少し怖い。
 ……怖い、か。
 やっぱ、だせーな。俺は。
「たとえば、彼女がいつか自分じゃない男のもとに行くんじゃないか、とか」
「…………」
 う。
 おおかた予想してはいたんだが、実際にそういう目で見られると、ものすごく居づらい。
 あー、あー、わかっちゃいたんだ。
 いたんだぞ? たしかに。
 ……だが、な。
 そんなに冷たい目で見られると、若干ツラくもある。
「壮士は変わらないね」
「っ……」
 まただ。
 ふっと笑った彼が、まぶたを閉じた。
 まるで、独り言のようなセリフ。
 だが、改めてまっすぐに俺を見つめた彼は、“しかたないな”とでも言わんばかりの顔をしていた。

「僕に否定されることで、安心したいんでしょう?」

「っ……」
「正確には、“僕に”じゃなくて、“彼女に”だろうけれどね」
「…………」
 ご名答、としか言えなさすぎて、思わず喉が鳴る。
 仰るとおり。
 俺は、単に否定してほしいだけ。
 そうしてもらうことで、“そうか”と思うことができるから、イコール自信になる。
 安心に繋がる。
 そうかそうか、と。
 やっぱりそれでいいんだ、と。
 俺は間違いじゃなかったんだ、と……ただ単に、そう思いたいだけ。
 自分ひとりで思い込むことができず、誰かに同意してもらわなければ安心すらできない。
「葉山さんは、壮士が考えているような子だと思ってるの?」
「……え?」
「つまり、いつか簡単に彼女が自分に背を向ける、って思ってる?」
「っ……それは」
 穏やかな表情で次々に質問を繰り出されるも、即答しかねることだらけで、思わず言葉に詰まる。
 いや、正確には即答できるんだ。どれもこれも。
 ただひとこと、“違う”“そんなんじゃない”ってな。
「そんなふうに思われてるって知ったら、彼女はどう思うのかな」
「……っ」
「きっと、悲しむよね? 大好きな人にそう思われたら、僕だってツラい」
「…………」
 ふ、と表情を緩めた彼が視線を落とした。
 大好きな人。
 その言葉を聞いた瞬間、笑顔を俺に向けてくれる瑞穂の顔が浮かんだ。
「要は、そう思わせなければいいだけの話でしょう」
「……思わせない?」
「そういう隙を与えない、って言えばいいかな」
 片手を軽く上げた彼が、“ね?”と何かを納得させるときにするかのような仕草で俺を見た。
「壮士ならできるだろうし、やるよね」
「っ……」
 その顔、昔から知ってる鷹兄の顔だ。
 にっこり笑うんじゃない、瞳を細めての笑み。
 それは、“策士”という言葉を彷彿とさせる。
「……参ったな」
 鷹兄は昔からそうだ。
 なるほど。
 俺もそうなら、鷹兄も昔から何も変わっていないということか。
 ありのままでいいんだよな、結局。
 瑞穂が好きになってくれたのは、優しい俺じゃない。なんでもソツなくこなす俺でもない。
 いつだって笑みを浮かべて、物腰穏やかに誰にでも接することのできる俺じゃないんだ。
 俺は、俺。
 そしてもちろん、俺だって瑞穂が瑞穂だから好きになったんだ。
 物腰穏やかで、いつでも誰にでも笑顔で、何かキツいことを言われたら泣いてしまいそうな彼女。
 だが、実際は違う。
 優しすぎて、キツイことを言われたら泣いてしまいそうにも、強い意見を言われればしゅんと萎れて反論せず黙ってしまいそうな子にも見えるのに、彼女はそれをしない。
 穏やかな笑みを浮かべたまま、相手をまっすぐに見つめて、出方を待つ。
 無理やりなことを言うわけじゃない。
 だが、自分の意見を死なせることもしない。
 相手によりけり。
 その判断をきちんとして、どんな相手にでも過剰に卑屈になることなく、対等であり続ける。
 ……それが、葉山瑞穂。
 『あの子は見た目どこにでもいそうな女の子だけど、芯があるよな』
 彼女が働く市の適応指導教室の専任教諭が、くっくと笑いながら言ってもいた。
 そのときもちろん、『手を出したら犯罪っすよ』と釘を刺したことは言うまでもないが。
「……そうだな。俺なら、どういう手を使ってでも。そばにいさせる、か」
 瑞穂が今とまるで違う子だったら、きっと好きという感情を抱くことはなかった。
 女として意識することも、抱きたいとさえ思うことも、だ。
「さて、それじゃお姫さまたちを迎えに行きましょうかね」
「そうだな」
 そう言って鷹兄が浮かべた笑みは、にっこりとしたモノ。
 うそ臭いなんて言わない。
 実際、その笑みが嘘じゃないことを知っているから。
 だが、仮面じゃないとは言い切れない。
 鷹兄が身につけたスキル、そう言えば1番しっくりくるだろうか。
「……姫、ね」
「そうでしょう。ほら、毎年“姫納め姫始め”って言うんだから」
「…………」
「ん?」
「いや、鷹兄がそんなにさらりと言うとはなー、って。そういや、さっきもそうだったけど、この手の話をこんだけ開けっぴろげられるとは思わなかったからさ」
「まぁ、ね。それだけ僕らも大人になった、ってことでしょ」
「確かに」
 大人、ね。
 にっこり上手に微笑むようになった鷹兄も、そういう意味でのレベルアップってことなのか。
 ……いや、違うな。
 彼の場合は、もっとこう違う形での進化に違いない。
「ありがとな、鷹兄」
「僕は何もしてないよ」
「いや、でも――」

「忘れよう」

「っ……」
「何もなかったでしょ」
 先ほどとは違う声に、思わず目が丸くなる。
 さすがはプロの声。まさに本職だな。
 鋭さと強さがあるくせに、しっかりと優しさが残っている声。
 魔術師か、ホントに。
 改めて、彼にはきっと生涯敵わないんだろうなと思った。


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