「それじゃ、良いクリスマスを」
最後にそれだけにこやかに言った、俺の尊敬する人のお孫さんは、愛しい彼女を片手に帰路についた。
ホテルの前からボーイに彼に小箱を渡すようにこっそりお願いしたのだが、それも無事に彼の手に収まったらしい。
にこやかに彼らを見送っていると、RX-8のハザードが瞬いた。
向こうもこちらに気を遣ってくれたのか、見送りのお礼をしてくれた。
寄り添ってくる尋未に、にっこり微笑むと尋未も柔らかな笑みを返してくれる。
このままここで抱きしめそうになるのをぐっと抑えて、彼女の腰を抱きながらホテルの中へと入っていった。
―――――本当は見てた。
そう言って、むくれたら貴方は甘いキスを落としてくれる?
ううん。きっとキスを落として素直に謝るだろう。でも、それだけじゃ私の気持ちは足りないの。
だって、嫌だったんだよ?
「――尋未!!」
ぐっと堪えて、せめて羽織ちゃんと祐恭さんを笑顔で送ってから、私はその場を駆け出した。
後ろから追いかけてくる雅都の声と足音。
しかも、そろそろパーティも終盤に差し掛かってきていた。
最後の仕事するのは暁さんの仕事だけど、真姫ちゃんを連れて行ってから降りて来ないところを見ると、やっぱり、その、事情があるわけで。
言わずもがな最後の締めは雅都がすることになるだろう。
その間、私はどこかに隠れて気持ちを鎮めておかないと、どうにかなってしまいそうだ。
「………」
息を切らしてあたりを見渡すと、肌寒かった。
気付けばホテルの中庭に来ていて、ショールもかかってない薄いドレス一枚だけじゃ体がすぐに冷たくなる。
ガーデニングがしっかりされていて、ほのかに灯る明かりが私の瞳に優しかった。
「…雅都の、馬鹿…」
本当は祐恭さんの後ろから、遠めに見てた。
羽織ちゃんの腕を捕まえてくるりと振り返らせたこと。
そうして見せた、笑顔が綺麗だったこと。
私以外の女の子に、あんな笑顔をした雅都が嫌だった。
嫌いだと、その場で突き放してしまえば良かったのかもしれない。でも、せっかくのパーティ。知り合いになって友達になった羽織ちゃんの手前、それは出来なかった。
みんなでいる分、そんな汚い嫉妬なんて出てこなかったけど二人で羽織ちゃんと祐恭さんを見送って、
ああして私に何事もなかったようににっこりと微笑む雅都を見ると、突き放してしまいたかった。
「…ねぇ、どれだけの女(ひと)と、そんな笑顔を交わしたの…?私以外に、どれだけの人を…」
―――その優しい腕で抱きしめたの?
雅都だって「大人」だ。
女性経験がないわけじゃあるまい。
それは私にも解ってた。解ってたけど、それは「過去」の産物であって「現在」の「未来」の私達には関係ないって思ってた。
…それなのに、ああやって他の女性に笑顔を向けている雅都をみたら彼の「過去」が忌々しくなった。
こんなに好きなのに、っていうのはきっと言い訳にもなりはしない。
雅都は私にたくさんの甘い気持ちと言葉を贈ってくれるけど、私は何一つ彼に贈れていない。そんな事実が無性に私を悲しくさせた。
「…うぅ…っ」
悲しくて悲しくて、あの腕は自分だけのものじゃなかった時期がある、と思うだけで涙が流れた。
子供のような独占欲が嫉妬と渦を巻いて自分の中を黒く染めていく。
聖なる夜にこうして黒に染まった自分を誰にも見られたくない。
雅都は私のモノなのに、全部全部私のモノなのに、どうして彼は誰にでも優しいんだろう?
ああやって微笑みかける雅都を今まで見たことがなかったからかなぁ?涙はとどまることを知らない。
「こんなに、好き…なのにぃ…」
少しずつ冷たくなっていく自分の体を抱きしめながら、その場にしゃがみ込む。
―――――ふわり
肩から暖かい大きなモノが落ちてきた。
「…?」
「……あまり、一人で泣くな…」
見上げればそこに、Yシャツ一枚で困ったように微笑む雅都の姿。
「!?」
弾けるように立ち上がった私の肩には、先ほどまで着ていた雅都のジャケット。寒くならないように、と優しく上からかけられていた。
その優しさだけでも涙が溢れるのに、彼に今の自分を見て欲しくなかった。
「尋未!」
駆け出す前に腕を捕まれ、自分の方に引き寄せる。
私は体が小さいからすぐにすっぽりと雅都の腕の中に収まってしまった。反動でジャケットが下に落ちる。
「…や、離して…」
「離さない」
「いやだよぉ…」
腕の中でもがいても、結局は彼の力に競り負けてしまう。
それは当たり前のことで。
数分ぐらいもがいていたけど、勝てないことは解っていた。
「…落ち着いた?」
「……」
「……とりあえず、中、入ろうか」
「……」
「尋未、喋ってくれないと俺が困る」
「……」
「尋未?」
「……」
「……解った。部屋とってあるから、そっち行こうな」
無視を決め込んだ私をすんなり放して、下に落ちたジャケットを拾い上げた雅都の口から驚いた言葉が出て驚く。
「部屋って、パーティの最後一体誰が締めるの!?」
驚きの声をあげた私を見て、嬉しそうに微笑んだ雅都が「大丈夫、他のヤツに頼んだから」と答えた。
「……」
「……」
「……」
「どうして泣けちゃうんだろうな…」
ぽつり、寂しそうに呟いた雅都は瞳から流れている涙を一拭いしてから、強引に私の手を握った。
少し強くて痛いぐらいの強さに、一瞬眉を寄せたがこれ以上逃げられないのが解ってたから素直に雅都の行動に従うことにした。
「―――どうぞ」
連れて来られたのは、目の前に東京の夜景が全貌できるくらいに大きな窓ガラスがあしらわれたスウィートルーム。
雅都ともあろう人であればスウィートに泊まれるのは当たり前だ。
「……」
ガラスにぴったりと顔をくっつけるように下を眺めていると、背後に雅都が寄り添った。
ガラスに映った雅都の顔が切なそうに歪んでいる。
「…尋未、どうした?」
「……」
「俺、なにかした?」
「……」
「……なぁ、言ってくれなきゃ解らないよ」
「……」
「尋未…」
雅都は返事もせずに下を見ている私を反転させ、唇を寄せようとした。
「―――やっ!!」
でも私は、思い切り彼を押し返した。
大好きな甘い唇から、驚きの声が聞こえる。
「……いや、なの…」
「どうして?」
「…………」
「尋未、俺、なにした…?」
あまりに困り果てた彼の顔を見ていると、最後まで邪険に扱えなかった。
好きになった弱みというのだろうか?涙と共に、あの時見た光景を語りだしていた。
「……雅都、羽織ちゃんと私、間違えたでしょ…」
ぽつり、呟くと雅都の表情が一瞬変わった。
「…間違えた…」
「…見てたなんて、思わなかった…。ごめん」
「謝られても、嫌!」
「あれはその…」
「羽織ちゃんと私、同じものつけてたもんね。ウサギ耳」
「別にそれで間違えたわけじゃ…」
「…じゃぁ、羽織ちゃんが可愛かったんだ。だから声かけたんだ!」
「尋未そうじゃない。俺の話も――――」
「―――聞きたくない!」
困ったように弁解を始めようとする雅都を、思い切って切り捨てた。
耳を塞いで「聞きたくない」と体全てを遣って彼を否定すると、少なからず傷ついた瞳で私を見つめていた。
罪悪感がちくりと、心臓を突き刺した。
「…雅都は、…雅都は、私のなんだよ…?家族もいない私にとって、たった一人の大切な人なの…。その人に、自分を他の人と間違えられて悲しくないわけないぃ…」
「…尋未…」
「ねぇ、その腕で何人の人を抱きしめたの?私と同じように抱いたの?…その唇で何度私以外の人とキスをしたの?
…ねぇ、私の前の女の人って大人だった?こ、こんな汚い嫉妬してぐちゃぐちゃに泣かない人、だった…?」
「……」
「教えてよぉ…。私、私、雅都いないと駄目だもん〜〜っ。本当は、雅都だってたくさんの人と付き合いたかったでしょ?
私なんて、こんなだもん。雅都の過去も欲しがって、わがまま言って泣く子だもんっ」
「……」
「なに、か、言ってよぉ…。ねぇ、雅都。…まさ、と…。雅都が手に入らないなら、私、私…―――――」
「解ったから…!!」
私の言葉を最後まで聞くことなく、雅都はきつく私を抱きしめた。
泣きはらした目で見上げた雅都は辛そうに顔を歪めている。
「ふ、ぇ…、あ…んっ。あーん…っ」
ついには声を出して泣き始めてしまった。
「これが欲しい」と泣く年齢はとうに過ぎたはずなのに、涙が溢れてくる。
「…尋未、尋未…」
それでも雅都は嫌がることなく、私の名前を呼びながらただただ抱きしめてくれていた。
どれだけの時間泣いて雅都を困らせただろう?
泣き声が次第に収まると、雅都がにっこりと私に笑んだ。
「…まさ、と…」
「あげようか」
「…ふ?」
「―――俺。…あげようか」
ちゅ。
ただ触れるだけのキスに、体が痺れそうになる。
「…俺は、全部尋未のだよ」
「……ホント?」
「本当。今まで付き合ってきた女性っていうのも、実はいる。…でも、尋未以上に愛したことはないよ」
「…ホント?」
「嘘つきません。今日は、嘘ついて良い日じゃないしな」
「……うん。嘘ついたら怒る」
「そうだな。怒るな。…今日は、羽織ちゃんの雰囲気と尋未の雰囲気が似てたから声をかけたんだよ。
それに、元はと言えば尋未が俺の傍から離れるからこういうことになるんだろう?」
「………そうでした…」
美味しい料理があちこちにあるもんだから、ついつい雅都の傍を離れて、お目当ての料理があるテーブルに近付いてしまって、気付けば迷子。
それはまさに自業自得状態なわけだから、私にも非はあるんでした。
「でもま、尋未の可愛いわがままも聞けたことだし、許してあげるよ」
にっこり微笑んでもう一度キスを落とす。
触れるだけのキスなのに、唇から痺れるように体中を快感が駆け巡り、心臓が心地良く高鳴った。
目の前にあるのは雅都の胸。
自然と彼が着ているシャツに手を這わせていた。
「…尋未…?」
「……欲しい」
「え?」
「雅都が、雅都くれるって言った」
「…そうだけど…、ここで?」
「ここが、いいの…」
ぷちぷちとYシャツのボタンを外していくと、雅都が嬉しそうに微笑んだ。
「そういうわがままは、いつでもOKなんだけどな…」
にっこり微笑んで、シャツを外す私の両手を片手で一つにまとめて、私の頭上に押し付ける。
私は両手で吊られている状態になって、下から雅都を見上げる羽目になった。
「…今日だけだも…」
顔を赤くして背けると、雅都が嬉しそうに笑った。
「はいはい」
と一つ返事をしながら、今度はしっかりとしたキスを落とす。
「は…ぅん…」
咥内をまさぐる彼の舌に少しずつ蹂躙されながら、うっすら目を開けると空いた手でシャツの残ったボタンを外している姿が見える。
何度も角度を変えて舌を絡ませていると、自然と私の足の間に雅都の足が割り込んでいた。
「ふぅん…っ」
間に入ってきた彼の足が秘所を擦りあげた。
自然と顔が上を向く形になる。ガラスに抑え付けたまま、次に雅都は私の服を脱がし始めた。
背中のジッパーを下ろして、肩紐を解く。
すると、するりと体からすべり落ちたドレス。
上半身が一気に外気に触れ、ほんのり火照った体に冷えた空気を纏わせる。
「…尋未、こうされるの好き…?」
つんを上を向いた胸のいただきに舌を這わせながら、見上げてくる雅都の顔が意地悪く歪んで、わざと背けた。
「…そういうことするんだ…。それなら、こうだよ?」
空いた手はゆっくり下着の上から上下に撫でていた花弁に、直に触れた。
「っあああんっ」
ぺろぺろと頂きを舐めるのをやめ、彼は首筋に唇を押し付けながら私の瞳を覗きこんだ。
「いつもより、たくさん感じてるな」
下着をずらして中に入ってきたのは、雅都の指。
一気に突き立てられて、声を出す暇もなく体が反り返った。
「…すごい濡れてる」
囁かれるとまた気持ちが溢れ出てしまう。
「くぅ…っ」
必死に絶頂を迎えるのを我慢しながら、尋未は身を捩っていた。
両手が拘束されているものだから彼にしがみ付こうにもしがみつけなかったからだ。
「…いい?」
「ん…」
じゅっじゅっ、と指を上下に動かされると水音と共にいやらしい音が耳に入ってきていた。
完璧にぬかるんでいる私を確認してから、雅都は一度私の両手を解き放す。
次にガラスにもたれかかってる私を視姦するように眺められ、彼はズボンごと下着を下ろして自身に避妊具を装着した。
――――ぷるるるる
尋未の中に、少しずつ雅都の猛り狂った熱いモノが入ってきているときだった。
突如、取り付けられていた内線電話が鳴り響いた。
「あっ…んんっ」
数回コール音がした後、傍に置いてある遠隔装置で、電話をスピーカー通信に切り替える。
「尋未、スピーカーにしたから声気をつけて」
「ええっ!?…はぅん…っ!!!」
「しっ」
「―――雅都さま」
「…どうした?」
涼しげな声で応対する雅都は裸で、私の中に入ってきている。
声を出すなという方が無理だ。
「招待客の方々を丁重にお見送りいたしました」
「ご苦労様。今日は君たちのおかげで、助かったよ。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ雅都さまには日ごろからお世話に…」
「あぅんっ」
「…雅都さま?」
「いいや、なんでもない。あとは、片付けだけか?」
なんでもなくなんかない!
そう言おうと思っても、下から立ったまま彼に突き上げられ、唇は甘い唇にふさがれていてはなにも言えるわけがない。
「はい。これは私達だけで充分なので、雅都さまや稔社長はゆっくりお休みください」
「ありがとう。稔にもそう伝えておくよ」
「それでは、雅都さまも良いクリスマスを」
「…ありがとう」
―――ぷつ。
「…っはぁんっ!!!!」
これでようやっと声を出さない苦痛から解き放たれる、と息を着く暇もなく雅都は矢継ぎ早に何度となく私を突き上げた。
「あん、あん、…あぁっ」
「ひろ、み…」
両腕を雅都の白い背中に上から回すと赤い線が三本できているのが見えた。
もしかしなくとも、電話の最中に声を抑えられなくて強く引っかいた私の爪あと。
申し訳なくて、謝ろうにも突き上げられて快感の海に溺れている今の私には無理という話。
「…尋未、…雪、抱いてるみたいだ…っ」
「え、え?」
「あとで、な…っ」
持ち上げられて何度となく突き上げられて、揺さぶられる胸の突起に時たま雅都の赤い舌が触れた。艶めかしくて、生々しくて、絶頂が近くなる。
「あ、あああっ、雅都…ぉっ!!」
「ひろみ、ひろみ、……くぅ、ぁああっ!!!!」
最後に一際強く突き上げられた私は、ぎゅぅっと反り返る体を抑え付けながら彼を強く抱きしめた。
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