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 つーか、おかしーだろ。どう考えたって。葉月は、ずっと祐恭が好きだった。
 現に、アイツに告ってる現場だって目撃したんだぞ? この目で。
 のに、なんでこんなことになった。
 「……はー……」
 あの日からずっと、重苦しいため息しか出てこない。
 でも、仕方ねぇだろ。頭の中が整理つかないんだから。
 葉月は、祐恭が好き……じゃないのか?
 「…………」
 じゃあ、あのセリフはなんだ?
 「ちょっと、瀬那さんー。何してるんですか? まだ仕事終わってないんですから、サボらないでくださいよ!」
 「サボってないだろ。ちょっと考えごと」
 「そう言って座ったまま、もう1時間以上経ってますよ? もー、か弱い私は立ち仕事してるっていうのに」
 「悪い」
 「悪いって思ってないセリフでしょ!」
 「なんだよ、当たり強いな。思ってるって」
 本来なら、今日も休み。
 だが、年末の書庫整理を自分から買って出たのが、役に立ったようだ。
 家にいて葉月を目の前に悩むよりは、こうしているほうがマシ。
 まぁどっちみち、悩んでることに変わりねーけど。
 「あ?」
 仕方なく重たい腰を上げた途端、野上さんが持っていた分厚くて古い本を、なぜか代わりに手渡された。
 「これは?」
 「それ、片付けてきてくださいね」
 「ちょっと待った。おかしくね? なんで俺が野上さんの仕事やるんだよ」
 「だって、重いんですもん」
 「関係ねーじゃん」
 手を振って払うと、彼女は分厚い本を持ち直し、ものすごく非難めいた眼差しを向けた。
 「ひどーい! 重い物持って働けって言うんですか? か弱い女の子に!」
 「か弱い、女の子ぉ?」
 「なんですか」
 「いや、なんかもー……ツッコミどころ満載でどっから突っ込んでいいのやら」
 「もう! 瀬那さん!!」
 「わーったよ。行きゃいいんだろ、行きゃ」
 仕方なく追いやられたので、そのままエレベーターで4階……あ?
 エレベーター前に来たものの、階表示がまったく付いていなかった。
 どれもこれも、黒のまま。
 ……おかしい。
 電気来てないとかってトラップはねーよな。
 「エレベーター、止まってるけど?」
 「そうですよ。今、大学休みですもん」
 「は?」
 顔だけカウンターに覗かせて声をかけると、彼女がさも当然とばかりの顔を見せた。
 ……ちょっと待て。
 ンな話、聞いてねーっつの。
 おかしーじゃん。今ここで現に仕事してる人間がいるっつーのに。
 「知らないんですか? 瀬那さん。昨日で本館が休みになったから、エレベーターもお休みなんですよ。点検で」
 「は!? じゃあ、何か? 俺はこの分厚くてクソ重い本を持って、4階に上がらなきゃなんないのか?」
 「ぴんぽーん」
 「いや、ぴんぽんじゃねぇし!」
 「いーから、早く行ってきてくださいよー。じゃなきゃ、仕事が終わらないでしょ? 瀬那さん次第なんですよ? 今日の仕事が明るいうちに終わるかどうかは」
 「っ……くそ……! ハメられた……!」
 「やだー、人聞き悪いこと言わないでください、もう」
 にっこり笑った彼女に眉を寄せつつも、仕方なく階段へ足を向ける。
 確かに、わかってる。
 俺がいろいろやらなきゃ終わらない仕事があるってのは。
 つっても、主に図書館のHP関係。
 年末年始の案内とスケジュール、そして新しく入る本のリストアップと、蔵へ入れる本のデータベース化。
 ……ぐぁ、めんどくせ。
 こんなことになるなら、もっと前もってやっておくんだった。
 まさか、年末にこんな忙しくなるとは思わなかったんだよ。
 ……はー、俺だけ残業かも。
 ようやく3階が見えた踊り場でついたひと息が、いつしか大きなため息へと変わっていった。
 
 「はー……。やっと帰れる」
 どうして、年末にこんなに仕事をしなくちゃなんねーんだ。
 自分から買って出たことながら、途中から後悔した。
 「しんど」
 重たい身体を運転席のシートに預けながら、ため息が漏れる。
 ……疲れた。マジで。
 というのも、だ。
 普通に仕事をこなしているだけであれば、これほど遅くなったりしない。
 なのだが……今回というか、今日という日だけは特別。
 理由はもちろん――葉月。
 あのひとことが、まだ解決していない。
 「…………」
 あれ以降葉月と話す機会はあっても、核心を突く話に持っていけずにいた。
 なんとなく、気まずいというのが理由のひとつ。
 ほかにもまぁ、もちろんあるんだけど。
 あれこれと憶測を立てながら仕事をしていると、どうしても手が疎かになる。
 で、あれこれ失敗をする。
 ……イコール、仕事が増えるっつー悪循環に陥るワケで。
 「はー」
 時計を見ると、19時少し前。
 エンジンをかけてライトを付け、CDのボリュームを上げる。
 このまま帰って、メシ食って……とっとと寝よう。
 頭を使いすぎたせいか、やけに身体が重い。
 ……事故らずに帰ろ。せめて。
 眠くなるほどの距離じゃないが、用心のため頬を軽く叩く。
 「あ」
 ギアを入れたところで、ふと思い出した。
 そういや、今日はある雑誌の発売日。
 何がなんでも欲しい本ではなかったが、その中にどーしても読んでみたい記事が載ってることを知ってしまったから……やっぱり欲しいワケで。
 「…………」
 悩むことなく、向かう先はもちろんとっくに変更済み。
 家に帰るのは、もう少し遅くなっても別に困らないし、むしろそう願いたいと頭のどこかで思っていた。
 
 
       
 
 
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