―――19時24分
「―――わきゃっ!!!」
目の前で女の子がこければ、そりゃ助けてしまうだろう。
しかも、彼女と同じ歳ぐらいの子だったら余計にその気持ちは強くなるわけで。
「大丈夫?」
「…あ、す、すみません…」
恥ずかしいー、と、小さく呟きながら、滑らかな肌が露出して極め細やかさを出している白いワンピースの少女が照れながら立ち上がった。
「少し、滑るみたいだから気をつけてね」
「はい、ありがとうございます…」
俯き加減で顔を真っ赤にされると、やっぱり微笑ましくなる。
小さくて羽織ちゃんぐらいにすべすべした肌、そこに彼女を重ねてどきどきしてしまう分、自分は彼女がいなければ駄目なんじゃないかとさえ思った。
「―――真姫?」
「あ、稔…」
俺と、真姫と呼ばれる少女が手を握っていると、少し離れたところからダークグレイのスーツに身を包んだ長身の男が駆け寄ってきた。
その顔は少しだけ険しくて、瞬時に彼女のパートナーだということが伺えた。
「どした?」
「こけたところを、助けてもらった…」
「お礼は?」
「言った。…っていうか、過保護すぎ…」
「馬鹿、心配ぐらいさせろ」
…えーっと、あまりに甘い会話をされても、俺困っちゃうんですけど…。
内心完璧に困ってる俺をよそに、彼は俺に当てつけるように真姫と呼ぶ彼女の体を触っている。
誰もとりゃしませんって。
俺には、大事な羽織ちゃんって子がいるんだし…。
って、思ったところで、俺にも羽織ちゃんの傍に男がいたら、絶対にこうしてるだろうなって自信があった。
…反省。
「パートナーを助けてくださってありがとうございました。私、音羽グループ取締役の暁稔と申します」
にっこりと、多分これも営業スマイルだろうな、と思われる笑顔を向けられ、名詞を手渡される。
社会に出れば名刺交換なんて日常茶飯事。
こちらも同じように、慌てて名詞を取り出した。
「あ、申し遅れました、瀬尋祐恭です…」
「…瀬尋…?」
そういえばこの人社長なんだよなー?
ってことは、一番偉い人なのか…?
「…瀬尋って、あの…?」
名刺をまじまじと眺めていた暁さんが、同じようにまじまじと彼を眺めている俺に向かって驚きの声をあげる。
「あ、いえ、瀬尋は瀬尋でも、瀬尋製薬は祖父が作った会社でして…。俺はただの高校教師ですよ」
そう言って笑うと、暁さんは心底嬉しそうな微笑をこちらに向ける。
「そーかそーか。雅都が言ってた豪快社長のお孫さんかー!一度、雅都と三人で会いたいと思ってたんだ。
浩介さんに俺はまだ会ってないから、解らないけど、そうか、あなたが…」
なにがどう繋がってるのか解らなかったけれど、とりあえず笑って聞き流しておくことにした。
しかし、それ以上に自分の祖父が仕事上でここまで信頼されるような人物だということに、改めて驚かされた。
「…うちの統括総帥には?」
「いえ、まだお会いしてません…」
「そうかー。きっと喜びますよ」
にっこり微笑んで、いつのまにか仲良くなってしまった模様。
いやしかし、音羽グループという財閥グループの社長とこうしてにこやかに話をするなんて思ってもみなかったし、案外若くてこっちもびっくりした。
「あいにく、今は招待客の相手をしていて俺でもどこにいるのか解らない状態ですので、どこかで会ったら挨拶してみてください。
あなたと同じように、猫耳つけてますから」
「あ、ありがとうございます」
「それでは、楽しいクリスマスを!」
にこやかに去って行った暁さんは、良いお兄ちゃんに見えた。
兄貴がいたらきっとあんなんだろうなー、などと想像してしまう辺りまだ「お兄ちゃんが欲しい」と思ってるのか、恥ずかしくなる。
この歳で「お兄ちゃんが欲しい」はないだろ。
「…俺と同じ猫耳、か…」
とりあえず、もう一度辺りを見渡してからパーティを楽しんでいる喧騒の中に紛れ込んだ。
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