───どうしてあんなことしてしまったんだろう…。

 

久しぶりに一人で過ごす土曜日。

ここ数日先生に対して、してはいけないことをしてしまったような気がして、気分が滅入っていた。

いろいろショックなことが立て続けに起きてるからこそ、ここで問題を大きくするのは間違ってると思うし、複雑にしてしまうのもいけないと思った。

 

でも、彼の車に乗ってる女性を見たら、自分の感情がそれを許さなかった。

 

一から考えても私は悪いこと一つもしてなくて。

いきなり先生の態度が変わった。

それに対して「怒るな」っていう方が無理だと思う。

 

「…うぅ」

 

だからって、わざわざ申し込んだ「化学」の授業をサボッたのは関係ない、と、絵里やお兄ちゃんにも言われそうだけど。

先生には、「学生の本分はなんだ?」って言われそう…。

 

「………先生の、馬鹿」

 

ベットの上に座りながら大好きなクッションを抱え、体を縮めるとドアをノックする音が聞こえた。

 

「尋未ー」

 

自分の名を呼ぶ兄の声。

思わず滲んでいた瞳を拭って、返事を返すと、部屋に入ってきたお兄ちゃんはとりあえずこう言った。

 

「──行くぞ」

 

その手に、車のキーを持って。

 

「え?」

 

と、聞き返す間もなく、私はお兄ちゃんの車に乗せられていました。

 

 

 

「……どこ、行くの…?」

 

 

 

運転席で黙々と車を運転している兄に怖々聞いてみると、仏頂面したまま「遠出」とだけ返事が返ってきた。

なにか怒らせるようなことをしただろうか?

冷蔵庫に入ってるプリンは食べてないし、お兄ちゃんがこの間買ってきたハーゲンダッツの「チーズケーキ」も食べてないでしょ…、それから長崎のカステラだって…!

 

…て、どうしてお兄ちゃんに怒られる理由が全部「お菓子」なんだろう…。

 

と、気付いたけど、あんまり深く考えないことにしよう。

深く考えて、自分がショックを受けるような結論になったら、よけい嫌だからだ。

 

「…尋未」

「……なに?」

「美味いケーキ食いに行くぞ」

 

………えーっと…?

 

「…う、うん…」

「………」

「………」

「……っだぁっ!!なんで俺が尋未ごときに気を遣うんだ!」

「…はい?」

「おまえもおまえだ!なんかあったんなら、自分から行動ぐらい起こせよな?!」

「は、はい」

 

いきなり怒られても困る。

いつもなら反撃するぐらいするけど、いきなり怒られた一言に私はなにも言えなかった。

 

「………あー…、だから、そういうことだ、うん」

 

熱くなったり、恥ずかしくなったり、本当に忙しい人だ。

その後は、一人でぶつぶつ「なんで俺が…」なんて言っていた。

これは、その、お兄ちゃんなりに気を遣ってくれてるってことなのかな?

…確かに、ここ数日様子はおかしかったかもしれないけど、お兄ちゃんそんなに気にしてたんだろうか…。

やっぱり、兄なんだな、と思いながらこの間食べた私のプリンの恨みは忘れてあげることにした。

 

「…お兄ちゃん」

「……なんだよ」

 

ぶっきらぼうに答えた兄が、なんとなく可愛いと思ってしまった。

 

「……ありがと」

「……………この間、プリン食ったの許せよな」

 

小さく呟いたお兄ちゃんの一言を聞いて、許してあげようとした気持ちが一瞬で消えてしまったことは言うまでもない。

 

そんなこんなで、御殿場に着いた私とお兄ちゃんは、ケーキ屋さんに行っていろいろケーキを買い込んだ。

大好きな和栗のモンブランも買ったし、ミックスベリーのタルトも買った、中でも期間限定「桃のタルト」は瑞々しくて美味しそうだった。

アウトレットで買い物を完了した私と兄は、駐車場に戻ろうとしたのだが、やっぱり少し抜けてる兄が買い忘れたものを思いだし、私を置いてアウトレットに走っていった。

 

「…早くしないと、ケーキ悪くなっちゃうよぉ…」

 

よって、現在私は照りつける太陽の下、兄の車の傍で待ちぼうけ中。

いくらドライアイスが入っていると言っても三時間ぐらいだし、うちから御殿場だって時間もかかるんだし、早く戻ってきて欲しかった。

何度目かの特大なため息の後、気軽に声を掛けられた。

 

「───待ちぼうけ中?」

 

にっこりと笑ってきた知らない男の人が、目の前に立ってた。

 

「…は、はい…」

「そっか。……あ、そこのケーキ屋さん、俺も行ってみたいと思ってたんだけど、美味しかった?」

 

私が持ってるケーキの袋に、ケーキ屋さんのロゴが入っていたのを見た男の人が、やはり人懐こい笑顔で話を広げようとする。

…もしかして、ナンパ…?

 

「…えと、…あの、私も今日初めて買ったんで、…食べたこと、なくて…」

「ふーん…、じゃさ、これから食べない?」

「え?」

「俺もケーキ食べたいし、キミもケーキが食べたい、じゃ、お互い仲良くケーキを食べても良いよね」

 

案外押しの強い人だなぁ…。

て、いや、呆然としてる場合じゃないか。

 

「あの、でも…私、連れを待ってるので…」

「ケーキ、奢ってあげるからさ。ね、行こうよ」

「…で、でも…」

「それじゃ、名前教えてよ。それから、連絡先も」

 

「───男の連絡先なんて、死んでもいらないね」

 

今度は、別の方向から声がした。

でも、これは聞き慣れた声で、さっきまで一緒にいた人物。

緊張して強ばっていた表情が、すぐに緩んだ。

 

「お兄ちゃん!!」

「げ」

「…キミねー、もう少し綺麗なナンパの仕方覚えなさい? 馬鹿っぽいナンパすると軽い男にみられるから」

「……は、はい…」

「じゃ、回れ右。お疲れさん」

 

そう言うと、お兄ちゃんに言われた通り、その人は背中を向けて去っていった。

 

「…はぁ、っとに、おまえも隙がありすぎ」

「隙ったって…」

「……しっかし、尋未なんかのなにが良いんだか…」

「な、お兄ちゃん酷い!」

「酷くない。…尋未、俺は常々思っていたんだが、もう少しまともに料理は出来るようになっておけ。雅都も、こんな嫁は欲しくないし、俺だって欲しくない。むしろ、ご遠慮するぞ」

「先生はともかく、お兄ちゃんになんか絶対嫁がない!」

「ばーか。妹が兄に嫁いだら近親相姦だろ。誰がするか、そんなわけわからんこと」

 

なんでナンパにあってたぐらいでここまで言われなければならないんだ。

妙に怒りっぽくなってる自分を、照りつける太陽にせいにして、私は次の文句を思い浮かべていた。

それなのに。

 

「──っわ!?」

「あ、おい、尋未…!?」

 

後ろから、急にぐいっと腕を掴まれる。

体勢を崩されて、なにかに当たる。

 

「って、…雅都じゃん。何してんだよ、こんなとこで」

「それはこっちの台詞だ。おまえこそこんなところで…」

 

頭上から聞こえてきたのは、今、私の心を犯している人の声。

久しぶりに見た、先生の姿。

 

「…せんせ…い…?」

 

私が先生の登場に驚いていると、先生の後ろから先生を追ってきたのだろうか、二人の男女が近付いてきた。

 

「お兄ちゃんっ、どうしたの!?」

「兄貴、なぁ、どうし……────あ」

 

一人は、綺麗で華奢な女性。

そして、ばつの悪そうな顔をしている男性は、さきほど私にナンパしてきた男性だった。

 

「…あぁ、なんだ。涼君だったのか。わりぃ、随分会ってなかったからさぁ」

 

さっきとは違うお兄ちゃんの砕けた態度。

それに、今、この人達先生を見て「お兄ちゃん」って…。

 

「孝之さん!?うわ、すんません。まさか妹さんだなんて思わなくて…」

「あはは、いいよ別に。こいつが、ぼーっとしてるのが悪いんだからさ」

 

和やかにさっきのナンパなんてなんのその、お兄ちゃんと涼くん、と呼ばれている男性は話をしながらこちらを見た。

 

「え?じゃあ、その子が……尋未ちゃん?」

「……え……?」

「うわっ、ごめんなー!まさか、尋未ちゃんだなんて思わなくって……。…あの、ナンパしたりしてごめん」

 

以前、先生から双子の妹と弟がいるという話を聞いていたことを思い出した。

 

「あ、いえ別に……。えと…紗那さんと…涼さん…ですか?」

「うわぁ、名前覚えててくれたんだぁ!嬉しい〜」

「わぁっ!?」

 

先生に掴まれた腕をわざわざ放させてから、紗那さんは私に抱きついた。

ふんわりと柔らかな体が薄い布越しに伝わってきて、ドキドキした。

しばらく紗那さんに抱かれていると、後ろでお兄ちゃんの声がする。

 

「…おい、おい!雅都、大丈夫か?」

「……え……?あ、ああ」

「とりあえずさぁ、どっかで飯でも食わねぇ?俺達まだなんだよ」

「じゃあ、そこのホットドッグ屋さんがオススメっ!おいしいですよぉー」

 

まるで、野球のチームワークを見ているようだった。

涼さんは、息があったように固まってる先生と、機嫌が良くなってきたお兄ちゃんを誘い、私は紗那さんに手を握られて、二人に案内されるがまま空いていた椅子を寄せ、ちゃっかりみんなで仲良く座っていた。



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