「――――ん?ああ…」
 
受話器片手に、電話の相手は稔。
電話口で、身勝手に稔がほえてるのを聞きながら、自分は自分でパソコンのメールチェックを行っていた。
 
「…だから、聞いてるよ…」
 
相変わらず、「嘘だ嘘だ」の大行進。
どうしてあいつはそう人の言ってることを信用しないんだ…。
 
 
「絶対に、俺の電話片手間に仕事してる声なんだよ、それが!」
 
 
と、次の瞬間には言い切られてしまった。
さすが仕事のパートナー。
こいつと仕事をすると全ての仕事が上手くいくのは、俺のことをしっかり解ってくれている友人だからだろう。
とりあえず、片手間に話すのをやめ、稔の話を聞くことにした。
 
「…で、なに」
「ようやっと聞く気になったようだなぁ、オマエ」
「だから、なんだってば。俺だって、これから会議のための資料を一度読み込んでおかなきゃならないんだから、長く相手できないぞ」
「ハイハイ」
「…そういう言い方こそ、どうでも良いような言い方だなぁ?稔」
「俺は、いい加減な返事だ。雅都みたいに、仕事片手間に返事はしない」
「……時間がない、と言っただろう」
 
こんな、夫婦間でするような押し問答をするために、メールチェックをやめて耳を傾けているわけではない。
さっさか用件を話さなければ、こちらから電話を切るだけだ。
それが稔にも解ったんだろう。ぶつぶつ文句は言っても、次からはちゃんと仕事の話だった。
 
「―――例の件、招待状全部ばらまいたぞ」
「…ああ、ご苦労様」
「それにしても今回はまぁ、オマエにしては女の子ちっくなパーティですこと。…なにか?尋未ちゃん思考なワケ?」
 
実に楽しそうな声に少々ムッとしながらも、本当の事だからあまり目立った反論は試みないほうが良い。
それは、彼が俺のことを知り尽くし、俺も、彼のことを知り尽くしているからだ。
こういうとき、友人が仕事のパートナーになると少しやりにくい。
 
「うるさい。稔は真姫ちゃん連れてくるんだろう?」
「真姫?…さぁなー」
「さぁなって…」
「あいつ受験だし、どうなるか?って感じ」
「…おまえが誘えば一発で来るだろうに…」
「誘ってやるのは簡単だけど、こういうところで甘えさせちゃいけないんだよ。男ってもんは」
 
とかなんとか言って、本当は連れてくるくせに。
とは、言えなかった。
どうしてかって?
長年の勘で、こいつにこんな攻撃をしたら最後、俺が痛い目に遭うからだ。
 
「…なにか言いたそうだなぁ、オイ」
「別に」
「俺だって連れてきてあげたいけどねー。…俺のために綺麗になるんじゃなくて、パーティのために綺麗になられたら、嫌だからな」
「…なんつー彼氏だ、おまえは…」
「だって俺のために綺麗になってもらいたいだろー?幼な妻は男のロマンだ」
「変態」
「…うるせー、尋未ちゃんにイロイロやってるオマエに言われたかねぇよ」
「………イロイロもしてない」
「まったまたー。好きな子の涙が可愛くて苛めちゃうくせにー」
「おまえと一緒にするな」
「…俺?俺は、真姫の涙が綺麗だから――――」
 
 
 
ガチャ。
 
 
 
これ以上続けていても、どちらかが彼女の惚気話を勃発させ、
「どっちがいい女か」勝負にもつれこむ事が目に見えて解ったもんだから、強制的に電話を切った。
 
「…ふぅ」
 
こいつとの社内電話は、すぐには終われないのが難点だな…。
少々頭を痛くさせながらも、今日の会議の資料をすぐ手にとる。
「企画書」と書かれたその書類は、先ほどの電話で稔が言ってた「例の件」。
現在12月半ば近く。
世の中ではクリスマスに浮き足立っている頃合だ。
毎年音羽グループでも、ごくごく懇意にしている小中企業の社長やら、大企業の社長やらを呼んでパーティをすることになっていた。
現在引退している自分の親父がこの企画を思いつき、毎年毎年趣向を凝らしたパーティを繰り広げていたのだが、
今年からは自分がそれを受け継ぐことになっていた。
毎年このようなパーティを楽しみにしている企業がたくさんあるため、今回のクリスマスパーティには、自分も幾分力を入れている。
 
「……音羽企業傘下は、全員出席か…」
 
手元の資料には、今回の招待状の参加、不参加が提示されていた。
一つ一つ丁寧に参加者を確認していくことも、大企業になった音羽グループ総帥である自分の仕事。
与えられた仕事は、丁寧に。これを社訓に今まで頑張ってきた。
こちらが誠意を見せれば、相手もしっかり応えてくれる。
これが親父に教えられたことだった。
だから、俺も忙しくても社長である稔任せにせず、パーティの準備を率先して引っ張っていた。
 
「…瀬尋製薬…」
 
最近名乗りをあげてきた瀬尋製薬という企業。
その企業の社長である瀬尋浩介とは一度会った事があった。
うちの企業で、彼らの薬を卸販売することが決まったときに、商談の成立のために赴いたのだ。
そのときに、若々しく頑張っている老人を見た。
話してみると面白い人物で、とても豪気な性格だった。
 
「かしこまった口調など気にしなくていい、自分のことは浩介と呼んでくれ」
 
と、彼は俺に告げた。
それがバリアフリーというか、自分を一人の人間として認められたような気がしてこちらも気分が良い。
今までは俺の会社が怖いのか、ぺこぺこへらへらする会社が多くて商談に赴いてもつまらない思いをしてばかりだったが、
浩介さんの会社だけは違った。
胸を張って、相手と対等に接して「商談を受けてもらえる」、「受けてあげる」という関係ではなくて、
真正面から「俺」という人間にぶつかってきてくれたのは仕事上初めてのこと。
こんな彼の仕草に驚いて、俺もついつい聞いたことがある。
 
「どうして、俺にこんなにも親しく付き合っていただけるんですか?」
 
すると、彼はまた豪快に笑い飛ばして、
 
「なーに。私にも君と同じ年頃の孫がいるんでね。…ついつい他人とは思えなくてな」
 
そう言って笑った。
ニッと笑った彼から滲み出るのは、お孫さんを大切に想っているという気持ち。
それから彼と親しくなるのは簡単だった。たまにメール交換までするような仲になり、うちの会社ともごく懇意にしてくれている。
 
「…浩介さん、来るのかなぁ…?」
 
浩介さんの話をしたら、尋未も会いたがっていたから、パーティで会えればと思っていたのだが…。
まだ返事が来てない。
まぁ、そのうち返事が来るだろう。
 
「よし」
 
全部資料を読み込んで、もう少しで始まる会議に向けて気持ちを引き締める。
椅子から立ち上がり、全面ガラス張りの窓から階下に広がる都会の景色を眺めていると雫が一つ落ちた。
 
「……雨、か…」
 
突然の雨粒がすぐに窓を濡らした。
一粒一粒光るようにガラスに付着し、他の雫を巻き込んで下に落ちる。
 
たったそれだけのことなのに、すぐ家に帰りたくなった。
 
 
―――愛する彼女の待つ家へ…。
 
 
「……ここまで来ると、アホだな、俺も…」
 
稔に負けないぐらい彼女ラブなことが改めて解って、思わず苦笑が漏れた。
ほどなくして、秘書の呼ぶ声。
一つ返事で声に答え、気持ちをキリッと切り替えた俺はデスクに広がった資料を手に取り部屋を出た。


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