「おはよー、実花」
「おはよ」
あれから2週間が経とうとしていた。
未だに、クラスの子たちは私を『みかりん』呼ばわりしていたけれど、それでも、ヘンにちょっかいを出されるようなことはなくなっていた。
中宮君も落ち着いたのか怖がっているのかわからないけれど、ほとんど私に接触を取ったりするようなこともなかったし。
……正直、それが1番嬉しかった。
だって、これで前みたいな安寧な生活が戻ってくると思うと、それはもう……!!
「……えへへ」
「なぁに? 随分機嫌よさそうじゃない?」
「まぁねー」
いつもと同じように教室へ向かう途中で、自然に笑みが出てしまうほど。
……嬉しい。
嬉しすぎる。
これこそ、私が求めていた平穏な生活!
ここにきて、ようやくまた同じ時間が手に入りそうだった。
「嘘だろ!?」
「……え……?」
教室に入ろうとした途端、そんな声が廊下にまで聞こえてきた。
「おい、ミッチー! それって、冗談だろ? なぁ? そうだよな!」
「やだなー。俺が冗談言うワケねーじゃん」
「っ……嘘だろ!? 未継!!」
……いつもと、全然違う雰囲気。
教室の一角に集まった男子が、大声をあげて――……中宮君を取り囲んでいたのだ。
いつもは冗談ばっかり言って楽しそうにしている彼らも、今日ばかりは……いつもと違って。
それぞれ顔が笑ってなかったし、取り囲まれている中宮君も――……どこか表情が暗かった。
「……っと。よし! この話は以上!」
「あ、オイ!! 未継!!」
「おしまいだよーん」
……今。
私と目が合った途端、彼は手を叩いて無理矢理に話を終わりにしてしまった。
そのままこちらに歩いてきて、目の前に……きた彼は、いつもと同じような笑顔。
「おはよ、みかりん。りこたん」
「……え……?」
いつもと同じ声でそう言いながら、彼は立ち止まることなく通り過ぎて行ってしまった。
……いつもと、違う。
いつもならば、彼は私の目の前で立ち止まって、まるで子どもをあやすかのように目線を合わせて――……頭を撫でるのに。
それなのに、今日の彼はそんなことをしなかった。
……どうして?
「……ミッチー、何かあったのかな」
「…………」
そんな彼の後ろ姿を見ながら呟いた莉子に、私は何も言うことができなかった。
「……っと。中宮は休みか」
担任が出席を取りながら、空いた席を見て小さく呟いた。
……あれから、1週間。
彼は、学校に姿をまったく現さなくなってしまっていた。
彼らの仲間も、そのことに関しては全然口に出さなくて。
……変な感じ。
これまでずっと『そこにあって当然』だった彼が、いきなり居なくなってしまった。
静かすぎて、ずっと広く感じる教室。
それは――……もしかしたら、みんなが思っていたことかもしれない。
……って、何言ってんのよ。
見つめたままでいた彼の席から視線を外し、正面へと向き直る。
清々して、いいじゃない。
これまでみたいに、『みかりん』なんて言われることもないんだし、鬱陶しいくらい付きまとわれることもなくなったんだから。
そうよ。
これまでずっと、自分はこんな状況を望んでいたのに。
「…………」
……なのに。
落ち着かない、自分もいる。
彼が、学校に居ない。
そして、誰も彼のことを口にしないのが……不自然だ、って思ってる自分が。
……そこで、ようやく気付いた。
情けなくも、自分が彼という存在を意識しているんだということに。
「………………」
その日の放課後。
私は、独り――……彼の家の前に立っていた。
ウチとは逆方向の、彼の家。
バスを乗り継がなければいけない距離なのに、それでも私はここに来ていた。
……馬鹿だ。
何しに来たのよ、こんなところに。
鞄を両手で持ったまま、視線が落ちる。
……別に、心配なんてしてないのに。
彼がどうなろうと、私の知ったことじゃないのに。
それなのに…………。
「…………はぁ」
わざわざ彼の仲間に自分から声をかけて、自分から彼の家を聞いていた。
……何やってんだろ。私。
人の気配が感じられない家を眺めていると、自己嫌悪のため息が漏れる。
チャイム鳴らさなきゃ、意味ないじゃない。
っていうか、だいたい何しにこんな場所まで来たのよ。
意味もなく鞄を持ち直し、もう一度玄関のドアを見てみる。
『中宮』と書かれた、割と立派な表札。
だけど、どうしても身体が動かなかった。
「だーれだ?」
「っきゃぁああああ!!?」
いきなり目の前が真っ暗になったかと思いきや、軽薄そうな声が聞こえた。
「なっ……ななななな中宮君!?」
「ぴんぽんぴんぽーん。さすがは、みかりん。大正解ー!」
べりっと剥がすように彼の両手を目の前からどかすと、パチパチ拍手をしながら――……いつもと同じ顔で笑っている彼が立っていた。
「なになにー? どうしちゃったの?みかりん。こんな辺鄙な場所までわざわざ」
「……べっ……別に」
「あっれー? ひょっとして、俺のこと心配して来てくれたのかなー?」
「ちっ!? 違うわよ!!」
「まぁまぁ。そう照れるなって」
「照れてない!!」
てっきり、何かとんでもない事情があって落ち込んでたりヘコんだりしてるんだと思ってたのに、彼はまったくいつもと寸分違わずに元気なままだった。
なんなの!?
人がせっかく心配してきてみれば!!
こんなことな――……だ、だから!
別に私は心配なんてしてないわよ!!
いちいち自分の気持ちに突っ込みを入れて訂正をしながら、ぶんぶんと首を振る。
――……と。
「お茶でも飲んでけば?」
「結構です!」
「まぁまぁ、そう言わずに」
「あ!? ちょ、ちょっと!?」
「おひとりさま、ごあんなーい」
いきなり彼が肩を押して、開けた門から中へと押し込まれた。
そんなつもりなかったのに!!
なのに、無理矢理!?
わたわたと手を動かして抵抗してみるものの、やっぱり彼は――……まったく気にしない様子で、楽しそうに笑っていた。
|