「……あった」
 ようやく探し当てた目当ての物は、なんてことない雑誌だ。
 だが、最初に行った本屋には置いておらず、家とは逆方向の本屋まで来るハメになった。
 雑誌の棚からそれを取り、レジへ……向かう所で、足が止まる。
 そういや、あの本も出てるはず。
 くるりと足を向けるのは、漫画コーナー。
 以前買ったときはもう半年以上前だから、いい加減続きが出てるだろ。
「よく会うな、お前」
「あ?」
 背の高い棚に並べられている本の背表紙を見ながら横にズレていくと、いきなり声がかかった。
 眉を寄せてそっちを見る……よりも先に。
 声を聞いた瞬間スイッチのようなモノが入ったらしく、ぐぁっと手が伸びる。
「うわ! なんだよ急に」
「お前な……!」
 こっちの気を微塵も知らないって顔を見て、つい声があがる。
 そうだろ?
 元はといえば、こいつのせいで俺がこんな目に遭ってるんだから!!
「どうして黙ってたんだよ!」
「は……ぁ? 何が」
 落としかけた赤本を持ち直して眉を寄せた祐恭に、こっちも眉が寄る。
 そーゆー顔したいのは、俺のほうだ!
「葉月だよ、葉月!」
「葉月ちゃん? ……彼女がどうかしたのか?」
「っ……この馬鹿!!」
 どうかした、とか言いやがったなコイツ!
 あーもーー! だから嫌なんだよ!!
「お前は昔っから、能天気すぎる!!」
「は? なんだそれ」
「何じゃねぇよ! いいか!? お前のお陰で、俺がどんな目に――」
 訝しげな顔をした祐恭を睨んでから、声をあげたとき。
 いきなり、目の前に手のひらを向けられた。
「ンだよ!」
「ちょっと待て。話はあとで聞くから……こんな場所でぎゃーぎゃー騒ぐな」
「なっ………! お前が悪いんだろ!」
「なんでだよ。悪いのはお前だ」
 コイツは、昔からこーだ。
 いきなり態度をころっと変える。
 ……クソ。
 なんなんだ? その、冷めた目は。
 だいたい、そーゆー顔したいのはこっちなんだよ!
 お前のせいで、俺がどれだけこの数日間苦しんだと思ってんだ!?
「っち……!」
 先にレジへ向かった祐恭を見ながらも、この煮えくり返った気持ちがそうそう落ち着くはずもなく。
 財布を出してレジへと向かいながら、何から話してやろうかと考えるだけでイライラし始めていた。

「……で?」
「で、じゃねーよ!」
 書店に併設されている、コーヒーショップ。
 その1番奥の席でくつろぎながら、目の前に座る祐恭に眉が寄った。
 結局、あれからこうしてここに来たんだが……。
 『早く帰りたいから手短にしてくれ』、だぜ? 開口一番。
 あー、やだやだ。
 これだから、女にうつつ抜かしてるヤツは嫌いなんだよ。
 羽織と付き合ってから、とことん変わりやがって。
「お前、知ってたのか? 最初から」
「だから、何が?」
「だから! 葉月だよ! 葉月!!」
「だから……葉月ちゃんがどーしたんだよ」
 ぶち。
 紅茶を飲みながら『わからない』の一点張りでいる祐恭に、いい加減頭来た。
「どーしたもこーしたもあるか! アイツが好きな男、お前じゃなかったのかよ!!」
 バンバンとテーブルを叩き――終えたところで、ようやく我に返る。
 ……しまった。
「…………馬鹿」
 さも迷惑という顔に手を当てた祐恭を見て、冷静になるべくため息をつく。
 ……くそ。
 どーも、アイツのことになると我を忘れる傾向があるらしい。
「誰がいつ、俺を好きだって言った?」
「だから。あのとき学食で言ってたろ? 葉月がお前のこと好きだ、って」
「……あー、あれか。でも、俺も言っただろ? 黙ってるって」
「だから! その意味が俺にはサッパリわかんなかったんだよ!」
「お前って、相変わらず鈍いよな」
「そーゆー問題じゃ――って、なんだそれ」
 耳に入った、『鈍い』という言葉。
 ……つーか、誰が鈍いんだよ。
 アキにも言われたが、ハッキリ言って俺はそういう系に関しては鈍いほうじゃないと思っている。
 ちょっと話せば、『ああ、こいつ俺のこと好きなんだな』ってわかるし。
 ……自意識過剰とか言われるかも知れないが。
 だからこそ、祐恭の言葉に眉が寄った。
「やっと告白されたのか? 葉月ちゃんに」
「……やっと、って……なんだそれ」
 やれやれ、と続けながら背もたれに身体を預け、頭の後ろで両手を組む祐恭を見ながらも、疑問しか出てこない。
 まるで、すべて最初からわかっていたみたいな口を利かれるのは、非常に癪だ。
「お前、わからなかったのか? 葉月ちゃんと話してて」
「何が」
「普通、気付くぞ? あんな顔してお前のこと話してたら。……鈍すぎ」
「知るか。つーか、俺はそういう葉月の顔見てねーし」
「でも、普通に話しててわからないか? 自分に気があるかどうかくらい」
「けど、アイツはお前が好きって言ってたろ? あれはじゃあ、なんだ?」
 俺があのとき、この目で見て聞いたこと。
 もし葉月が俺を好きだと言うのであれば、あれはそれじゃあどう説明するつもりだ。
「あれは、人として好きだってことだろ?」
 普通の顔をして言った祐恭に、ぽかんと口が開いた。
「なんだよ」
「いや……なんか、同じセリフをごく最近聞いた気が……」
 デジャヴのようなものを感じ、つい額に手が行った。
 ……あーもー。なんか、すげー頭痛い。
 じゃあ、何か?
 葉月に関して何も知らなかったのは、俺だけってことか?
 ……だとしたら。
 じゃあ、あのクリスマスの日の車内で……てっきり祐恭について話しているんだと思っていた会話のすべてが、実は俺に対するモノってことか?
「マジか……」
 葉月が俺を好きだと言うのであれば、いろいろ合点がいく部分は確かにたくさんある。
 特に、一緒にツリーを見に行った帰りの車内で話してた、アイツの『好きなヤツ』についてが、そう。
「今ごろ気付いたのか? お前」
「……るせーな」
 ずっと疑問に思っていたものが、ようやくキレイにハマっていく。
 と同時に、どうすればよかったのかという大きな悔恨と、これからどうすればいいのかという疑問がふつふつと浮かび上がった。

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