「みかりん、宿題やってきた?」
「…………」
「おーい、みかりーん?」
「……ちょっと。中宮君、いい加減人のことそう呼ぶのやめてくれる?」
――……あれからというもの。
彼は、ことあるごとに私へ絡んでくるようになった。
教室でも、廊下でも、特別教室でも、学食でも。
んもーー、とにかくありとあらゆる場所で彼は私を馬鹿っぽい愛称で呼び続けた。
……だから、困るのよ。
何が困るって――……。
「おい、ミッチー。みかりん、困ってんじゃん」
「そーそー。みかりん、ウブなんだからさぁ」
「あ、そっかそっか。ごめんな? みかりん」
教室内のクラスメイトたちが、こぞって私を『みかりん』と呼び始めたから。
これまでは『春日さん』だった男子はおろか、あまり親しくなかった女子のグループまでもが私を『みかりん』呼ばわり。
……あーもー。
なんなの、この一気に打ち解けちゃったみたいな雰囲気は。
昔からこういうノリがあんまり好きじゃなかったというのもあって、少し鬱陶しい。
……特に。
「で! みかりん、宿題やってきた?」
この、まったく反省の色がない『いつもにこにこ悪びれず』な張本人が。
「うるさーーい!!」
「わー。みかりんが怒ったー」
「中宮君!!!」
がたーん、と音を立てて椅子から立ち上がり、廊下へ逃げた彼を追う。
わざわざ追いかけなければいいとは思うけれど、諦めると『みかりん、もうおしまい?』とか言われるのがなんとなく悔しくて、私もやってしまっていた。
……馬鹿だ。
なんか、私まで馬鹿に成り下がってきた気がする。
ただでさえ短い休み時間なのに、毎度毎度そんなことをしていれば当然ないにも等しいわけで。
ぜーぜーと肩で息をしながら教室に戻ると、まだ全然余裕みたいな顔の彼がいつもすぐあとから入ってきて……そこでまた『ご両人』とか言われる。
……最悪。
「……はぁあ」
ぺたん、と机に頬をつけて瞳を閉じると、やっぱり遠くからは『みかりん、大丈夫ー?』なんて気持ちの篭ってない声が響いた。
「………………」
「みかりん? どしたの?」
「莉子!! アンタまで私をそう呼ばないで!!」
「えー? だって、かわいいじゃない?」
「かわいくない!」
いつもと同じ朝。
学校への道を莉子と歩いていると、彼女がいきなりそんなことを口にした。
……勘弁して。
これまでずっと『実花』だった彼女にまで、まさかこんなふうに呼ばれるとは……。
…………へコみそう。
ううん、もうかなりヘコんでるんだけど。
「おはよー、みかりん。りこたん」
「あ。おはよー、ミッチー」
「はあぁ!!?」
ぽんぽん、と頭を軽く叩かれて弾かれるようにそちらを見ると、いたって平然とした顔で話し込んでいる莉子と中宮君の姿があった。
「な……なに!? へ!? 今、『りこたん』とか言った!?」
「「うん」」
「ッ……! そんな場所でハモるんじゃないの、アンタはーー!!」
ふたり揃って同じタイミングでうなずかれ、くらり……と頭がふらつく。
……りこたん、って。
りこたんって、何よアンタ。
ちょっとアホっぽい子みたいよ、莉子。
ふっつーの顔で彼と話しこむ彼女を見ていたら、なんだか……カワイソウになってきた。
……ああ。
それもこれも、きっと全部私のせいなんだ。
私が、こんなヤツに絡まれるようになったから……莉子までもが被害に遭うんだ。
「くぅっ……! 莉子!!」
「わー!? ど、どしたの? みかりん」
「みかりん言うな!」
がばっと抱きつくと、よろめきながら莉子がまたもや口にした。
……そこで突っ込む私も私だけど、こんなときまで口にする莉子も莉子だ。
「ごめんね、莉子……! 私が不甲斐ないばっかりに……!!」
「もー。それは言わない約束でしょ? みかりん」
「そーそー」
「ッ……! アンタはまざるんじゃないの!!」
「えー? つめたーい」
「気持ち悪い!!」
鞄を後ろ手に持ちながらワザと裏声を出した彼を睨むものの、まったく気にしない様子でいつもと変わりない笑顔を見せた。
……ああ。
莉子までもが、中宮菌に侵された……。
相変わらず、笑顔で『ミッチー』『りこたん』と呼び合っているふたりを見ていたら、意識がかすかに遠のくような……そんな気がした。
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