「……あのさぁ?中宮君」
「ほいさ」
「…………ちょっと、くっ付きすぎじゃない?」
「いやいやいや、そんなことはないっしょ?」
「いや、ホント……くっ付きすぎだってば」
 彼が私の隣へ座ってからというもの、確かに……少しは怖くなくなった気がする。
 だけど、こう……なんていうのかな。

 これだけべったりくっ付かれてると、それはそれで怖いんだけど。

 なんて思う私は、それこそ普通だと思うんだけどどうだろうか。
 だって、そうでしょ?
 別に私たち、恋人同士じゃないんだよ?
 ただの……クラスメート。
 ……そう。
 36人居るうちの、ふたり。
 ただ、それだけ。
 ……だよね?
「おー。たっけーなぁ」
 窓から下を眺めて楽しそうにしている彼の横顔を、ついつい見てしまった。
 ……それだけ、なの?
 本当にそれだけで、こうしてデートしてるの?
 学校サボってまで一緒に遊んで、苦手なのに観覧車にまで乗ったりして。
 ……なんか……自分が馬鹿みたい。
 気付いてるくせに、気付かないフリをしている自分が。
「……明日、さぁ」
「え?」
「明日の午後、飛行機で発つんだよねー」
「っ……!」
 まっすぐ前を向いて呟いた彼が、ゆっくりと瞳を閉じた。
「だから、学校には行けない」
「そ……んな」
 昨日聞いたばかりの、転校の話。
 それなのに、もう……お別れの話?
 確かに、いつかはそうなってしまうんだろうという心構えはできた。
 できたけど……!
 だけど、そんな急になんて、聞いてない!
「ちょ……っと待ってよ! それじゃあ、友達はどうするの? みんな、中宮君が学校へこないって心配してるんだよ!?」
 すぐに思い浮かぶ、いつも彼と一緒に居たグループのメンバー。
 彼らは、中宮君が学校に来ないことを心配していた。
 そしていつも、誰よりも彼の近くにいた。
 ……なのに。
「なんのあいさつもしないで行っちゃうなんて……それって、ちょっとひどいと思う」
 身体ごと彼に向きなおって口を開いたものの、さすがに視線が落ちた。
 ……語尾も、しぼむ。
 彼を責めたいわけじゃない。
 だけど、この、どうしようもない気持ちをどうしたらいのかわからなくて。
 ごめんね、中宮君。
 こんなこと言っても、どうにもならないってわかってるのに。
 ……私のほうが、よっぽどひどい。
「心配してくれた?」
「……え……?」
 いつもと同じような声だけれど、いつもより静かな声。
 それで彼を見ると、柔らかい笑みを浮かべていた。
「みかりんは、俺のこと心配してくれた?」
「……した」
「ホントに?」
「っ……当然でしょ! だって……いきなり学校来なくなっちゃったんだもん」
 思い出すのは、彼が学校に来なくなったあの日の、前日。
 いつも、彼を愛称で呼んでいる子たちが、あの朝だけは名前を呼んでいた。
 ……それで、フザけてるんじゃないっていうのがわかって。
 放課後、帰るときにになって私の頭を撫でた彼に、少しだけ不安になった。
「じゃあ、いいよ」
「え……?」
 明るい、声だった。
 ……いつもの彼と、同じ。
「中宮君……?」
「みかりんが心配してくれたなら、それでいい」
「……え? 何言って――…」
「みかりんと『さよなら』できたから、それでいいよ」
「っ……!」
 また、だ。
 また、彼は笑みを浮かべて頭を撫でた。
 ……ズルい。
 そんなふうに言われたら、私は何を言えばいいの?
 これまでずっと、『絶対違う』って言い聞かせてきた自分の気持ちに……うなずいちゃうじゃない。
「っ……え……。みかりん?」
「……そんなふうに……言わないでよ……」
「え?」
「……さよならなんて……ヤダ……!」
 彼に抱きつくと、自然に涙がこぼれた。
 ……これで、本当に最後なんだ。
 今日しか、こうして彼と会えないんだ。
 …………寂しい。
 そんな言葉じゃ言い表せないくらいに、つらい。
 こんなに近くて、こんなに温かいのに。
 これからは――……どれだけ遠くに行ってしまうんだろう。
「……みかりん……」
 肩に置かれた手が、本当に温かかった。
 彼が私を呼ぶ声が、すごく近くで聞こえた。
 ……忘れたくない。
 だけど忘れてしまうかもしれない。
 ――……こんなに好きで、忘れたくないって思っている彼のことなのに。
「っ……」
「……泣かないで?」
 頬を優しく包まれて彼を見ると、困ったような顔をしていた。
 ……泣きそうなのは、中宮君だって一緒じゃない。
 ゆっくりと近づく彼を見ながら――……ふっと自然に瞳が閉じた。


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