ここ数日先生に対して、してはいけないことをしてしまったような気がして、気分が滅入っていた。
いろいろショックなことが立て続けに起きてるからこそ、ここで問題を大きくするのは間違ってると思うし、複雑にしてしまうのもいけないと思った。
でも、彼の車に乗ってる女性を見たら、自分の感情がそれを許さなかった。
だからって、わざわざ申し込んだ「化学」の授業をサボッたのは関係ない、と、絵里やお兄ちゃんにも言われそうだけど。
先生には、「学生の本分はなんだ?」って言われそう…。
ベットの上に座りながら大好きなクッションを抱え、体を縮めるとドアをノックする音が聞こえた。
思わず滲んでいた瞳を拭って、返事を返すと、部屋に入ってきたお兄ちゃんはとりあえずこう言った。
と、聞き返す間もなく、私はお兄ちゃんの車に乗せられていました。
運転席で黙々と車を運転している兄に怖々聞いてみると、仏頂面したまま「遠出」とだけ返事が返ってきた。
冷蔵庫に入ってるプリンは食べてないし、お兄ちゃんがこの間買ってきたハーゲンダッツの「チーズケーキ」も食べてないでしょ…、それから長崎のカステラだって…!
…て、どうしてお兄ちゃんに怒られる理由が全部「お菓子」なんだろう…。
と、気付いたけど、あんまり深く考えないことにしよう。
深く考えて、自分がショックを受けるような結論になったら、よけい嫌だからだ。
「……っだぁっ!!なんで俺が尋未ごときに気を遣うんだ!」
「おまえもおまえだ!なんかあったんなら、自分から行動ぐらい起こせよな?!」
いつもなら反撃するぐらいするけど、いきなり怒られた一言に私はなにも言えなかった。
熱くなったり、恥ずかしくなったり、本当に忙しい人だ。
その後は、一人でぶつぶつ「なんで俺が…」なんて言っていた。
これは、その、お兄ちゃんなりに気を遣ってくれてるってことなのかな?
…確かに、ここ数日様子はおかしかったかもしれないけど、お兄ちゃんそんなに気にしてたんだろうか…。
やっぱり、兄なんだな、と思いながらこの間食べた私のプリンの恨みは忘れてあげることにした。
ぶっきらぼうに答えた兄が、なんとなく可愛いと思ってしまった。
小さく呟いたお兄ちゃんの一言を聞いて、許してあげようとした気持ちが一瞬で消えてしまったことは言うまでもない。
そんなこんなで、御殿場に着いた私とお兄ちゃんは、ケーキ屋さんに行っていろいろケーキを買い込んだ。
大好きな和栗のモンブランも買ったし、ミックスベリーのタルトも買った、中でも期間限定「桃のタルト」は瑞々しくて美味しそうだった。
アウトレットで買い物を完了した私と兄は、駐車場に戻ろうとしたのだが、やっぱり少し抜けてる兄が買い忘れたものを思いだし、私を置いてアウトレットに走っていった。
よって、現在私は照りつける太陽の下、兄の車の傍で待ちぼうけ中。
いくらドライアイスが入っていると言っても三時間ぐらいだし、うちから御殿場だって時間もかかるんだし、早く戻ってきて欲しかった。
何度目かの特大なため息の後、気軽に声を掛けられた。
にっこりと笑ってきた知らない男の人が、目の前に立ってた。
「そっか。……あ、そこのケーキ屋さん、俺も行ってみたいと思ってたんだけど、美味しかった?」
私が持ってるケーキの袋に、ケーキ屋さんのロゴが入っていたのを見た男の人が、やはり人懐こい笑顔で話を広げようとする。
「…えと、…あの、私も今日初めて買ったんで、…食べたこと、なくて…」
「俺もケーキ食べたいし、キミもケーキが食べたい、じゃ、お互い仲良くケーキを食べても良いよね」
でも、これは聞き慣れた声で、さっきまで一緒にいた人物。
「…キミねー、もう少し綺麗なナンパの仕方覚えなさい? 馬鹿っぽいナンパすると軽い男にみられるから」
そう言うと、お兄ちゃんに言われた通り、その人は背中を向けて去っていった。
「酷くない。…尋未、俺は常々思っていたんだが、もう少しまともに料理は出来るようになっておけ。雅都も、こんな嫁は欲しくないし、俺だって欲しくない。むしろ、ご遠慮するぞ」
「先生はともかく、お兄ちゃんになんか絶対嫁がない!」
「ばーか。妹が兄に嫁いだら近親相姦だろ。誰がするか、そんなわけわからんこと」
なんでナンパにあってたぐらいでここまで言われなければならないんだ。
妙に怒りっぽくなってる自分を、照りつける太陽にせいにして、私は次の文句を思い浮かべていた。
「って、…雅都じゃん。何してんだよ、こんなとこで」
「それはこっちの台詞だ。おまえこそこんなところで…」
頭上から聞こえてきたのは、今、私の心を犯している人の声。
私が先生の登場に驚いていると、先生の後ろから先生を追ってきたのだろうか、二人の男女が近付いてきた。
そして、ばつの悪そうな顔をしている男性は、さきほど私にナンパしてきた男性だった。
「…あぁ、なんだ。涼君だったのか。わりぃ、随分会ってなかったからさぁ」
それに、今、この人達先生を見て「お兄ちゃん」って…。
「孝之さん!?うわ、すんません。まさか妹さんだなんて思わなくて…」
「あはは、いいよ別に。こいつが、ぼーっとしてるのが悪いんだからさ」
和やかにさっきのナンパなんてなんのその、お兄ちゃんと涼くん、と呼ばれている男性は話をしながらこちらを見た。
「うわっ、ごめんなー!まさか、尋未ちゃんだなんて思わなくって……。…あの、ナンパしたりしてごめん」
以前、先生から双子の妹と弟がいるという話を聞いていたことを思い出した。
「あ、いえ別に……。えと…紗那さんと…涼さん…ですか?」
先生に掴まれた腕をわざわざ放させてから、紗那さんは私に抱きついた。
ふんわりと柔らかな体が薄い布越しに伝わってきて、ドキドキした。
しばらく紗那さんに抱かれていると、後ろでお兄ちゃんの声がする。
「とりあえずさぁ、どっかで飯でも食わねぇ?俺達まだなんだよ」
「じゃあ、そこのホットドッグ屋さんがオススメっ!おいしいですよぉー」
涼さんは、息があったように固まってる先生と、機嫌が良くなってきたお兄ちゃんを誘い、私は紗那さんに手を握られて、二人に案内されるがまま空いていた椅子を寄せ、ちゃっかりみんなで仲良く座っていた。
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