嬉しそうに連携プレーをしながら、俺にホットドックを買わせた涼と紗那はいそいそと受け取ったホットドックをみんなのいる場所に持っていく。

そして俺はというと。

些か、どんな顔して彼女と会えば良いのか困っていた。

久しぶりに一人きりの土曜だと思ったら、木曜の夜に涼からメールが来て、矢継ぎ早に紗那からもメールが来た。

一人で彼女のいない部屋で悶々としているのも嫌だったんで、とりあえず実家に帰って今日御殿場のアウトレットまで紗那の彼氏のプレゼントを見に来たんだが、こんなところで彼女を見かけて実は相当驚いている。

しかも、…なにをトチ狂ったか孝之を「男」だと勘違いして、嫉妬までした始末。

恥ずかしい。

というか、俺ってどこまで浅ましい男なんだ。

そんなことを考えながら、悶々として席に着いた。

 

「えーっと。初めましてー。妹の紗那です」

「さっきは、ごめんね。弟の涼です」

「あ、初めまして。赤坂尋未です」

 

と、にこやかに自己紹介をし終わった途端、紗那と涼がこちらに目を向けた。

 

「…なんだ」

「だって、お兄ちゃん、ちっとも尋未ちゃん見せてくれないんだもんー。もー、すっごい可愛い。持って帰りたい」

 

なんとなく、紗那はそう言うと思ってた。

 

「そうそう。たまらずナンパしちゃったじゃんかよー」

 

うりうり、とわき腹を肘で突つかれた途端、思い出したように涼を睨んでいた。

 

「……あ、兄貴…?」

「涼。あとで、話がある…」

「ちょ、ちょっと待ってよ!俺、尋未ちゃんが兄貴の彼女って知らなかったんだから不可抗力だって!それに、尋未ちゃんって知ってたらナンパなんかしないって!」

「……」

 

慌てて手を振りながらしどろもどろになってる涼を暫く眺めていたが、ため息をついて視線を逸らすことにした。

まぁ、彼女が視線を合わせてこないことも原因なんだが。

彼女と身内が一緒にいる空間って、実は居心地が悪い。

自己紹介を終えた後、尋未はホットドックを美味しそうに食べていた。

両手でホットドックを握りしめる姿は愛らしくて、時折流れる汗に妙な色気を感じてしまった。

……ここまでくれば、自分も「変態」と名乗りをあげても良いかもしれないな。

結構大きなショックを受けていると、尋未の声がした。

 

「ひゃぁっ」

 

見ると、ホットドックに掛かってるマスタードが彼女の服に落ちてしまったらしい、胸元に黄色い染みが出来ていた。

俺はすぐさま先ほどホットドックのところでもらった簡易手拭きの袋を開けた。

 

「せ、せんせ…っ!」

「動かない。…染みになったら大変だろう」

「で、でも…」

「良いから」

 

キャミを手前に引くと、少し彼女の胸元が開く。

実は、目に毒だった。

しかし、そう言ってるわけにはいかない。

しばらく、ぽんぽんと服を叩いていたら黄色い染みは落ちてきた。

これなら今日洗濯すればちゃんと落ちるな。

 

「…気を付ける」

「……はい」

「ん」

 

ちゃんと俺の話を聞いて、返事をしてくれた彼女はいつもの「彼女」で。

俺はついつい嬉しくなって、彼女の口元のソースを拭い、いつもみたいに頭に手を置いて、尋未の頭を撫でていた。

 

───三人の視線など、気にせずに。…特に、涼とか。

 

「…うーわぁ…、お兄ちゃん…」

「ていうかおまえ、人前で惚気るなって言ってるだろ!」

「……兄貴の、確信犯…!」

 

当たり前だ、誰の女に手を出したと思ってる。

そう思ったが、彼女のいる手前、涼いじめはそのうち実家に戻ってからすることにしよう。

とりあえず悔しがってる涼を横目で見ながら、心の中で中指を突き立てた。

 

「あ、そうだ。雅都居るならさぁ、コイツに送って貰えよ」

 

孝之のこの言葉から、嵐のように時間は去っていった。

にこにこしたように紗那は笑い、どこぞの仲人が言うような台詞を吐くし、涼も涼で俺に気を遣ってるのか、「紗那は自分で送る」と言った。

孝之も孝之で、なにか思ってることがあるのか今日の徹マンのことも含め、適当に話を流したので、結局、尋未は俺が送ることになった。

思わずため息をついて彼女を見ると、困ったように視線を逸らした。

とりあえず、こっちの問題を片付けないといけないな。

そう思った俺は、とりあえず彼女を自分の車まで連れていき、彼女を乗せ運転席に乗り込んだ。

 

「それで?」

 

しばらく車を走らせた後、極力普通に声を掛けたつもりだったのだが、彼女はびくっと体を震わせた。

 

「…どうして二回も授業をサボった?」

「……」

「言いたくないならそれでも良い。でも、もし授業をサボりたくなった原因が、俺のことだったりしたら…、怒るから」

「……」

「………尋未?」

 

小さく漏れた一言が、聞こえた。

「だって」と、彼女は確かにそう言った。

 

「…だって…、せ、先生がいけないじゃない…!」

「俺が、なにをした?」

「女の人、……車に乗せてた」

「……女の人?」

「うん。髪の長い綺麗な人」

「…身に覚えがないけど…」

「見たもん。…その人が、先生にくっついてるの…!」

 

逡巡させる。

女を乗せたことはある。確かに、この夏期講習中に駅まで送った人物はいた。

しかも、その人は俺にくっついてもきていた。

 

「…はぁ」

 

夏期講習に入ってから、何度ため息を着いたことか…。

思いついた先には恐ろしい答えが待っていた。

 

「あのね、尋未が見たのは中川里美さんだよ」

「…里美さん…?」

「そう。俺のじーちゃん専属秘書」

「………おじい…さまの?」

「そう。ちなみに、彼女はじーちゃんの奥さんでもあるんだけどな」

「…えええええっ!?」

 

そりゃ、大抵の人は驚くよな…。

72歳と27歳だからな。

俺だって初めて聞いたときは「なに!?」と思ったが、…家に帰ってかいがいしく料理作ってる里美さんの姿を見ると、案外様になってたりしてたりして。

今では「日常」になっている。

 

「…それで、尋未は俺の授業をサボったわけだな、二回も」

「う…」

「受験生って自覚、ちゃんとあるのか?」

「……ごめんなさい」

「サボった二回は大きいぞ? 俺は、甘やかさないからな…?」

「えー!!」

 

ここで、「いつも」の空気に戻った気がした。

元の空気に戻ればこっちのものだった。

頬の筋肉が緩む。

 

「……来週は、ちゃんと出ます」

「当たり前だ」

「…先生、厳しい…」

「だから、甘やかさないって言っただろう?」

「……うぅ…」

「ま、可愛い嫉妬に免じて虐めるのだけはやめてあげよう」

「…あ、ありがとうございます…」

 

このまま納得していいものかどうか悩みながら、考えている彼女。

そんな彼女を横目でみながら、ふっと笑いが零れた。

 

やっぱり二人でいるのが一番良い。

 

彼女を家まで送り届け、徹マンするべく俺も一緒に彼女の家に上がり込むと、二階の廊下で彼女がこっそり呟いた。

 

「…私、夏期講習頑張ります。…だから、それまでこれで我慢っ」

 

───やり逃げだ。

体を屈むように促されたので、そうすると、彼女が背伸びをして鼻の頭に唇を落とした。

それから顔を真っ赤にして、「それじゃ、おやすみなさい」とだけ言うと、すぐに自分の部屋に籠もってしまった。

里美さんにやられた鼻の頭。

しかし、彼女の唇の方が数倍も良かった。

 

「…可愛いことをしてくれるな…」

 

久しぶりに感じた彼女の感触にドキドキしながら、孝之の部屋で徹マンに没頭した。

没頭しなければ、いくら孝之の部屋があろうとなかろうと、声が聞こえようが聞こえまいが、確実に俺は彼女に夜這いをしかけていたからだ。

 

その日は、一睡も出来なかった。

 

俺の苦行である二週間は、あっと言う間に近付いてきた。

さまざま、実にさまざまなことが俺と尋未の身に起きていたが、それも気が付けば最終日。

俺はというと、もちろん機嫌は良い。

滞りなく授業は進み、授業中も尋未がいる。

彼女が悩みながらシャーペンを口元に持っていく姿に欲情し、スカートから覗く白い足が艶めかしくて困る。

実は結構相当キテるんだが、ここはぐっと堪えて授業をやり過ごした。

別のクラスの授業が終わり、気分良く準備室に向かう途中、それは起こった。

 

「──ん?」

 

渡り廊下を歩いている時だった。

分厚い雲を下から見上げながら歩いている俺に、ふと尋未の姿が映った。

彼女は英語の教師と一緒にいて、なにやら親しげに話をしている様子。

本当は今すぐにでも引き離してやりたいと思ったが、そこまでして危ない橋を渡るつもりはさらさらない。

しかし、二週間ほど彼女とキスはおろか抱いてもない俺にしてみれば、導火線に火がつく光景なのは当然のことだ。

嫉妬の渦が体内でぐるぐる巻いて、鳴門海峡よりも酷く、早々に理性を飲み込んでしまう。

なんとかその場に踏ん張り、ぐっと押さえつけると我慢が効いたが、次に見た光景はまずかった。

 

「…っ!」

 

なにもないところで転んで、俺が抱き留めるということはよくあったが、まさかそれを自分が見るとは思ってもいなかった。

英語教師の腕の中で頬を染めた尋未の顔。

しっかりと抱き留めている英語教師。

 

嫉妬の渦は、完全に俺を飲み込んでしまったようだ。

 

もういてもたってもいられない。

英語教師が、一言二言彼女に呟いてからその場を離れるまで待つ。

完全にその姿が廊下から見えなくなったところで、俺は廊下を駆けていた。

 

「…っ先生…!?」

 

走りながら腕を掴んだ俺は、尋未を化学準備室に押し入れた。

 

「ど、どうしたの? 先生」

「……」

「ねぇ、先生…?」

 

なにも知らない尋未が、俺の白衣を掴んで見上げてくる。

まるで血に飢えた狼に食べられる赤ずきんのようだ。

 

「────っ、…んぅ…っ」

 

掻き抱いて、即座に唇を塞ぐ。

二週間振りに味わった尋未の唇。

柔らかくて甘くて、ほんのり女の香りがする彼女。

柔らかな体は薄い制服越しに俺を誘い、激しいキスでそうなった潤んだ瞳をこちらにぶつける。

 

「…んぅ…、ん、ん、…ぁ…」

 

舌を吸い、つつつ、と咥内をまさぐってやる。

止まらない。

駄目なのに。

嫉妬に狂った俺のまま、彼女を抱いてはいけないのに。

 

解っているが、止められなかった。

 

尋未が嫌がるまでは。

 

「やめ…て」

「なんで?」

「だ、だって、ここ学校…んっ」

「許さないよ。俺に指図するなんて」

「…で、でもせんせ…っんぁ」

 

膨らんだ胸をふにふにと揉んでやると、甘い声が漏れる。

彼女を抱きたい衝動に、自分が振り回されそうだ。

 

「……こい」

 

学校にいるまでは、なけなしの「教師」の理性が勝った。

椅子に掛けるように白衣を投げ捨て、鞄も掴んで彼女の腕を掴むと駐車場に向かった。

 

「せ、せんせ、…あの、鞄…っ!!」

「あとで絵里ちゃんに連絡すれば良いよ」

「でも…!」

「良いから尋未は黙ってついておいで」

 

俺の足の速さについてこれないのも知っていて、愛車の鍵を開けると尋未を押し入れた。

 

「シートベルトして、掴まって」

 

今までにないスピードで学校から自分の部屋に向かった。



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