「どうして、クリスマス一緒にすごしてくれないんですか?」
「……またそれか」
棚にもたれながら、瞳が閉じる。
……しつけーな。
彼女は、今月の初めまで付き合ってた子。
先週だったか? 別れたのは。
そのときも、やたら『どうして』を連呼されて疎ましく思ったせいか、今とて笑みも出ない。
付き合ってた連中とは、別れたあとも割と友好的な関係を保っているんだが、彼女は別。
男女問わず、しつこい人間は拒否反応すら出る。
「だから、それは何度も言ったろ? だいたい、最初に約束したじゃん」
「けど……! ……あれは、だって……」
『最初』という言葉を出すと、今まで威勢のよかった彼女の勢いがそげた。
だが、これで少しは落ち着くかと思いきや、どうやら甘かったらしい。
「でも! じゃあ、どうして気のある素振り見せたんですか!?」
「は?」
顔を上げるや否や、とんでもないことを言い出した。
……ちょっと待て。
どーゆー頭したら、そういう展開に結び付けられるんだ。
「俺が、いつそんなふうに振舞ったって?」
「振舞ったでしょ! じゃなきゃ、えっちしない!!」
「……いや、あのな」
それかよ。
吐き捨てるようなひとことが出そうになって口を押さえると、一転して彼女が詰め寄ってきた。
その、いかにも『自分が有利』という顔は、やめたほうがいいぞマジで。
「責任取ってください!」
「なんの?」
「瀬那さんに傷つけられた、責任です」
女ってのは、どうしてこうも男を悪者に仕立て上げるのか。
あーめんどくせ。
まあ、だったらハナから付き合わなきゃいいとは思うが、こればっかりはある意味win-winの関係が成り立つんだから、仕方ない。
ハッキリ言うが、セフレ同様はけ口として『付き合う』のが主体の俺に言い寄ってくる女は、真剣な関係を求めてない。
それは、昔から変わらない点だ。
『女が途切れない』だの、『付き合うのがステータス』だの、俺に関する噂なんてごまんとある。
その中でいい意味の噂なんて、ほんのひと握り。
とはいえ、自分で蒔いた種でもあるからイチイチ否定しねぇけど。
それでも、な。
『好きなんです。付き合ってください』
『いいけど?』
心底俺のことが好きで付き合いたいと望む女が、こんなふうに即答されて手放しで喜ぶか?
誰かに俺のことを聞いて、まず最初に返って来る言葉は『来る者拒まず去る者追わずの、軽いヤツ』だろう。
そんな噂が周知の事実になっているこの現状で、それでも付き合ってほしいと来る女が……心底俺を好きなんだと思えるか?
普通、誰だってそういう軽いヤツに対して、真剣な付き合いなんて望まないだろ?
『所詮、遊ばれて終わり』
まず、そう考えないか?
「どうなんですか!?」
棚にもたれて瞳を閉じていたら、少し苛立った様子の声が聞こえた。
……あー。めんどくせ。
「まるで、俺だけが悪者みたいな言い方だな」
「だってそうでしょ!? 私は――」
「じゃあ、どうして声かけた」
言葉を遮って彼女を見ると、瞳を丸くしてから口をつぐむ。
その顔は、少しどころか思いきりバツが悪そうだった。
「ホテルに行きたいっつったのはそっちだろ? だいたい、俺は別に無理矢理どうにかしようなんて考えてない。それは知ってるよな」
「けどっ……!」
「『付き合ってもいいけど、別れても文句言わない』って、最初に約束したよな?」
「っ……」
黙ったところを見れば、彼女に覚えがあるのはわかる。
あれこれ言うのは勝手だが、自分のことを棚に上げないでほしいモンだな。
「以上、この話は終わり」
声のトーンを変え、その場をあとにする。
これまで後腐れなくやってきた中で、彼女ほどしつこかったのは初めて。
……疲れた。
ま、眠気は覚めたけど。
数冊の本を持ったまま書架へと足を向け……たところで、足が止まる。
さっきの話、葉月に聞かれてたりして。
いや、別に聞かれたところで大きな問題はないものの、さすがに気まずさはあるワケで。
「…………」
そっと棚に身を潜めてテーブルを伺う。
……が。
そこには、あるはずないヤツがいた。
「……お前」
「うわ!?」
大げさな身振りでこちらを振り返ったのは、先ほどの学生。
……コイツ……。
「何してんだお前」
「え!? あ、いや、ちょっと……って、もしかして瀬那さんの彼女っすか?」
「ちげーよ」
腕を掴んで引き離すと、俺とそいつとを交互に見ながら葉月がなんとも言えない顔を見せた。
どちらとも、判断が付かないような表情でつい視線が逸れる。
「彼女じゃないなら、いいじゃないっすか」
「駄目だ」
「えぇ!? そんなぁー」
「ちょっかい出すな。帰れ!」
「ちぇー」
ぶーたれながら俺を何度も振り返る学生を手で追い払ってから、ため息が漏れる。
……ったく。
どいつもこいつも、どーしよーもねぇな。
油断も隙もねーってのは、このことだ。
「あ?」
「っえ……?」
振り返ったとき、葉月とばっちり目が合った。
だが、慌てたように葉月は首を振って、それ以上何も言わなかった。
「……なんだよ」
「なんでもないよ?」
ひょっとして、聞こえてた……のか? やっぱり。
確かに、先ほどまで話していた場所とこことは、さほど離れていない。
付け加えるのならば、彼女の声は割と大きかったような……。
「…………」
まぁいいか。覆水盆。
気まずさ炸裂の現状から脱出すべく、何も言わず場をあとにする。
別に、言い訳なんてするつもりはない。
つもりはないが……なんつーか、やっぱ、気まずいもんはある。
……とんでもねークリスマスになったな。
昨日の自分の誕生日もそうだが、今年はどうやらついていないようだ。
…………まだ何かあるのかも。
って、いやいやいや、これ以上はないだろ。きっと。
浮かびかけた考えを振り払うように首を振り、とっとと階下へと足を向けることにした。
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