「……ふふ。楽しい」
「お前は子どもか」
「もう。あ……たーくんだって、やってるじゃない」
「まーな」
 まだ誰も踏んでいない新雪を踏むのは、確かに楽しい。
 ……ガキだとか言われそうだけど。
 でもなんか、似てるんだよな、コイツ。俺と。
「わぁ……すごい……」
 ツリーのそばまで近寄ると、ふたり並んで見上げる格好になり、自然に足が止まった。
 素直にきれいだとは思うし、こうしてクリスマス気分を満喫するのも悪くないとは思う。
 ……まぁ、相手がコイツだってのもあんだろうけど。
「もっと、気の利いた感想」
「え?」
「スゴいのは見りゃわかる。ほかには?」
 子どもみたいに楽しそうな顔をしている葉月に呟くと、笑みを浮かべたままこちらを向いた。
 ……幸せそうな顔しやがって。
 そんな顔を見ていると、どうしたってこっちにも笑みがうつる。
「せっかく、雪のあるクリスマスを見せて驚かせてやろうと思ったのに、途中でさっさと気付きやがって……。しかも、挙句の果てに俺より先にツリーも見つけたし」
「っ……あれは……。だって、見えちゃったんだもん」
「あえて行き先告げなかったのに、意味ねーだろが」
 柵にもたれて瞳を細めると、苦笑を浮かべながら両手を合わせた。
「ごめんね」
「……ホントにそう思ってんのかよ」
「思ってるよ? すごいね、本当にきれい」
「ウソくさ」
「……もう。ひどいよ? たーくん」
 両手を相変わらずポケットに突っ込んだまま、雪を踏みしめて歩く。
 楽しそうに笑いながら同じテンポで歩く葉月を見て、ふと久しぶりに楽しさを感じる。
 ここに来るまで何ひとつヒントらしいものをやらずに来たというのに、葉月はさっさと気付いて声をあげた。
 こっちは雪道の運転してんのに、車内でわんさか騒いで、『あれあれ!』とか言いながら人の腕掴みやがって。
 お陰で、事故るとこだった。
 前見てんだから、そっち見れるかっつの。
 目的地に辿り着く前にバレてしまったのは仕方ないが、それでも自分の予想以上に葉月が喜んでくれたから、いいとする。
「So amazing」
「もっと」
「んー……Awesome! I've never seen such a great view」
「そりゃよかったな」
「ふふ。ありがとう」
 顎へ指先を当てた葉月が、くすくす笑った。
 普段のしゃべり方と違う、“いかにも”なイントネーションは、まるで映画のヒロインのようで。
 やたらいい発音だからこそ、ああ本当にコイツはあっちの世界で生きてたんだなと実感もする。
「とってもきれい」
「まぁな」
 改めてツリーを眺めたが、その横顔はまるで小さい子どものようにきらきらしている。
 ……なら、よし。
 独りでに笑みが浮かんだ。
「え?」
「いや、別に」
 同じように柵へもたれている葉月の横顔を見ていたら、ふいに目が合った。
「別にって顔してないよ? ……もう。笑わないで」
「お前、子どもみてーだな」
「いいの! ……たーくんだって、そんな顔してるよ?」
「してねぇよ」
 くすくす笑いながら指差してきた手をつかみ、背を伸ばす。
 こうすると、一層葉月との身長差が開いて、やけにちっこく見えた。
 小さいころから俺のあとをくっついて、あれこれ言いながら世話を焼いてきた葉月。
 そのクセがまだ抜けないのか、葉月は今でも俺に対してあれこれ世話を焼こうとしていた。
 11月に来たときもそうだし、今回もそうだ。
 まず、じっとしていない。
 そんなに動き回る必要あるのか? と不思議なほどに。
「……ねぇ、たーくん」
「あ?」
 柵にもたれてツリーを見ていた葉月が、そっと顔を上げた。
 ……こうして見ると、コイツはもう子どもじゃないんだなーなんて思う。
 昔の面影はバリバリ残っているが、それでもやっぱり女らしくなったというか……。
 羽織と同じ歳のはずなのに、やけに大人びて見える。
 やっぱり、向こうで育ったからってのもあるんだろうが、それだけじゃもちろんないんだろう。
「…………」
「…………」
 まじまじと見つめられる機会は、これまでなかった。
 そして、こんなふうになんとも言えない長さの沈黙も。
 ……だから、これだけの間まっすぐ目を見られていると、思わず反応に困る。
「お腹すいたね」
「っぶね……!」
 つるん、と勢いよく片足が滑り、危うくすっ転びそうになった。
 ……コイツ……。
「え?」
「え、じゃねーだろ! ……たく。お前、ムードぶち壊すな」
「ムード……?」
「なんだよ」
「だって、たーくんが……ムード、って……ふふ、やだ、なんかおかしい」
「何!?」
 何を言うのかと思えば、いきなり目を丸くして笑い始めた。
 ……あー、やっぱ葉月は葉月のまんまだな。
 外見だけ大人になっても、中身はまだまだ子どもってことだ。
 とはいえ、そのお陰で内心ほっとしてもいるんだが。
「そーゆーヤツはメシ抜きな」
「もう。たーくんだって、お腹すいたでしょう?」
「うるせぇ」
「せっかくのクリスマスなんだよ? おいしいごはん食べたって、バチは当たらないんじゃないかな」
 いつのまにか、葉月のほうから握った手が解かれていた。
 だが、それに気づくこともなく、車のキーを手に駐車場への道を戻る。
「で? 何食いたいんだよ」
「たーくんは何がいい?」
「ラーメン」
「……クリスマスなのに?」
「いーだろ別に。イベントに関係なく、今自分が食いたいモンを食うんだよ」
「ふふ。たーくんらしいね」
「だろ」
 肩を並べて歩きながら、笑みが浮かぶ。
 当然だろうが、気を遣わず変に気取らなくて済むのが素直に楽しい。
 数年ぶりにマトモに会ったはずなのに、こんなふうにフツーの会話がフツーに成り立つのは、ある意味すごいんじゃねーか。
 ラクなんだよな。本当に。
 だから多分、俺も特別コイツだけの世話を焼きたがるんだとは思った。

「……なんか、今日のたーくんって、お兄ちゃんみたいだね」
「は? なんだそれ」
「んー……なんて言うのかな。気のいい、親戚のお兄ちゃん?」
「いや、それ間違ってねーし」
「あ。そうでした」
 いや、自分で言っといておかしそうに笑うなよ。
 車に戻った途端の会話に、思わず噴きそうになった。
 エンジンをかけたばかりなので、当然のように足だけ南極。
 感覚がすっかり麻痺していて、今ならつま先を骨折していてもわからないかもしれない。
 時間は、18時少しすぎ。
 これからメシ食って帰れば、さすがにウチの親も帰ってるだろう。
「……寒いね」
「ほらみろ。やっぱり、寒いんじゃねぇか」
「でも、外では言わなかったよ?」
「だから偉いってモンじゃねーだろ。……ったく。風邪引くぞお前」
「……あったかいごはん食べたい……」
「うるせーな。わーってるっつの!」
 すっかり忘れていたことをまた同じテンションで言われ、たまらず噴き出す。
 普段、まったくメシとか口にしねークセに、こういうときだけちゃっかり言うなよ。
 しかも、眉を寄せて今にも行き倒れそうな顔して言うから、余計おかしい。
「……あれ?」
 エンジンをかけて暫く経ったとき。
 葉月が、ギアとシートの隙間を覗き込んだ。
「なんだ?」
「CD落ちてるよ?」
「CD?」
 まったく覚えがないだけに、眉が寄る。
 だが、室内ライトをつけて一応そこを覗いてみると、確かに光るモノがあった。
「……お前、よくわかったな」
「え? だって、見えたでしょう?」
「見えねーから言ってんだろ」
 室内ライトを付けたからわかったようなモンで、さっきまでの機器の光しかない状況じゃ、まず見つけられない。
 ……コイツは、どこまでよく気がつくんだ。
 できが違うのか? できが。
 とりあえず、葉月の七不思議のひとつに加えておく。
「よっ……」
「あ、私取るよ。ほら、私のほうが手が小さいし」
「あー、んじゃ頼む」
 さすがにこの狭い隙間に入るほど、ひ弱な手じゃない。
 本人が言い出したんだからそれに甘えて……なんて思っていたら、指先だけの感覚に集中しているからか、いろいろな表情をくるくると見せ始めた。
 ……器用だな、お前。
 ある意味そう思う。
「っ……はい」
「あー、これか」
 指先でつまんだそれを受け取ると、確かに見覚えのあるCDだった。
 最近見当たらないとは思っていたが、まさかこんな場所にあったとは。
「サンキュ」
「どういたしまして」
 ダッシュボードへ放ってから室内の明りを消し、代わりにライトを点ける。
 車内に漏れる、メーター部分の明り。
 その中でも、オーディオの青いライトが目に残った。

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