「……ここまで来ると、アホだな、俺も…」
ふと、そんな言葉が漏れた。
先日羽織にした、パーティの話。
それの事で物凄く楽しそうな顔を見れるのは嬉しいし、今回の件に関しては引き受けて良かったとも思える。
だが、あれこれ想いはどうしたって馳せてしまうわけで…。
彼女がどんな服かとか、髪型だとかが気になるし、もっと二人きりで色々話したいと思っている自分が居る。
…ようは、何だかんだ言って自分も結構楽しみにしているわけで。
まぁ、色々考えるのが終業後の時間ならばいいのだが――…そうもいかないのが、人間というもの。
結局、自分の仕事である『授業中』にも、ふと浮かぶ事があるのだから、どうしようもない。
…アホだ、やっぱ。
軽く頬を叩いてから気合を入れなおして、次の時間の授業準備。
そう。
…そうだよな。
ニヤけてたら、絶対つっこまれるし。
それでまた色々言われるんだから、敵わん。
机でプリントを揃えてから輪ゴムで束ね、ふと腕時計に目が行く。
――…そろそろ、来るな。
いつもと同じ昼休み。
今日は午後に3年2組の授業が入っているので、ここに来る。
他ならぬ、想いの対象人である羽織が。
あ。そうだ。
どうせだったら、この時間に見せてもいいんだよな。
彼女に話した、例のパーティの招待状。
それを見せる為に、今日持参したのだ。
………がっ
「…あれ…」
バッグを探りながら、声が漏れる。
っかしーな…。
入れたと思ったんだけど。
机に入れた覚えは無い。
となると、書類の間に挟まってんのかな。
……あー、それともアレか。
挟まったまま取り出して、どっかに落ちた…?
バッグに無いのを確認してから机の上を探るも、やはり結果は同じ。
あとは、床――…か。
椅子から立ち上がって机の下にしゃがむと、自分の予想外の物が結構収穫できた。
「…いつ落としたんだ?」
そう思える、クリップやら輪ゴム。
はたまた、お茶菓子だったらしい飴とか。
…掃除してるはずなんだが。
やっぱり、生徒の掃除なんてそんなもんだよなぁ。
家で甲斐甲斐しく隅々まで掃除してくれる羽織を見ていると、自然に他の人間と比べてしまうわけで。
もうちょっと教師に対して、感謝の気持ちでも持ってくれりゃあいいものを。
眉を寄せながら机の下に潜っていると、それらしき封筒が目の端に入った。
「あ」
やっぱり、落としてたらしい。
それに手を伸ばして――…
「先生?」
「いっ…!!」
いきなり上から降ってきた声で立ち上がりかけ、勢い良く頭をぶつけた。
「…っく…ぅー…」
「せ…せんせ、大丈夫ですか!?」
「……あんまり」
さすりながら身体を起こし、机を掴んで立ち上がる。
すると、心配そうにこちらを覗き込む羽織と目が合った。
……ンな顔しないでくれ。
悪かったなっ、注意力が散漫で。
しょうがないなぁとか言われそうな苦笑で、ついため息が漏れた。
「へぇ…。先生、行くの?」
「あ?ああ。……………は?」
適当な返事をしてから声の方を向くと、封筒を開けて中を開いている絵里の姿。
「こらっ!人の手紙を勝手に読むな!」
「え?だってこれ、招待状でしょ?…でも、宛先違うわよね。先生こそいいの?人様の手紙勝手に開けて」
「だからっ!それはウチの祖父!」
「あ、そうなんだ」
ひらひらと手紙を振る絵里からひったくるように受け取って呟くと、いけしゃあしゃあと言いのけた。
…ったく。
プライバシーの侵害だぞ。ホントに。
椅子に座り直して、今度はそれを羽織へ渡す。
すると、絵里とは違う態度を見せながら、笑みを浮かべた。
どっかの誰かさんとは、全く育ちが違う証拠だぞッ
頬杖をつきながらニヤニヤとした笑みを浮かべている絵里を睨むと、『読まれて困るようなモノじゃないでしょ?』とばかりの顔を見せた。
「……あ。でも、なんで知ってるんだ?これが招待状って」
「ん?ああ、だって貰ったんだもん」
「………は?」
「って言っても、私じゃなくてお祖母ちゃんがだけどね」
「…なんでまた」
つい、そんな感想が漏れた。
それもそのハズ。
この招待状は、音羽グループと懇意にしている会社社長宛に送られている物だからだ。
いたって普通の家庭育ちの彼女が、目にする機会は無いと思うのだが…。
「ほら、ウチの両親外国行ってるでしょ?だからじゃない?」
「……いや、ちょっと待て。それでも、十分な説明になってないんだけど」
「『くすのき』って、知らない?」
「…くすのき?」
と言われれば思い浮かぶのは、樹木である楠木。
…って、それじゃあ普通過ぎるか。
……そう言われてもなぁ……。
顎に手を当てて考え込んでいると、机の上にあったメモ帳を手にして何かを書き始めた。
「?何を――」
「これ。この、字」
眉を寄せて彼女を見ると同時に、目の前に突き出されたメモ帳。
そこには、3文字大きく書かれていた。
「…楠乃希。……って、あの楠乃希?」
「他に無いでしょ?こんな字」
呆れた感じの絵里の言葉に、瞳が丸くなった。
楠乃希と言えば、昔からの日本の大手グループと並ぶ外資系の企業。
手広く色々やっているのは知っているが――…いや、でもまさか。
「……で…その楠乃希と、どういう関係があるんだ?」
「ウチのお父さんの苗字、それなんだけど」
「…は?いや、ちょっと待て。だって、絵里ちゃんは――」
「皆瀬は母方の姓よ」
あっさりと切り返され、思わず口が開く。
……って事は何か?
…ご………ご令嬢?
「…えぇ?」
「ちょっと。何よその顔。いかにも『似合わない』とか思ったでしょ」
「いや、別に」
「ウソつけっ!顔に書いてあるわよ、顔に!!」
ふいっと顔を背けて呟くも、思いっきり睨まれた。
……俺の想像と全く違う。
まぁ、そんなもんだろうけど。
「じゃあ、何で父方の姓を名乗らないんだ?」
「…当り前でしょ?どっかの馬鹿にでも目ぇ付けられたらどうするのよ。ただでさえ他に無い字なのに」
「……あー、なるほど」
それもそうだ。
普通は楠とか楠木だもんなぁ。
なるほどね。
大変だねぇ、大企業のご令嬢ってのも。
「…どう?雰囲気、伝わった?」
「え?あ、うんっ」
招待状を畳んだ彼女に向き直ると、まばたきを見せてから嬉しそうに笑顔を浮かべた。
…そうだよなぁ。
普通、ご令嬢っつったらこれ位の愛嬌はあるもんだぞ。
ま。ンな事言えば『偏見の塊』とか言われそうだからやめておくけど。
「でも、趣向が可愛いですよね」
「…可愛い?」
「え?…先生、読んでないの?」
「……あんまり」
そう。
正直言って、さらっと流し程度にしか目を通していない。
だから、『可愛い』なんて言われても、ピンと来なかったのだ。
「…で。何が可愛いの?」
「ほら、ここ」
招待状を覗き込むようにすると、彼女がその部分を指差した。
……と、同時に目が丸くなる。
そこには、くっきりはっきりと書かれていたからだ。
『お菓子の交換がありますので、お好きな物を持参頂ければ幸いです』
…な……何!?
「ちょっ、ま…!聞いてない!」
「もぅ。先生がちゃんと読まないからですよ」
「……いや、そうだけど…。でも、菓子って…えぇ?俺は――…」
はた。
そこで、自然に視線が向かうのは彼女。
じぃーっと瞳を見つめてやると、気付いて笑みを見せた。
「作りましょうか?私」
「…ホントに?」
「うんっ。だって、折角のパーティだし…。市販されてる物じゃ面白くないでしょ?」
「…そりゃ…まぁ」
「きっと、企画した人もそう考えてるんじゃないかな?」
……そう言われれば、そんな気もする。
じゃなきゃ、普通…こういうパーティで菓子交換なんてしないもんなぁ。
思わず、面食らってしまう。
俺が考えていた音羽グループという物は、どうせ他の企業なんかと一緒で堅苦しさを重んじて、いかにも伝統を守り抜いてきた企業…だったんだが。
どうやら、違うらしい。
…俺の方が、よっぽど頭が固いのかも。
「…じゃあ、よろしく」
「はぁい」
再び見せてくれた彼女に笑みを返しながら、招待状を封筒にしまう。
……パーティ。
もしかしたら、結構面白い事になるのかもしれない。
ふと、そんな考えが浮かんだ。


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