「っ……」
アイツは何を考えてんだ。
目に入った光景に、大きく舌打ちする。
ふたりを見据えたまま身体が勝手に動き、大股で歩が進んだ。
親しげに話す顔。
互いに笑みを見せ、漏れる笑い声。
目の前で繰り広げられるそのどれもが、非常に気に入らない対象にすぐ変わる。
「っ……! え……!?」
相変わらず細い腕を掴んで、ぐいっと引き寄せる。
すると、まったく気付いていなかったらしく、葉月がものすごく驚いた顔を見せた。
「何してんだ、お前」
「ど……して……? どうして、私がここにいるってわかったの?」
「お前の裏で聞こえた、アナウンス。あれで、このモールにいるのがわかった。だから、たびたび電話して位置を探ってたんだよ」
何度電話しても必ず出はしたが、決して場所に関して口を割らなかった。
ただ、黙っていたときに聞こえてきた、車の呼び出しをするアナウンス。
あの言い回しが独特で、すぐにこのモールだとわかった。
……だが、わからないことが、ふたつ。
ひとつは、なんで居場所を教えなかったのかってこと。
そしてもうひとつは、隣で平然とした顔をしているコイツは誰なんだ、ってことだ。
「帰るぞ」
「っ……ちょっと待って!」
「なんだよ」
「だって……いきなりそんなこと言われても、困るよ……!」
俺の手を掴んで首を振り、言葉通り眉を寄せた葉月の表情の意味が、わかんねぇ。
すぐ横にいる男も、傍観者というよりは、むしろ意味ありげに見ているし。
ンだお前。俺にもこいつにも、関係ねーだろ。
「いい加減にしろ。自分が何言ってるかわかってんのか?」
「わかってるの。大丈夫だから……ねぇ、離して?」
「じゃあ、聞く。誰だコイツ」
「っ……それは……」
顎でヤツを指すと、困ったような顔をしてからそちらを見上げた。
だが、ソレに対して男は肩をすくめただけ。
それを見て、葉月もまた困ったように俺を見る。
少なくとも、こんなヤツ見たこともなければ、葉月の知り合いである確率も低い。
たとえ、向こうでの知り合いだったとしたら、真っ先にそれを口にするであろうから。
「っ……! たーくん、待って!」
「帰るぞ」
「お願い、待って!」
手を引いて、葉月へ背を向けたまま店の出口を目指す。
が、踏みとどまるように力が入ったのがわかって、思わず眉が寄った。
「お願い、聞いて。理由があるの」
「知らねぇ」
「だって! この人、狙われて……」
「は?」
「だからっ……! どうしても、一緒にいないと……!」
何を言い出すかと思いきや、ワケのわからないことを口走り始めた。
挙句の果てには、コレ。
「あの……っ……付き合ってる、ことになってて……」
困ったような顔して言われた言葉に、思い切り瞳が細まった。
「いにゃ」
「どの口が言う。あ?」
頬をつまんでやると、普段の葉月の顔に戻った。
急に言い出した、まったく飲み込めないこと。
いったい、なんだ。
何かの芝居か?
「帰るぞ」
「…………」
相変わらず動こうとしない葉月に、今度は少し強めに声をかける。
が、葉月は再び首を横に振った。
……いい加減にしろ。
こんなモンに付き合ってるほど、俺はヒマじゃない。
「付き合ってることになってる? ワケわかんねぇ。だいたい、昨日までほかの男好きだったクセに、よくそんな――」
「ッ……たーくんには関係ないじゃない……!!」
は、と短く笑ってから口にした途端、葉月らしくない大きな声をあげた。
同時に浮かべるのは、真剣に怒ってるような、そんな顔。
まっすぐ見たまま言われ、何も言うことができなくなる。
「失恋したばかりでほかの人を好きになるのは変なの? ……いけないこと?」
「……それは……」
「そんな言い方、ひどい」
確かに、言い方が悪かったかもしれない。
それでも、今のこの状況がワケ分からない上に、葉月が何を言ってるかも意味不明。
それでつい口が滑ったが……ああ、悪かったよ。だからンな顔すんな。
「じゃ、向こう行こうか」
「あ……」
ぽん、と手を打った男が、葉月の肩を叩いた。
ちらちらと意味ありげな視線を向けられ、瞳が細くなる。
……鬱陶しい。
肩まで伸びた髪がチャラい雰囲気をさらに強めていて、舌打ちが出る。
なんだお前。
つーか、葉月も葉月だ。
いくら理由があるっつったって、こんなヤツと一緒にいることはねーだろ。
……ワケわかんねぇ。
どーかしてるぞ、お前。
「はー……」
くるり、と揃って背中を向けたのを見て、目が閉じるとともにため息が漏れる。
アッタマ悪そーなツラしやがって。
よくもまぁ、葉月も付き合ってるモンだと感心する。
何を吹き込まれたのかは知らない。
だが、葉月にも悪い部分がごまんとある。
簡単に信じることほど、安易で愚かだと恭介さんに教わらなかったのか?
「っ……! たーくっ……」
ふたりの間を裂くように手を伸ばし、葉月の肩を引き寄せる。
そのとき、昔とは違う甘い匂いが鼻先に香って、なんとも言えなかった。
「人の女に手ェ出してんじゃねーぞ」
ハッキリ、キッパリ。
相手を見すえたまま告げると、瞳を丸くして明らかに驚いた顔をした。
どこまで人のことコイツから聞きだしたんだか知らねーけどな。
とりあえず、返してもらう。
コイツは、俺だけじゃなくてほかの人間にとっても大事なヤツなんだ。
「っ……たーくん! 待って……!」
「あ?」
こうなっても尚逃れようとする葉月に、低い声が出た。
だが、普段少ししか力を入れなくても逃げれないのに、すこぶる機嫌が悪い今、俺から逃げれるはずもなく。
結局、引きずるような形のまま、無理矢理立体駐車場へのエレベーターまで辿り着いた。
「どうしてあんなこと言ったの?」
「それはこっちのセリフだ。なんであんなワケわかんねぇヤツと一緒にいた。馬鹿かお前!」
「っ……それは……。でも、たーくんのほうが酷いよ! ……これ以上傷つけないで」
ぱっと離れた途端、葉月がまるで今にも泣きそうな顔で俺を見上げた。
唇を噛み、眉を寄せる。
それは、何かを我慢しているような顔そのものだった。
「……ちょっと待て。俺がいつ、お前を傷つけた?」
エレベーターが着いてドアが開いた瞬間、葉月が目を丸くした。
まるで、信じられないとでも言わんばかりの顔で。
「さっき!」
凛とした大きな声でそう言った葉月が、先に乗り込んだ。
――途端、ドアが閉まる。
「っ……何してんだお前!」
「それは私のセリフ! ……信じられない。ひどいよ、たーくん」
「は!? だから、俺が何したって言うんだよ!」
「まだそんなふうに言うの……? 昨日のことも、もう忘れちゃったの?」
「いや、だから!! さっきってなんだよ! そんなにあの男がよかったのか!?」
「そうじゃなくてっ……もう! 知らない!」
「ちょっ……待てって! はァ!? 昨日ちゃんとケーキ買ったろ!?」
「そうじゃないの!」
まるで心当たりがないだけに、ドアに手を当てて必死に抵抗する。
だが、言えば言うほど葉月の機嫌を損ねているらしく、しまいにはものすごく怒った顔を見せた。
「ちょっと待てって! ……だから、何怒ってんだ? お前」
「怒るに決まってるでしょう……!?」
「っ……」
珍しく強い剣幕で詰め寄られ、思わず眉が寄った。
……なんなんだよ。えぇ?
俺がいったい何をしたっつーんだ!?
一向に俺を見ようともせず、ひたすら『閉』ボタンに指を置いたままの葉月を見ながら、思わずため息が漏れた。
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