「うっわー。すっげぇー!」
まるで子どもみたいに、彼はべったりと窓にへばりついたまま外を眺めていた。
……よくやるよ。
とは思うけれど、私は当然身体なんて動きはしない。
…………イヤだって言ったのに。
そりゃあ確かに、夜景がとってもきれいだってことくらい私もわかってる。
わかってるけれど、だけど……だからこそ、乗りたくなかった。
夜に、観覧車なんて。
……しかも、ふたりきりだし。
「みかりん、見ないのー?すんげぇ綺麗だよ?」
「……いいから、動かないで」
「ほぁ? なんで?」
「っ……! いいから! じっとしてて!!」
不思議そうな顔をした彼がこちらに勢いよく向き直ると、当然ながら不安定なゴンドラが大きく左右に揺れた。
ひぃいー!
がっしと掴まれる部分に掴まり、身体を席へ固定する。
だ、だって!
こうでもしなければ、本当に落ちそうなんだもん!!
そりゃあ確かに、そういう事故はないだろうとは思うよ?
事実、思いたいし。
……だ……だけどっ!
だけどだけど、真っ暗闇の中でこんなふうにゆっくり上がっていくなんて、やっぱり私には――………。
「あっれー? ひょっとして、みかりん怖いのかなー?」
ぎっくぅ。
「は!? ち、ち、違うってば! そんな!」
「そんなら、もっとちゃんと景色見なよー。もったいないよ? この夜景」
「っわ!? だ、だから! わざと揺らさないでってば!」
「やだなー、そんな。人聞きの悪い。揺らしたりしてませんて」
「揺らしてる!!」
ふんぞり返るかのごとく彼がずりずりと姿勢を崩し、足を組む。
それだけでも、ぐらっと一瞬揺れたように感じるんだから……ある意味病気かもしれない。
でも、高所恐怖症の人間はみんなそうだよ!?
観覧車なんて言っても、景色を観覧するだけの余裕はなくて、どっちかっていうと拷問みたいなものなんだから!
「……うぅ……!」
両手で窓の枠を掴むと、情けない声が漏れた。
……一瞬、目に入ってしまったのだ。
空と地上の境界線。
車が流れていることを示す赤いランプの色。
そして、規則正しい外灯。
……も……もうヤダ……!
まだ、乗って5分も経ってないことはわかってるけど、私にとっての体感時間はもっとずっと長かった。
「ねぇ、みかりん」
「……な……何っ!?」
「俺のこと、貸してあげようか?」
一瞬、彼が何を言ったのかわからなかった。
「……は……?」
「いやいや、だからさ。俺のこと。ほら、手とか首とか、掴まるところいっぱいあるし?」
にっこりとした満面の笑みで言われ、眉が寄る。
……な……何?
今、何言った?
っていうか、急に何を言い出した!?
思わず、口を開けたまま彼を見てしまう。
だけど、彼は相変わらずの笑みを見せたまま。
「……いや……あの……。別に、いいよ?」
「そう?」
「うん」
目の前で手を振って彼を見ると、あっさり引き下がった。
……てっきりもっと言われるかと思っただけに、ちょっと意外。
むー……。
……まぁいいんだけど。
「でもさー、みかりん」
「え?」
「これから頂上まで上るんだよ?」
ぴた。
窓から上を見る仕草をした彼の言葉に、動きが止まる。
「あと10分位乗ってなきゃなんないんだよ?」
「……そ……それは知ってる……けど」
「そお? あ、ほらほら。あそこにあるジェットコースターなんかよりも、ずっと高くなるんだよ?」
「っ……そ……なの!?」
「うん」
やたら楽しそうに言いながら、わざわざ私から正面に見えているジェットコースターを指差し、彼は楽しそうにうなずいた。
なんだか、ものすごくつらいんですけど!
いったいなんなのー!?
彼が意図することがわからないけれど、観覧車はその間も当然上っていくわけで。
……頭がくらくらする。
この高低差もそうだけど、彼が言い出したとんでもない事実の影響も明らかにある。
――……と、そのとき。
「っぎゃー!?」
「あ。ごめん」
「ごめん、じゃないでしょ! 今っ、今今今、わざと動いたじゃない!」
「やだなぁ。そんなことしないって」
「した! 絶対、絶対した!!」
ぐらぐらっと大きく揺れ、たまらず大声があがる。
ヤバい。
これはもう絶対、落ちる。
ここから地上まで、いったいどれほどの時間がかかるんだろう。
……ああ。
きっと、本当に一瞬なんだろうな。
一瞬で、地上について、そのまま――……。
「ん?」
「……な……中宮君?」
「ほい?」
「……手ぇ、貸して……」
あれこれ考えてしまった嫌なことを振り払うかのごとく、気付くとちょうど目の前にあった彼の手を掴んでいた。
ぎゅうっと両手で掴んだまま、彼を見る。
じっくり見る。
……嫌な汗かきながら。
「ん。いーよ?」
一瞬瞳を丸くした彼は、ものすごく楽しそうな顔をしてから大きくうなずいてくれた。
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