「今日の宿題ってさー、冬女の去年の入試問題らしいよ」
「そうなの?」
いよいよ高校入試が近づいてきた、ある日の放課後。
本当ならば、今日も部活がある。
…なんだけど、ワケあって今日は部活が出来なくなってしまった。
理由はまぁ、簡単な事なんだけど。
そんなわけで、珍しくっていうか…久しぶりに友人と帰る事が出来た。
「なんてったって、直接先生に聞いたんだから間違いなし!」
「あはは。さすがだねー」
「まぁね」
得意げに笑った彼女にこちらも笑みを見せると、思い出したような顔をした。
「吹奏楽部って、まだ部活やるの?」
「んー…まぁね。一応は、今度の定期演奏会で、区切りつくはずなんだけど」
「…ほー…。大変ねぇ、受験もあるってのに」
「まぁね」
受験、と言われると結構痛い。
でもまぁ、八城さんに勉強教えて貰えるようになってからは、堂々と部活にも打ち込めているからいいんだけど。
「…でも私、澪ちゃんのフルート好きだなぁ」
「あ。それは私も!なんていうか、音もいいけど、やっぱり吹いてる時の顔が好きかな」
「あはは。ありがとー」
いきなり言われた、そんな言葉。
まさか友人らがそんな風に思ってくれていたなんて思わなかっただけに、凄く凄く嬉しい。
「でもまぁ、澪の場合は受験の心配無いわよね」
「え?」
にやっとした笑みに思わず彼女を見ると、足を止めて私の前へと回り込んだ。
その顔は、彼女がいつも何か悪戯っぽい事を考えている時に見せるもの。
だからこそ、ちょっと構えてしまう。
「だって、カッコイイ家庭教師のお兄さんに、まだ教えて貰ってるんでしょ?」
「そ…それはまぁ…」
何を言い出すのかと思えば、それなのね。
苦笑を浮かべながら小さく頷くと、やっぱりと言いながら再び歩き出した。
「いいよねー、澪は。私もカッコイイお兄さんと二人きりで勉強以外の事も教えて貰いたいなぁ」
「ちょ、ちょっとー!なんか、凄くそれって違う意味に聞こえるんだけど!!」
「違う意味?…って?」
「ふふーん。後で教えてあげるわよ」
「こらこらっ!そんな顔しない!!」
きょとんとした友人に、再び彼女が見せた悪戯っぽい笑み。
…もぅ。
相変わらず、彼女は一枚も二枚もウワテだ。
……でも、私は本当に違う意味なんて含めて言ってないのに。
だって、そうでしょ?
八城さんは家庭教師として家に来てるだけで、勉強以外の事なんて、教えて貰うどころか話だって殆どしない。
…しかも、彼女が言ってるのは絶対にアヤシイ意味合いだもん。
そんな事なんて、絶対の絶対に無いんだから。
……といいながらも、先日の事が頭に浮かぶ。
あの、事故とは言え彼に抱き寄せられた時の事が。
あんな風に近づいたのは、本当に初めてだった。
あんなに傍で彼の声を聞いたのも、何も、かも。
「…お…、ねぇ、澪ってば!」
「わ!?」
「何ぼーっとしてんのよ。…あ、さてはそのお兄さんの事考えてたでしょ!」
「…かっ…!?か、考えてない!」
「嘘つけぇー。うりうり、そんな赤くなっちゃってさぁ」
「違うの!そんなんじゃないってば!」
ぐりぐりと人差し指でつつかれ慌てて彼女から離れたものの、その後も暫くその事について色々とつっこまれた。
…そんなんじゃないのに。
……いやまぁ、事実彼の事を考えていたんだけど。
「……ぁ」
と、その時。
本当に、本当に偶然の出来事。
おかしそうに笑いながら、建物に入っていった数人の男の人達へと、目が向いた。
…だって。
「澪?どしたの?」
「……あの、さ。ちょっと、寄り道しない?」
「え?」
私らしからぬ発言だと思う。
いつもならば、たとえ寄りたい場所があっても、真っ直ぐに家に帰ってから出直すのが私。
だけど、気付いたらそんな事を口にしていたのだ。
目の前にあったファミレスに入った人物が――…紛れも無く、八城さん本人だったから。

「ケーキ食べようかなー」
「あ、じゃあ私もー」
ファミレスの禁煙席に通されるままに座った、壁際の席。
そこは、喫煙席に座った八城さんの、斜め後ろの席だった。
これこそ、粋な計らいと言えよう。
「ねぇ、澪は?」
「え?…あ…」
こちらに背を向けて座っている彼を見ていたので、目の前に座った彼女に手を叩かれてようやく気付いた。
それで、また訝しげな顔をされてしまう。
「どしたの?澪。さっきから、変だよ?」
「あ、ううん。えーと…じゃあ、私はミニパフェにしようかな」
「あー、それもいいね。じゃ、頼みましょ」
「うんっ」
楽しそうな二人を見ながらも、ついつい向いてしまうのは彼の方。
うー……。
ここからだと、彼の姿は見えるけど…さすがに声は聞こえない。
向かいに座ってる人が相槌うってるから、八城さんが話してるとは思うんだけど…。
むー。
聞こえないとなると、余計に聞きたくなるのが人間心理というもの。
「そう言えば、今日の――」
「ちょっといいっ?」
思わず、彼女の話を遮って手まで挙げてしまった。
勿論、小さくだけど。
「…あ」
とはいえ、いきなり声を上げてそんな事したら、びっくりするに決まってるよね。
現に、目の前の二人は驚いたように、私を見てるし。
「どうしたの?澪」
「…何かあった?」
訝しげに。心配そうに。
それぞれの顔で二人に見つめられ、自然と視線は泳ぐ。
…でもまぁ……ココまで来て、引き返せないし。
「あの、ね。…お願いがあるんだけど」
少し声を小さくしてから、私は切り出していた。



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