そういう訳で、昼食はむやみに高い展望レストランで食べられた。
 食後の腹ごなしに階下に入っているゲームセンターを見て回る事になった。
「……どうして、こういう観光スポットって言うのは物価がむやみに高いんだろうか」
 中身の寂しくなった財布にため息を一つ入れてやる。
 会計のため、一行に遅れてゲームセンターに入った祐恭。それでも耳に届いてきた甲高い声にすぐに居場所を見つけ出す事が出来た。
 絵里と羽織は、ゾンビやモンスターを相手にひたすら銃で倒しまくる、大筐体のガンシューティングに奮戦していた。
 しかし気持ちに実力はついてこず、二人は面白いくらいにやられまくり。
 コンティニュー用に投入口付近に積まれていた硬貨の山が見る見る減っていく。
「あー、絵里。死んじゃう死んじゃうよー」
「うあー! 何で弾が出ないのよ。壊れてんじゃないの!?」
「弾を補充しないと。えーと、りろーどだっけ?」
『わー、きゃーっ!!』
 画面に派手に血しぶきが舞ってブラックアウトする。
「もー、またやられた。もうすぐ最終ステージなのに」
「賑やかだなぁ……」
「あ、先生」
「祐恭先生。ちょうど良かった。これ持ってて」
 絵里にいきなりコントローラー用のマシンガンを渡される。
「羽織。私ひとっ走り両替してくるから、あなたは残りのコインで何とかゲームを持たせなさいっ!」
 無責任に言い放ち、コインを入れ彼女の方を復活させる。
「ええーっ!?」
「何なら、俺か。もしくは純也さんが代わりに両替を……」
 祐恭が口走ったときには彼女はもうフロアの向こうに駆け出していた。
 声は一応聞こえていたのか、一言だけ残して。
「純也は無理ー」
 何で?
 疑問に思って彼の姿を探してみると、いた。
 UFOキャッチャーのアクリル板に張り付いている……。
「おいっ、このアーム。壊れてんじゃないかっ。全然つかめないぞ!」
 投入口にはやはり硬貨の山。似たもの同志という訳ね。
「うわ、うわ、えいえいーっ」
 その間にも彼女の孤独な戦いは続いていた。
 かなりの負けっぷりだ。第一、声は必要ないだろ……。
 このままあわあわする彼女を見つめていても楽しいが、ここは一つ加勢してやる事にした。
 祐恭はジャケットのポケットに昼食の釣りの硬貨があるのを確認して、羽織の横に立つ。
 再プレイと同時にグレネードを全弾発射。画面にあふれる敵をとりあえず一掃。時間を稼ぐ。
「先生?」
「羽織ちゃんは手前左から出る敵だけに集中。残りは俺がやるから……そら、きたぞ!」
「は、はいっ」
「危なくなったらかまわずすぐにグレネード。出し惜しみしても死んだら一緒」
「間が空いたら弾が残っててもすぐにリロード。常に弾はMAXに保つ」
 鬼教官よろしく矢継ぎ早にアドバイスをまくし立てる。
 その甲斐と祐恭の圧倒的な腕前で次々を敵を殲滅していく二人。
 昔、孝之をタッグを組んでこのテのゲームをあらかた制覇した事が生きてくるとは。
 人生何が役立つかわからんもんである。
 そして、ついに最終ステージ。ラスボスである巨大なドラゴンが現れる。
 さすがにラストと言うだけあって固い。むやみに固い。ひたすらに撃ちまくっていた祐恭がすっと銃を下げる。彼もついにあきらめたのか。
「先生っ」
 悲痛な声を上げる彼女に彼が返したのは、ニヒルな笑み。
「画面をよく見る。……もう終わってるよ」
 彼女の放った最後の一発でドラゴンは灰になって滅び、エンディングロールが流れていた。
 そしてここまで戦った証としてランキングボードに名を刻む。
『U&H』――『祐恭&羽織』。
「先生のおかげでクリアできたようなものだし」
「そうだぞ、感謝するように。でも羽織ちゃんもよく頑張りました」
「えへへ……うん」
「あーっ、終わっちゃってるぅ」
 お互いの健闘をたたえ合っていたその現場にようやく絵里が戻ってきた。
「クリアしたんだ。エンディング見たかったなー」
「絵里、どこまで両替に行ってたの?」
「それがさぁ、聞いてよ。一台しかない両替機が百円釣り銭切れだったのよ! おかげで外の売店まで走らされて――」
「ハァー、やっと取れたよ。キャッチャーのアルテッツァ。三千円もつい使っちゃったよ」
「あ・ん・た・の・せ・い・かーっ!!」
「うわっ!? 何だよ、何故そこまで怒る?」
「キャッチャーごときに三千円もつぎ込むなぁー!」
 もちろんさっきのガンシューティングに同額近くつぎ込んでいる事は棚上げ。

「ひでぇなぁ。首を絞めるか、普通」
「ふんっ」
「ま、まぁまぁ……絵里、落ち着いて」
「それなら今度は女の子達にしっかり頑張って貰いましょうかね、アレで」
 祐恭が勧めたのはD.D.R.ダンスダンスレボリューション
「……いいわ。絵里ちゃんの華麗なステップ、とくと見せてあげる!」
 ノリがいいのか、怒りもどこへやら、絵里は台に上がる際、ブーツまで脱いでいよいよやる気だ。
「羽織ちゃんも隣でどうぞ」
「羽織、ミュールは脱いだ方がやりやすいわよ」
「そうだね、なんか転びそう……」
「男共は休憩しつつギャラリーやります。純也さん、こっちです」
「……ふむ、なるほどね。ここいらかな?」
「ですね」
 二人は位置関係を調整しつつ、成り行きを見守る。
 曲が始まる。アップテンポのユーロビート。難度は高めなはずだが、さすがに絵里は豪語するだけあって、見事なステップでスコアを稼いでいく。対して、羽織はついていくのがやっと。
「はわっ、ちょっと早いよ〜」
「ほらほら、羽織頑張ってー」
『ほぅ……』
 ため息にも似た声がどちらからともなく漏れた。
「白か……予想通り」
「ピンク。素材はシルクか?」
『!?』
 大音響の中のはずなのに、こういう呟きは何故か耳に入る。
 二人は慌ててひらめくスカートの裾を押さえた。
「ど、どこ見てんのよ!」
「ゲームに興じる女子高生ー」
「ほらほら止まってると終わっちゃうよー」
「うーっ……」
 彼氏の視線が気になってダンスどころではない。スカートを押さえたままクリアできる難度でも無く、結局後半はヘロヘロだった。
「言った割には大した事無いんだな、お前も」
「誰のせいよっ!」
「心配するな。俺らがあの場所で壁を作ってたおかげで、周りの連中からは見られてないから」
「あんたらが見てたでしょーが!」
「それはまぁ……役得?」
 真っ赤な顔で絵里が繰り出す拳を、平然とかわしていく純也。
「ハハ――あ、イテテっ!?」
 微笑ましい光景に油断していた祐恭の手を羽織は思いっきりつねってやった。
「……先生のえっち」

 ゲーセンをでた後も機嫌を損ねたままの彼女達にソフトクリームを買い与える。
「この程度で許されると思わないでよね」
「へいへい」
「んふー、おいし」
 こっちは直ってますが……しかし。
「あむ……っちゅっ」
 ソフトクリームを食べる彼女がそこはかとなくえっちぃ感じがするのは何故なんだろうか。
 そのまんまというか……はっ、イカンイカン! 何を考えてるんだ俺は。
 祐恭は慌てて気を取り直す。どうも先程の刺激的な光景の影響が残っているらしい。
「――い、先生っ」
「うっわ、なに羽織ちゃん」
「何って……溶けてますよ、アイス」
「げ」
 見ると、よほど思考に熱がこもっていたのかコーンはおろか手の方までたれてきていた。
「あーあ、こりゃ捨てるしかないな」
「もぉ、先生。もったいないですよ?」
「じゃあ、食べる?」
 彼的には冗談のつもりで差し出した手。
 しかし羽織はためらうことなく、
「ちゅ……ぺろ……」
「……」
「ほら。落としたわけじゃないんだし、ちゃんと食べれますよ」
 無意識なんだろうが、この子は……まいるなぁ。
 祐恭は溶けかけたそれを三、四口で適当に片づけ、反対の手を羽織の肩に回す。
「それじゃ、純也さん。俺達」
「ああ。また帰りにね」

 午後からはそれぞれが別行動。
 大人数は賑やかで楽しいが、やはり休日にお出かけしているのだから、二人っきりの時間も欲しい。
 祐恭達がやってきたのは、観覧車前。
 そもそもこれが目的で遊園地行きを決めたはずだから、乗らなきゃウソである。
 相変わらず待ち時間もなく、すぐに乗れる。係員のおじいさんの案内でゴンドラの中へ。
「ふぅ」
 座席にどっかりと腰を下ろし、祐恭は息をついた。
「先生、疲れた?」
「ああ……俺も年かな」
 軽く返したつもりだったが、羽織の表情が曇る。
「先生、今日はありがとうございます。私のわがままで、こんな遠くまでわざわざ……。
 休日なんだから先生もゆっくりしたかったはずなのに」
「……それ、本気で言ってるの?」
「え?」
「だとしたら、怒るよ」
 いつになく強い口調で祐恭は羽織を見据えていた。
「大体、キミは遠慮しすぎなの。羽織ちゃんは俺の彼女。他の誰でもなく、俺が選んだんだ、自信を持って欲しい。だからもっとわがまま言って。もっと俺を頼って。もっと俺に依存して、欲しい。
 でないと、俺……寂しいよ。俺こそ重荷になってるんじゃないかって」
「先生っ」
 感極まって、羽織が祐恭の胸に飛び込んでくる。
「……さぁ、俺にどうして欲しい?」
「キス、して。先生」
 唇と唇が触れ合うだけの優しいキス。
 それだけでも満たされるはずなのに、心は欲張りで。
「……もっと」
「ん」
 今度は深く。
 互いの味を確かめるように、歯列をなぞり、舌を絡めていく。
 息をするのも忘れる程、求めていた。
 離れた後、二人の吐息が交じる。
「どう? こういうのもいいものでしょ」
「……うん」
「じゃあ、俺も羽織ちゃんを求めてもいい?」
 抱いていた手がゆるゆると曲線を描き始める。
「んっ……ダメ、先生っ。こんなトコで、見られちゃうよ」
「ここは高度数十メートルの密室だよ」
「そうじゃなくてぇ……隣のゴンドラとかから」
「向こう三軒両隣には客は乗ってなかったから平気」
 ひょいと彼女が首をもたげてくる。
「先生。いつもそんなのチェックして観覧車乗ってるの?」
「……さぁて、ね」
 ごまかすように、彼女のおでこにキスをする。







「観覧車は楽しめましたか、羽織ちゃん?」
「知りませんっ」
 そっぽを向いて小走りに祐恭の隣から駆け出す羽織。
 通りに出たところでその足元に小さな子供が飛びついてきた。
「ままぁー」
 二才くらいの愛らしい女の子の口から出る問題発言。
「ええっ!?」
「……羽織ちゃん、まさか」
「まさかって何ですか! 私は先生としか、してないし……。それにあの、ちゃんとつけてるし――」
「え?」
「そ、それに! 明らかに年計算が合いませんってば!」
「ママ、じゃないの?」
 場の空気の様子から、人違いに気が付いた女の子の表情がみるみる険しくなる。
「う、ぐずっ……ままぁ。まま、どこぉー! ぁあーん!!」
「おおっと」
 大音響で泣き始める少女にたじろぐ祐恭。
 対照的に羽織は慌てず、少女の目線にまでしゃがみ込むと頭を撫でて落ち着かせる。
「よしよし。ほら、泣かないで。どうしちゃったの、お父さんとお母さんからはぐれちゃったのかな〜?」
 見事な手際で瞬く間に泣きやませる。
「迷子かな? お姉ちゃんにお名前教えてくれる?」
「まほー」
「まほー……まほちゃんか。お父さんとお母さんの名前は言える?」
「ぱ……パパとママー」
「うーん、さすがにそこまではまだ難しいか」
 辺りを少し探してみたが、それらしい夫婦は見あたらない。
「このまま闇雲に探してもダメだな、とりあえず迷子センターに届けてこよう」
 二人は迷子の少女、まほを連れ、入場門近くの事務所に隣接する迷子センターを訪れた。
 中には、まほと同じ境遇の子供達が数人いた。人混みではぐれたというよりは、敷地の広大さで見失った方であろう。
「はい。お預かりします。早速園内放送で呼び出してみますので」
 担当の職員がまほの服装の特徴をまとめると別室に向かった。
「これで一安心かな」
「まほちゃん。パパとママがすぐに迎えに来るからね。じゃ――」
 腰を上げかけた羽織のスカートのすそをまほはしっかりと握って離そうとしない。
「おねーちゃ、行っちゃうの……?」
 不安げな声、迷子になった時の記憶が蘇ったのか、口元はへの字になり、目尻に涙がたまっていく。
「う……せんせぇ」
「だから、そこで俺を見られても……はぁ」
 彼女の言わんとしている事は分かっていたので、祐恭はその先の言葉を続けず、ただ頷いてやる。
 これを放っておける羽織なはずがないから。
 すまなそうに彼に頷き返すと、羽織はまほに向き直る。
「しゃあ、パパとママが来るまで、お姉ちゃんと待ってよっか?」
「うん!」
 子供に好かれるタイプなのか、羽織はすぐにセンター内の子供達の人気者になっていた。
 七ヶ瀬大学で教職を目指しているだけある。もしかしたら自分より教師に向いてるのか知れない。
 でも、対象は小学生、幼稚園までか。
 今のしたたかな中学生、高校生相手では逆に彼女がやりこめられそうだ。
 教壇上であたふたと生徒に振り回されているそんな羽織の姿を想像して、ほくそ笑んでいたら、彼女にたしなめられた。
「先生、見ているだけじゃなくて、一緒に遊んであげて。現役なんだから」
「……高校の化学教師じゃこの場合意味がないと思うけど」
 やがて、時間が経つに連れ、迎えに子供が一人、二人と減り、ついに――
「真帆〜」
「あ、ママーっ!」
 まほがダッシュで飛びついたのは年の頃は祐恭と同じくらいの、おっとりとした若奥さんだった。
「こら、真帆。一人でどっか行っちゃダメって言ったでしょう? パパとママ、どれだけ心配した事か」
「ごめちゃぁい……でもね、でもねぇ。まほ、おねーちゃといいコにしてまてたよー?」
 ぴょんぴょん回りを跳ねながら、自分がいい子だとアピールする真帆。
「すいません。ウチの真帆がお世話になったみたいで……ありがとうございます」
 深々と頭を下げる若妻に羽織も恐縮して礼を返す。
「いえいえ、そんな大した事してませんから。よかったね、まほちゃん」
「へへー、うん!」

「おねーちゃあ、ばいばーい!」
「バイバイ、まほちゃん。今度はパパとママの手を離しちゃだめだよー!」
 センターの外で待っていたこれも若いお父さんと三人でもう一度こちらに頭を下げ、真帆の家族はエントランスをくぐり帰っていった。
 時刻はもう夕方になっていた。
 いつまでも彼女達の後ろ姿を見送っていた羽織に祐恭が声をかける。
「まほちゃんに情でもわいた?」
「ううん――と、それも少しあるけど……ああいう家族団らんの構図が素敵だなぁと思って。
 いつか私もあんな「お母さん」になれるのかな」
「なれるよ、羽織ちゃんなら。きっといいお母さん」
「先生……」
 横に並んで、祐恭は彼女の手をきゅっと握る。
「いや「なれる」じゃないな――俺達、いい家族になるんだ、きっと」
「うんっ」
 少しだけ込められた力に、とても勇気づけられて羽織は隣を見上げた。
でも、今はもう少しこのままで
 長く伸びる影が、一つに重なったまま、ゆっくりと時間は流れていく――。

 帰りの車内、羽織の顔は崩れっぱなしだった。
「うふふ」
「そのニヤケ顔はなんとかなりませんか」
「だってぇ、夕方のアレって……つまり、その」
 後半は羽織が顔をうつむけてしまい、言葉にならない。
「あー、回想して照れないで。こっちまで恥ずかしい」
「あれ、でも最後の一言はどういう意味ですか?」
「う、いやまぁ。俺そんな事言った?」
「言いました! キスの前小さな声で。……もしかして先生、子供嫌い?」
「嫌いとかじゃなくて――」
「んんー?」
 運悪く信号に掴まってしまい、羽織が身を乗り出してまで耳を寄せてくる。
「……だから、子供がいると、二人っきりになれる時間が減るからじゃないか」
「……」
 きょとんとする彼女を席に戻し、再び車が走り始める。
「くすくすっ……あははっ」
「だーっ! やっぱり笑う、だから言いたくなかったんだよ」
「だ、だって先生、可愛すぎ……」
「ちっ。どーせ俺は自分の子供にも嫉妬する心の狭い男ですよ!」
 祐恭、すっかりやさぐれる。
「あぁん、ごめんなさい。笑った事は謝りますから、拗ねないで下さいよぉ」
「知らん、冬瀬に戻るのやめようかなー」
「もぉ……大丈夫ですよ」
 シフトレバーの彼の手に自分の手を重ね合わせ、羽織は続けた。
「私はずっと、ずーっと、祐恭さんと一緒にいますから」

 知り合えば知り合うほどに、新たな顔が見えてくる。
 彼と、彼女の意外な一面に、また『好き』が強くなるから、
 私は、あなたに何度でも恋に落ちる。
 そんな秋の一日。


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早馬師匠に頂いた、休日の遊園地デート。
っていうか、『FUNIYAMA』て!!(笑
もうねー、やっぱり師匠、すげぇの一言に尽きますね。
テンポもいいし、キャラの味が生きてるし。
最初から最後まで、本当に笑わせていただきました。
だけど。
ちゃんと、最後にはウマくしめてくれるんですよねー。さすが師匠。
生きる気力が湧きました(笑
ホントにありがとうございました!!!

さて、皆さん。
観覧車の中、気になりますよねぇ〜?
このページからこっそり見れますので、頑張って見つけてみて下さいね♪

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