「……っ……うぁ……」
 シャツの上から、彼の大きな手が身体を撫でる。
 これまでに、経験なんてしたことがないモノ。
 キスだって初めてだし、抱きしめられるのだって初めて。
 ……それなのに私は、今、彼の下で……身体に触れられていた。
「……あ……」
 嫌、じゃない。
 嫌じゃないけれど、やっぱり恥かしくて。
 映画やドラマと違って、BGMなんて当然ない。
 ……だからこそ、聞こえてくる布の擦れる音や、自分の声。
 そして――……。
「すげ……かわいい……」
 彼の、呼吸と……呟き。
 ……彼は、知らないんだ。
 私が、それでどれだけおかしくなっているか。
 ……どれだけ――……そう。
 彼の言葉を借りれば、『煽られてる』かなんて。
 ああ。
 もしかしたら、私が『家に行く』って言ったときの彼は、こんな気持ちだったのかな。
 だとしたら、すごく恥かしいけれど……とっても嬉しいかもしれない。
「っ!!」
 ぷち、という小さな音で、胸の締め付けがなくなった。
 ……ウソ。
 っていうか、いつの間に背中に回ったんだろう。
 当然、目なんて開けていられなくて一生懸命つむってたんだけど、それでも、彼の手がどこに触れているかはわかっていたのに。
 ……なのに、気付くとブラが外されていた。
 しかも、片手で。
 …………え?
 えぇえ!?
「なっ……んで……!?」
「……え?」
「なんで……! だ、だって、そんな……! 初めて、って……」
 そう思ったからには、もう、いてもたってもいられなかった。
 両手で彼の身体を押し、丸くなった瞳で見つめてみる。
 だけど、私よりも彼のほうがよっぽど驚いたような顔をしていた。
 ……う。
 こ、こんなときに目が合うのは、ものすごく恥かしいんだけど。
 だけど、こうしてしまった以上、仕方がない。
「なんで!? ねぇ、なんでっ……は……外せるの?」
「……いや、なんでって言われても……」
「だって! したこと、ない……んじゃないの?」
「ないよ?」
「じゃあじゃあ、どうしてそんなにすんなり動けるのー!?」
 ムードもへったくれもない……とは思う。
 だけど!
 したことないのに、どうしてそんなに手馴れてるの?
 それが、私には少し……いやいや。
 少しどころか、めちゃくちゃ不思議でならなかった。
「あのねぇ? みかりん」
「……なんでその呼び方なの?」
「…………ごほん。実花?」
「なぁに?」
 『みかりん』と呼んだ彼を軽く睨むと、わざとらしく咳払いをしてから言い直した。
 そんな素直な部分があったんだ、と思うと同時に少しおかしくなってしまうけれど、でもまぁ、いいか。
「男ってのは、いろんな知識を日々吸収してるの」
「……そうなの?」
「そーなの。だから、初めてだからこそ余計に、いつか好きな女の子を抱くときのために、あれこれと勉強して、知識だけは十分に蓄えておくんだよ?」
「…………そう……なの?」
「そーなんだってば」
 『抱く』という、直接的な言葉。
 それが聞こえたとき、情けなくも身体がびくっと震えた。
 もしかしたら、彼にはそれがバレてしまったかもしれない。
 かもしれない……けれど……。
 ……やっぱり、初めてだから。
 何もかもがわからないから。
 不安になるのも……仕方ないよね?
「……だから、さ」
「…………え……?」
 いつしか彼を見れなくなっていた私の頬に、彼がそっと触れた。
「知識は、結局は知識でしかないから。……もしも、気持ち悪くなったり、痛かったり……したら、すぐに言って?」
 優しい、瞳だった。
 そんな彼に見つめられ、思わず喉が鳴る。
 ……彼に、バレてもいい。
 不安だって思ってることも、こうして……どきどきしていることも。
 何もかも、お互い初めてなんだから。
 だから……ふたりで経験していけばいいんだ。
「……うん。わかった」
 そう思うと、笑みが浮かんで首が縦に振れた。


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