―――現在18時15分。
「―――もーーっ。先生のせいですからね!!」
せかせか歩きながら、車から降りた私は怒っていることがまったく伝わってない先生を見て、口を尖らせた。
しかし先生は、表情をまったく変えずにホテルの人に車のキーを渡して、私のいる助手席に回り込んでくる。しかも、笑顔で。
「しょうがないじゃないか。道も混んでたし」
「そうじゃないでしょっ。時間にはちゃんと余裕持ってたんですよ?そ、それなのに…」
先生の家でのことを思い出せば頬が熱くなる。
これ以上私にどう言えと?
それなのに、最近すっごく意地悪になった先生は、嬉しそうに顔をほころばせて私の腰に腕なんか回しちゃってるし…。
「…んー?それなのに、なに?羽織ちゃん」
「……い、言いたくない…」
「言いたくないって言われると、余計に言わせたくなるなー?」
強く腰を抱き寄せられ、出る前にされた熱くて甘いキスを思い出した。
何度も口付けられて、逃げ道を失った私を先生は更に抱き寄せた。
それだけで終わればよかったのに、腰砕けになるまでキスすることないと思う。そのおかげで、こうしてパーティに15分遅刻という苦渋を舐めてるんだから。
「あ、ほら。もうつきますよっ」
またキスをしようと体勢を変えている先生の顔を、無理やりパーティ会場の入り口に向けた。
入り口にはホテルの従業員が数人並んでいた――――サンタクロースの衣装を着て。
「…わー…、サンタだ…」
子供の頃味わったサンタに出会える喜びが瞬時にして蘇る。
さすがにドアマンのお腹は出てなくてスマートで格好良いサンタさんだったけれど、サンタであることに間違いはなくて、
…サンタさんなんだーって思うと、心ろからこのパーティを楽しめると思った。
それは、サンタさんをドアマンにするパーティの企画者の人も子供心に溢れている、ということ。
そんな大人がいると思うだけで、自分も「子供心を忘れない大人」になろうと勇気付けられる。
「…凝ってるなぁ…」
「ね、なんだか楽しそう…!」
にっこり微笑むと、先生も嬉しそうに「そうだね」と答えた。
サンタに扮するドアマンがドアを開ければ、そこは「夢の国」だった。
サンタクロースがいると言われている北欧の国をイメージしているのか、いたるところに雪の装飾がしてあり、 会場の中心には天井に届きそうなクリスマスツリーが存在を主張し、その周りにはトナカイのソリに乗ったサンタクロースも釣られている。
決して子供のパーティではなくて、大人のパーティにもあうように、ロマンティックな装飾の数々に、開いた口がふさがらなかった。
「……う…」
「羽織ちゃん?」
「……す…っごぉ…」
「…うん、素敵だね」
くすくす笑いながら、再び腰を抱き寄せた先生がキスを落とすところで、
「―――あれー?祐恭くん?」
「―――ありゃ、羽織?」
聞きなれた二つの声がハモって耳に届いた。
「…絵里…?」
「純也さん…」
こちらも負けじとハモって答えると、そちらも負けじと驚いている絵里が「コート、脱がなくていいの?」と笑う。
さすがご令嬢。
パーティでなにをすれば良いのか、ほとんど把握してるみたい。手馴れてる感じがした。
「あ、あわわわ」
慌てて、先生と二人でコートを脱ぐとすぐにボーイさん(サンタのドアベルの次は、トナカイのボーイだった)が、
にこやかに私と先生のコートを持ち、荷物札を手渡してきた。
「お連れ様とご一緒にしておきますので、なくさずお持ちください」
と、会釈をしたのち、そのボーイさんは颯爽と二つのコートを抱えて去って行った。
それから再び絵里達に向き直ると、彼女は満面の笑みで立っている。少し、意地悪な笑みを称えて。
「羽織〜。…その格好、サンタ?」
「…えへへ、解る?」
「祐恭先生も、こういう趣味だったわけ。コスプレですか?」
冷やかすように言った一言が図星だったのか、いらぬ疑いをかけられたのが恥ずかしかったのか、先生は少し動揺しながら、否定した。
「違うよ。このパーティの招待状をもらった本人が、送りつけてきたんだ」
「…なんだ、そうなのかー」
「…いやにつまらなそうだなぁ?」
「だって、コスプレ変態疑惑がつけば、もっと冷やかすネタが…」
「作らんでいいっ!」
先生を冷やかす絵里は、なんと言っても生き生きしてて、二人のやり取りを見ているだけでこっちが笑っちゃう。
横目で純也先生を見てると、先生も一緒で「おかしいね」と笑っていた。
「…ちぇー。で、そのセンスが良い洋服は、祐恭先生のおじーさまからなわけだ?」
「ん?うん。浩介さんが、パーティに着ていくのなら、ぜひこれでって…」
「へー…。なかなか良いおじーさまだこと」
「とか言いつつ、そのスリットの入ったドレスだって、絵里のおばーさまからの贈り物じゃないのー?」
「……あ、ばれた?」
「ばればれ?」
くすくす、いつも以上に楽しく二人で笑い合えるのも今日という日が特別で、非日常的な場所に来ているからだと思うと、余計に気分も高揚してくる。
「…楽しそうですな、お姫様二人は」
「まったくですな」
とか言いつつ、先生達も楽しそうに笑ってますけど?
とは、後の仕返しが怖くて言えなかった。
「―――はっぴーめりーくりすまーっす!」
陽気な声に四人で振り向くと、三人のミニスカポリス、もとい、ミニスカサンタのおねーさんが手に銀のトレーを持ってローラースケートで滑り込んできた。
あっけに取られてテンションの高いおねーさん達を見ると、彼女達は嬉しそうににんまり笑って、銀のトレーを差し出した。
「今回のパーティ。なんと!一部仮装することになってます!」
「よって!皆様方には、こちらの仮装コスチュームを装着してもらうことになります!」
「どれが良いのか、早いもの勝ちだよーんっ!」
楽しそうに言ったおねーさん達。
差し出されたのは、動物の一部を形取られたコスチュームやら、カツラやら。
にこにこ笑ってるおねーさん達に、悪い気はさせられないなーと絵里を見ると、「面白そうじゃない?」とにんまり微笑む顔が。
う、なんかすっごく楽しそうなんですけど…。
「ね、絵里どれにしよっか」
一抹の不安を抱えつつも、私もるんるんで彼女に聞くと、さっさかトレーの上にあるものを四つとってぱっぱと先生や純也さん、はたまた私に手渡した絵里。
その速さに手渡された私達はびっくり。
びっくりしてる間に、コスチュームを渡し終えたおねーさん達は嬉しそうにまたローラースケートで去って行ったのだった。
「―――てことで、勝手に選ばせていただきました!」
「なにが、てことで、だ!」
「あらー?純也のは、私が直々に選んであげたのよ?喜ばなくちゃ」
「……これが…?」
「似合うじゃない。純也ぴったし」
「…なんだそりゃ…」
「……え、絵里…?」
「ん?」
「…せ、先生…」
が、怖いんですけどーーーっ!!!!
「なによぅ、可愛いじゃない。―――猫耳」
「………」
とりあえず、何も言わずに先生は手渡された「猫耳」を装着。
私も絵里から手渡されたウサギ耳をつけて、お尻に丸くて小さな尻尾もつけてみた。ちなみに絵里はトナカイさん。
そして純也先生は…。
「…なぜ、俺だけグラサン…?」
とか言いながら、サングラスをかけてぶつぶつと言っていた。
それからオプションでついてきたシルクハット。
絵里とじーっと眺めていたら、某アニメの「○○仮面さま」が蘇ってきて、密かに二人で笑う。
きっと、純也先生や先生よりも若い、しかも女の子にしか解らないアニメだから彼らに説明したところで解るかどうか。
「絵里ってば、自分の彼氏に欲目使いすぎー」
「だって、私タキシード仮面さまと結婚してみたかったんだもん」
「でも、彼はサングラスじゃなくて、仮面だったけどね」
「…タキシード仮面さま、だもんね」
二人でただただ笑うことしか出来ずに笑っていると、純也先生が「わからない」というような顔をして、とりあえず指示通りサングラスとシルクハットを被る。
絵里はそれを見て気を良くしたのか、純也先生の腕を嬉しそうに掴んで、先を歩き始めた。
私も先生に向き直ると、苦笑した顔でこちらを見ている彼に自分の腕を絡める。
「…せんせ?」
「……俺、猫耳?」
弱気な発言がなんとも可愛くて、またしてもその場で笑ってしまった。
先生は面白くないように、顔を背けたけれど、あとで抱き寄せられて耳元で「羽織ちゃんは、ウサギ耳似合ってるね」って言われて嬉しくなって顔がほころんだ。
「―――――あ」
しばらく四人でいつものように話していると、先生がなにか思い出したように声を上げる。
「…どうしたんですか?」
「主催者の人に、祖父からの言伝伝えるの忘れてた」
「今思い出したの?」
「…うん」
「じゃぁ、早く行ってこなくちゃじゃない?」
「……羽織ちゃんは?」
「私、純也先生たちと待ってるし」
「―――てことだから、さっさと行って来なさいよ」
私を後ろから抱きしめるように、絵里が言うと、先生の顔が一瞬引きつったのが解る。
絵里のこういう仕草、絶対にわざとだって解ってるけど絵里が好きだから拒めない。むしろ、先生には悪いけど拒む必要はないし。
「さっさと、言ってくるよ」
絵里に一瞥して、私ににっこり微笑むと、純也先生に「よろしくお願いします」とだけ言って、楽しんでいるクリスマスパーティの喧騒に掻き消えてしまった。
背中が見えなくなると、傍にいたぬくもりが去っていくようでほんのり寂しくなる。
「…そういえば、お菓子トレードいつやるんだろうね」
先生の後ろ姿を見送って、入り口でお菓子を手渡している招待客を見たら、自分達も出してきたお菓子が今後どうやってトレードされるのか楽しみになってきた。
「…さぁ?」
「絵里は、上手にできた?」
「……ノーコメント」
てへ、と笑った絵里がとても嬉しそうで、見ているこちらも気分が良くなる。
純也先生を盗み見ると、彼も彼とて楽しんでいる絵里の顔を見て幸せになってるみたいだし、とりあえず二人が楽しいならいっかなー。と、
なぜかいらぬ心配をしていた私は、目の前に並ぶ豪華な料理に手を出した。
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